1月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.27
神戸大学医学部附属病院 放射線腫瘍科 佐々木 良平先生に聞きました。
「「ちょっと怖い」というイメージを持ってしまう放射線治療。30年以上にわたり携わってこられた佐々木良平先生に、放射線治療がどんなものなのかを改めてお聞きし、安心して気軽に受けられる最新の治療方法や今後の事などお話しいただきました。
―放射線治療とは?
物理エネルギーを体の奥深くまで照射してがん細胞を壊す治療が放射線治療です。主に高エネルギーのX線で、その他には粒子線治療、アルファ線治療などがあります。エネルギーが高いほどがん細胞のDNAを直接壊すことができ、幾分低い場合は細胞内の水分子を電離することによってがん細胞を破壊させます。また小線源治療は体の中に挿入するアプリケーターという細い筒状の器具の中に、外の保管タンクから放射線線源をチューブで送り込み、CTやMRIで確認しながらがんの部分に直接照射してがん細胞を壊します。
―体の外からと内からの照射はどう使い分けるのですか。
体内照射である小線源治療の適応される疾患は子宮頚がんなど一部であり、アプリケーター挿入には強い麻酔が必要です。そのため大多数が体外照射で、そのうち約3割以上の患者様では外来通院での治療ができます。ほんの1分程度で簡単に照射でき、着替えて会計を済ませても30分程度ですみます。患者様の状態により入院が必要な場合もありますが、できる限り、日常生活に近い状態での外来通院治療を選択するのが患者さんにとってより良い方法です。
―全てのがんで可能なのですか。適したがん、適さないがんがあるのですか。
血液がんは除き、ほぼ全てのがんで放射線治療は可能です。しかし適さない疾患や場合もあり、例えば胃がんや大腸がんでは、手術後再発した時に、次の治療として選択されます。一方、臓器の機能を温存するために放射線治療が最初から選ばれるケースは多くあります。例えば喉のがんを手術で摘出すると自分の声が失われますが、放射線を使えば自分の声を残して根治的な治療できます。このように臓器の機能温存は放射線治療の大きなメリットのひとつです。
―適した方法を使い分けるのですね。
がん治療で重要なのは、複数の専門医で構成されるチーム医療を行うことです。外科医、内科医、放射線腫瘍医が集まり、相談しながら患者さんに最も適した方法を検討し患者さんに提示します。さらに医師だけではなく、看護師など多職種の専門家がまとまって一つのチームを作ることによって、より適した方法を迅速に選択することができます。がん患者さんにとっては、自分に適した選択肢を提示され、複数の専門家に相談しながら治療を受けられることが最も適した環境だと言えます。
―外科手術後に放射線治療という選択肢もあるのですか。
手術をしたけれど、がんが残っている、あるいは残っている可能性が高い場合は術後の補助療法として放射線治療を行います。最も分かりやすい例は乳がんです。昔は乳房、大胸筋、小胸筋、脇のリンパ節まで手術で徹底的に取り除いていました。胸はあばら骨が見え、腕は腫れ、これでは患者さんにとってはつらい状態でした。ここ20年ほどで日本でも縮小手術と術後放射線を組み合わせた乳房温存療法が一般的になりました。腫瘍は取り除いても残りの乳房をきれいに残して、最も転移しやすいセンチネルリンパ節だけを手術で取ってから、乳房に対して放射線を照射します。再発を防ぎ、根治を目指せるようになりました。
―放射線を使う治療技術が進歩したということですか。
まず、放射線治療機器の進歩が大きく貢献しています。例えばがん周囲の広範囲に放射線を照射する必要があったものが、まさにがんがある狙った部分だけに放射線を照射することが可能になり、それに伴い副作用が少なくなり、患者さんにとって優しい治療ができるようになりました。その結果、より治療効果が高くなりました。
―最新の方法にはどんなものがあるのですか。
主流の高精度放射線治療は、強度変調放射線治療︵IMRT︶と定位放射治療の2本柱で、数ミリレベルの精度でがんの部分だけに放射線を照射します。非常に高価な治療機器と専門職スタッフが必要ですが、治療機器を置いたからといってできるものではなく、技術とマンパワーがそろった施設でのみ可能な最新の治療法です。
―マンパワーとは専門医と放射線技師ですか。
それに加えて医学物理士という専門職スタッフがいなければ高精度放射線治療はできません。ところが日本には人材がほとんどいないため技術が向上しないというのが大きな問題でした。2006年にがん対策基本法が成立し、手術以外のがん治療を充実させようと「次世代のがんプロフェッショナル養成プラン」が立ち上げられました。この施策が第5期に入り、放射線腫瘍医をはじめ医学物理士の育成が順調に進み、かなりマンパワーが増えてきています。
―「放射線は怖い」というイメージがありますが、使い方によっては非常に有益な手段なのですね。
放射線に対するイメージはかなり変わりつつあります。それは放射線治療を受けてがんから回復した多くの患者さんからの「放射線治療を受けて良かった」という実体験からの発信だと思います。もちろん放射線を照射する限りは正常組織へのダメージは皆無ではなく副作用もあります。それをいかに最小限にするか、いかにケアするかが大切で、様々な軽減するための選択肢があるのも現代の医療です。私は30年余り携わっていますが、この副作用のケアの部分でも大きく進歩し、放射線治療ががん患者さんにとって、当たり前の治療法の一つになったことを感じています。
―今後も増えるのでしょうね。
高齢化社会ですから、手術のリスクが高い患者さんや他の疾患を持つ患者さんなどに対して、需要はますます増えると思います。がんと告知されてもそれまでの日常生活を続けながらがん治療ができるのが理想の放射線治療です。
治る病気を確実に治すのががん治療医の第一の使命です。次に大事なことは、治らない病気を治す方法を研究によって開発することです。少し前には治らないとされていた病気でも、研究の成果で今ではしっかり治せますよ。とお伝えでき、一人でも多くの患者様やその家族を笑顔にしていきたいと日々努力を続けています。
佐々木先生にしつもん
Q.佐々木先生はなぜ放射線腫瘍科の専門医になったのですか。
A.私が医学生のころは、昨今とは違ってがん患者さんの状態は重篤で希望が持てることが少なく、様々な疾患の中でも一番困っておられるように思えました。当時は放射線科医が緩和医療の大半を担っていたので、死に直面している患者さんに直接に向き合いたいと考えて専門にしました。今では緩和医療のマンパワーが充実され、役割分担ができるようになり、私たちはより専門的にがんを治す根治的な放射線治療に取り組めるようになりました。
Q.病院で患者さんに接するに当たって心掛けておられることは?
A.がんは命に関わる病気です。「大丈夫かなあ」と心配で気分が滅入っておられる多くの患者さんが勇気を持って自分らしい生活をできるように治療面、精神面でサポートしようと心掛けています。これは機械やロボットにはできません。人と人が向き合うからできることです。
Q.大学で学生さんに接するに当たって心掛けておられることは?
A.がん治療医は、臨床の現場でいきなり教科書には載っていない様々な状況に遭遇します。社会経験の少ない学生や若い医師たちが戸惑うのは仕方のないことです。私が学生たちに日頃から話していることは「調べても分からない、答えがない状況では、自分が正しいと思う治療方針を患者さんに伝えてください。患者さんには必ずその努力は分かってもらえるから」もう一つは「自分の家族に対して行いたいと思う治療方針を心掛けなさい」ということです。
Q.先生の健康法やリフレッシュ法は?
A.昔はがんを治療中の患者さんに「安静にしてください」と言っていましたが、今は「できるだけ体を動かしてください」とお伝えしています。体を動かすことで風邪をひきにくい、がんが再発しにくくなります。日本ではまだ広く知られていませんが、運動と健康(がんの抑制)との関係には、古くから報告があります。そこで、私が実行しているのは自らも筋トレなどで生活に運動を取り入れることです。また、リフレッシュ法は絶えず海外の医師や研究者たちと交流を持つことです。職場や、日本の中だけで考えていると些細なことに注力してしまい、本当に重要なことを忘れがちです。世界と日本の違いを肌で感じ、世界レベルで物事を考えることが、医師として、一人の人間として、とても大切だと考えています。