8月号
風に吹かれた手紙のように|松本 隆|Vol.10
喫茶店で話すラジオ番組みたいな2人のおしゃべり。
ラジオを聴くように読んでほしい。
meme FM COCOLOでは夏になるとシティポップをフィーチャーしているんです。人気がますます高まっていますね。海外の音楽ファンの間でムーブメントが起きて、逆輸入みたいなことも起こっています。
松 本 サブスクには国境はないからね。この前Netflixでドラマ見てたら、フィリピンの制作だった。インド、タイ、スペイン、メキシコのドラマも普通に見れちゃう。もう国は関係なくなってきた。そんな時代なんだね。
アメリカがカッコイイと思われていた時代は、どの国もアメリカっぽく作ってたから似通っちゃったけど、今はそうじゃない。それぞれの国の特色がそのまま出てる。北欧のドラマはなんか静かで、人間の深さを描くのが得意。厳しい冬の景色を見せたり、ちょっと暗い。重たい。逆もあるよね。とにかく明るい、いつも笑ってる。アメリカの“真似”じゃなくなってるのがいい。音楽も同じく。
meme シティポップもアメリカへの憧れが始まりですよね。
松 本 当時はそうだね。それがオシャレだった。細野(晴臣)さんは、バッファロー・スプリングフィールドを目指したし、みんな、憧れのアーティストは海の向こうの人。でもね、シティポップを今聴くと、アメリカっぽいっていうより日本っぽい。アメリカになってない。音にはその国の風土が残るんだと思うよ。
『風をあつめて』が映画『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ監督 2003年)で流れたけど、日本語のままだった。ちゃんと日本の音楽として残ってる。いつだったか、友だちの友だちのデンマーク人が、僕の前で『風をあつめて』を歌ったの。なんか嬉しかったよね。
meme アメリカの女性ボーカルグループ、スリー・ディグリーズに曲を書いたのも70年代ですね。アメリカの人気テレビ番組『ソウル・トレイン』のテーマを歌っていた3人組。『ミッドナイト・トレイン』。
松 本 23歳の時に作詞とプロデュースを任された。細野さんが曲とリズムセクション。矢野誠が編曲。演奏はティン・パン・アレー(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)。面白い企画でね、スリー・ディグリーズの来日記念だった。同時に日本語の歌もレコーディングしたんだよ。そっちは安井かずみが作詞、京平(筒美)さんが作曲。見てたはずよ…♪『にがい涙』。
CBSソニーの洋楽ディレクターと邦楽ディレクターがそれぞれ担当して、日本でレコーディングしたの。僕は英語で詩を書くことになって。英語の成績がそんなにいいわけでもないのに(笑)
meme 日本を代表する若手ミュージシャンたちとアメリカ・ソウル界NO.1のコラボレーション!
松 本 今思うと大仕事だよね。細野さんと矢野さんが1番年長で25歳。そんな若者に任せた大人たちもすごいよね。邦楽担当だった白川隆三さんとはその後、太田裕美の曲を一緒に作ることになって、長い付き合いになる。矢野さんとも『摩天楼のヒロイン』から始まって、いくつも一緒に仕事した。
もともとソウルは好きだった。みんな好きだったと思うよ。フィラデルフィア発のフィリー・ソウルはトム・ベルっていう作詞作曲、アレンジをするすごい人がいてね。ほとんど彼が手がけていて、ほんとすごかった。彼もたぶんまだ若かったよね。
レコーディング前になってから「コーラスを入れたい」って話になって、宿泊先の東京プリンスホテルに呼び出されてね。彼女たちの部屋、普通のツインルームで(笑)。一つのベッドに彼女たち3人が並んで、向かい側に僕と矢野誠が座って打ち合わせしたのを覚えてる。距離が近い(笑)。テレビで古い西部劇をやってて、ジョン・ウェインだったかな。日本語吹き替えを「おかしい!」「白人が日本語喋ってる!」って、彼女たち大笑いしてた(笑)
『ミッドナイト・トレイン』は、「僕たちにもかっこいいソウルが作れたね」ってみんなにとって自信になったと思う。それで満足して終わっちゃったけど、楽しい仕事だった。