1月号
新海 誠さんインタビュー 映画 『すずめの戸締まり』
物語はどのように生まれたのですか。
人がいなくなった、人が少なくなっていった場所を悼むような職業があったらどうなんだろうとずっと考えていました。舞台挨拶で全国各地をまわったり、自分の田舎に帰ったりすると、かつては賑やかだった街が、過疎化が進み静かになっているのを目の当たりにします。土地を拓くときや家を建てるときには繫栄の願いを込めて地鎮祭など祈りの儀式を行いますが、終わるときはただ寂しく廃れていく。ならば、そんな街や土地を鎮めるための祈りを捧げる人がいたら――。「閉じ師」という職業を考えたのはそんな思いからです。そうやって、日本中の色々な場所にある寂しく終わっていく土地を巡ることができたら、それは物語になると考えました。
九州で暮らしている主人公すずめが東へ向かう旅の途中に神戸に留まります。神戸を物語の舞台のひとつに選ばれた理由を教えてください。
今日ここに来る新幹線の中で、ロケハンで神戸に来たことを思い出していました。みんなでいろんな話をしながら神戸市内を歩いていたのは、ちょうど2年半前のことです。
ストーリーを考えていくうちに九州からスタートすることが決まり、東に向かって進んでいく流れが出来上がりました。そのルートを考えたときに神戸は物語的に必然の場所でした。
すずめは過去に辛い出来事があったかもしれないけれど、それらを乗り越えて今を明るく生きている女の子です。そんなすずめには、旅の中でいくつかの出会いがありますが、ごく普通の、にぎやかに楽しそうに暮らす市井の人に出会ってほしかった。神戸ならそんな人に出会えると思いました。また、神戸の方言はゆったりとしていて、そばで聞いていたら安心できるなと思ったこともあり、それが描きたいキャラクターの人柄と一致したのかもしれません。旅で触れ合ったあたたかな思い出として、すずめの心に残るといいなと思って描きました。
コロナ禍での制作となりましたが、作品に影響はありましたか。
移動の制限が強くあった時期に脚本を書いていたので、誰もがそうだったように、理不尽に狭く小さな場所に閉じ込められている感覚が、僕にもあったと思います。その気持ちが椅子に閉じ込められた草太というキャラクターに投影されたと思いますが、その一方で、また晴れやかな気持ちで自由にどこへでも出掛けていくことができる世界に早く戻るといいなと思っていたので、それが明るいトーンのロードムービーとして反映されたと思います。
すずめ、草太ほか、声のイメージがピッタリだと感じました。
多くの方がオーディションに参加してくれましたが、不思議なことに、オーディションで「彼女が鈴芽なんだ」という人の声を聴いたらすぐにわかるんです。自分が描いたキャラクターの声なのですでにイメージしているのもあるかもしれませんが、親が大勢の中から自分の子どもを一瞬で見分けられるようなものだと思います。
それから、キャストには作品に声をあてるだけでなく、役柄を背負って立ってほしいと思っています。物事の考え方やたたずまい、存在感なども含め、一体感が欲しい、と。作品の中に本人がでてくることはありませんが、結果的にはキャラクターに似た人を選んでいるのだと思います。今回の原菜乃華さんも松村北斗さんもまさにそうでした。
映画が公開した現在のお気持ちを聞かせてください。
公開ギリギリまで、つい最近まで必死で作っていたので…。コロナ禍に、海外では戦争まで起こり、暗闇の中で作り続けてきたような気がしています。だから、完成して外に出て陽の光を浴びた時、「世界ってまだあったんだ」と単純に思いました。作っている最中も家からスタジオまで通っていたし、外の世界は見てはいたのですが。不思議な感覚です。
個人の力を越えた大きな災害や、個人ではどうすることもできないのに、しかし個人の運命を大きく変える出来事がますます増えたなと思います。ある種の無常観みたいなものが自分の中にインストールされてしまったような。なので、この映画は無事に公開されましたけれど、それは幸運だったにすぎないな、と実感としては思っています。
最後に、この映画を観る人たちへのメッセージを。
作り手が唯一コントロールできないのが、観てくれた人たちの感情です。だからこそ、公開が不安でもあり、また楽しみでもあります。
僕は“嘘のないメッセージ”を込めたつもりです。どんなことを経験しても、その後も人は生きていくことができる。今、辛いことがあっても、来年の今頃は笑っているかもしれない。苦しみや困難の先には希望がちゃんとあるし、過去の自分に「だから大丈夫だよ」と伝える未来の自分がきっといる。そんなことを伝えたくてこの作品を作りました。
どうか、すずめの旅を一緒に楽しんでください。映画館を出る時に「楽しかった」と思ってもらえたら嬉しいです。
原作・脚本・監督
新海 誠 SHINKAI MAKOTO
1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人で制作した短編作品「ほしのこえ」で商業デビュー。以降、発表される作品は高く評価され、2004年公開の初の長編映画『雲のむこう、約束の場所』で第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を、2007年公開の『秒速5センチメートル』でアジアパシフィック映画賞「最優秀アニメ賞」を、2011年に公開された『星を追う子ども』で第8回中国国際動漫節「金猴賞」優秀賞を受賞し、2013年公開の『言の葉の庭』では、ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭にて長編アニメーション部門のグランプリに輝いた。
2016年公開の『君の名は。』は歴史的な大ヒットとなり、第40回日本アカデミー賞でアニメーション作品では初となる「優秀監督賞」、「最優秀脚本賞」を受賞。海外においても第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞「アニメ映画賞」に輝くなど、国内外で数々の映画賞を受賞した。2019年公開の『天気の子』は、第92回米国アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表に選出され、さらにインドでは本作の劇場公開を希望する5万人以上の署名が集まり、その声に応える形で、日本のオリジナルアニメーション映画としては初となるインドでの劇場一般公開が実現した。