2月号
風に吹かれた手紙のように|松本 隆|Vol.4
喫茶店で話すラジオ番組みたいな2人のおしゃべり。
ラジオを聴くように読んでほしい。
meme 『真冬の恋人たち』『ハートのイアリング』『冬のリヴィエラ』…。冬の作品がいくつもありますね。冬、お好きですか?
松 本 子どもの頃、冬休みは母親の実家で過ごしてたの。群馬県の伊香保温泉で、おじいちゃんが写真館をしていてね。木造の四角い珍しい形の家で、好きだったな。木の箱みたいな写真機があって、お正月は芸者さんがブロマイドを撮りに来るの。子どもだったから芸者さんって知らないでしょ。僕から見たら綺麗にお化粧したお姉さんたちが笑ってる。華やかでいいよね。僕の冬の思い出の片隅には芸者さんがいるの。珍しいでしょ(笑)。
町のスケートリンクにはよく連れて行ってもらった。天然のスケートリンクでね、子ども連れやカップルが楽しそうに滑ってるの。『真冬の恋人たち』はリアルに見ていたんだと思う。
meme どちらも笑い声が聞こえてくる明るい思い出。やっぱり冬がお好きなんですね(笑)。
松 本 今はわりと静かに過ごしてるよ(笑)。
冬の歌を書くのは好きだった。はっぴいえんどの代表曲みたいになってる『春よ来い』『12月の雨』も冬。作った日のことも覚えてる。
真冬にジェノバやニースを旅したことがあってね、その旅がもとになったのが『冬のリヴィエラ』。大滝詠一が作曲してシティポップ風なんだけど、演歌のアーティストが歌った。それがいい感じだったよね。
meme シューベルトの歌曲『冬の旅』に日本語詞をのせていますね。
松 本 エルンスト・へフリガーっていうテノール歌手の公演で『冬の旅』を聴いてね。音楽はいいんだけど、ものすごく長く感じるわけ。クラシックが好きでも、ピアノとドイツ語の歌だけって何時間も聴いてると長く感じる。このまま発展しないであんまり聴く人がいなくなるとシューベルトが可哀そうだなって思ったの。日本でドイツ語ペラペラの人は少ないでしょ、限られた人しか歌詞がわからないのはもったいない。僕なら日本語で言えるなって、そんなことを友だちに話したら、面白いねえって言ってくれて。3部作を訳したよ。
meme 2月といえばバレンタインデーですね。
松 本 はっぴいえんどは、初めはバレンタイン・ブルーってバンド名だったの。大滝さんがすごく気に入っててね、あの人ハイカラが好きだから(笑)。 『ゆでめん』を録音した晩、細野さんと2人で車に乗ってたら、アルバムの最後の曲『はっぴいえんど』をバンド名にしようって。「はっぴいえんどなら毎日でもいいし。深くて広いよ」って。大滝さんは最後までブーブー言ってたけどね(笑)。
バレンタインデーのラブソングは作っていないけど、ここ数年は「瑠璃色の地球」をいろんな人が歌ってくれたのがよかった。「Strawberry Time」もそう、地球へのラブソングだから。
meme 大人になってから意味がわかって沁みる曲ですね。
松 本 あの頃、他人が僕に期待するのは「売れて欲しい」だった。1枚でも多く。僕も応えたし続けたよ。続けてきたけれど、一過性の売れるものだけを量産し続けるのは違うなって思ってた。「これはいい歌」って思える歌を作ろうと自分に課していたの。小中学生にはわかんないかなとは思っていたけど、それでもいい、いつかわかるからって。ターゲットを中高生に絞っちゃうと6年位しか聴かない。心に残らない歌は、社会人になったら忘れちゃうでしょ。そんなのもったいないと思ってた。筒美京平さん、大村雅朗、大滝詠一、皆いい曲作ってたからね。
先なんか見えなかったし、こんなに長く残るとは思ってなかったけど、あっというまに時がたった。
昔、メルセデス・ベンツって、オーバークオリティって言われてたの。過剰品質。そんなに性能よくなくていいのにっていう意味ね。でもそれでメルセデスは世界一になったの。そういうの、ちらっと頭にあったかもしれない。
みんな大人になって「これって深い意味があったんだ」って、今また聴いてくれてるのは嬉しい。