1月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 新春インタビュー
コロナ禍から学ぶ、地域医療のあり方
新型コロナウイルス感染症が医療に重くのしかかる大変な状況の中、昨年6月に就任した八田昌樹会長に、抱負や医師会の活動についてうかがった。
全国の模範を目指す
─会長就任からの半年を振り返っていかがですか。
八田 会長としての公務のほか、9月にありました今期の近畿医師会連合の定時委員総会は兵庫県が主務地でしたのでその準備、そして日本医師会の理事も兼ねていますので東京出張もありました。また、ご存知のように7月に新型コロナウイルス感染症の第7波への対応にも追われ、齋藤知事を含め兵庫県行政と対策本部会議を開いて、発熱検査外来や宿泊療養施設、重症者の入院といった医療提供体制を充実させるために対策を行いました。まだまだ県民のみなさまのために十分とは思っていませんけれど。
─会長としての抱負をお聞かせください。
八田 兵庫県は北は日本海、南は瀬戸内海に面し、都市部から山間部、島嶼までさまざまな地域が内在しており、「日本の縮図」といわれています。このような多様な地域性ゆえ、兵庫県医師会と県行政が連携して県民のために展開する医療提供体制は、日本全国の模範にならなければいけないという思いで、職務にあたりたいと思います。
─新型コロナウイルス感染症が収まっていない大変な時期の就任になりましたが。
八田 兵庫県医師会の会長になる前は尼崎市医師会の会長を拝命していました。尼崎は大阪に隣接していたこともあり、第1波から第7波の間、1つの波を除いて患者数が最も多かったのですよ。そこで市や保健所としっかりと連携し、市民のためにコロナ対策をやってきましたので、そのノウハウを生かしながら県でもやっていきたいなと。こんどは1つの市だけでなく県下全域を見ていかなければいけないので大変は大変ですけれど、逆にやりがいがあると思っています。
有事を考えた地域医療を
─地域医療についてはどのような方向性をお考えですか。
八田 県医師会は地域医療構想のとりまとめにも大きく関わっています。当初は公立・公的病院を再編・統合しダウンサイジングする方向性だったのですけれど、この3年間、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、再編・統合に向けて再検証が必要とされていた公立・公的病院が新型コロナウイルス感染症の患者さんを受け入れてくれた訳ですので、縮小を考え直さないといけないですよね。兵庫県は地域性が多様で都市部と山間部では状況が違いますので、神戸で感染が流行しているからといって同じような対応を山間部で行っても大丈夫なのかということがあります。今回のコロナ対応を踏まえて、次に策定する地域医療構想の第8次保険医療計画には新興感染症対策を加えたんですよ。
─どのような対策ですか。
八田 平時と有事では医療提供体制が違いますし、それを切り替える仕組みが必要となります。簡単に言えば、まず、その時の症状に応じた感染症患者の受入機関の選定ですね。それから、感染症対応と、それ以外の医療の地域における役割分担が必要だと思います。地域における受け入れ体制をしっかりとしておくことが大切なのです。
─そのためには何が必要なのでしょう。
八田 医療専門職の人材の確保は大事ですね。第6波、第7波の頃から子どもの感染も広がりましたから、例えば医療従事者のお母さんが子どもから感染する、あるいは濃厚接触者になり、結果的に人的資源が不足し医療が逼迫しました。公立・公的病院の最適な配置も重要ですし、医療従事者の働き方改革も進めていかないといけません。また、医師の偏在対策も大事です。このようなことについて、我々兵庫県医師会が要となり、県行政と連携して取り組みつつ、郡市医師会と日本医師会との間を取り持っていきたいと思います。
コロナへの対応は柔軟に
─新型コロナウイルス感染症についての課題は。
八田 感染の波を重ねるごとに感染者数のピークが高くなってきています。前回の波と同じ規模を想定した対策ですと後手に回ることが多く、コロナの対応に医療資源を費やしたことで、救急や一般医療、検診や予防接種などが犠牲になっていました。コロナ患者を受け入れないかかりつけ医もおられました。このようなことで、日本が世界に誇る国民皆保険制度のフリーアクセスが損なわれたというのも反省点です。次の新興感染症が発生した時に、今回の反省点に基づいて、感染対策をしっかり行ないつつ、一般医療を犠牲にしない強固な医療体制にすることが大事だと思っています。
─ 一方で、日本は諸外国と比べて新型コロナウイルス感染症での死亡者が著しく少なかったのですね。
八田 これは医療従事者の献身的な努力と国民皆保険制度によるところが大きいと考えています。また、感染の波の真っ最中にもかかわらず、全医療者が総力をあげてワクチン接種を強力に進めたことは大きな成果で、賞賛に値すると思っています。
─我々はコロナと今後もずっと付き合っていかないといけないのでしょうか。
八田 新型コロナウイルス感染症は現在、二類感染症相当なのですけれど、早く五類感染症相当にという世論があります。ですが、今一気にそうする訳にはいかないと思うのです。今は二類相当なので基本的に初診料等以外は医療費が公費負担ですが、これが急に五類になると公費負担はなくなり自己負担がのしかかってきます。いずれは四類や五類に相当してくるのでしょうけれど、はっきりと分類に当てはめるのではなく、ソフトランディングしながらコロナ特有の実情に合わせ柔軟に対応していくことが理想的ではないかなと思います。
女性医師の復職を支援
─各地域の郡市区医師会との連携も大切ですよね。
八田 郡市区医師会長連絡協議会では、県医師会の方針や取り組みを説明し、各地域からの要望や提言をいただいて、協議を行っています。また、別に各医療圏へ役員と共に訪問もしています。このようにコミュニケーションをとることによって、郡市医師会との相互理解を深めています。
─医師不足や医師の偏在に対し、ドクターバンクを設置していますが。
八田 平成18年からはじめ令和4年4月の時点で求人数は1469人、求職者は318名という状況です。平均して毎月1件のペースで成立していますが、他の地域と比べると誇れる実績ではないかと思います。最近はリタイヤされる開業医の先生に後継者がいらっしゃらないケースも多いのですが、その対応として医師会に医業承継における相談窓口を設置し、兵庫県医療信用組合や神戸医師協同組合と連携して取り組んでいます。
─女性医師の現場復帰も医師不足解決の一助になりますよね。
八田 県医師会では、県の委託事業として女性医師再就業支援事業を実施しています。これは、出産や育児などで離職や退職された女性医師を対象に、復職の前に再研修を行うもので、研修後に県内の医療機関での勤務を条件に約1か月間、無料で病院研修を受けていただけるものです。また、女性医師支援窓口も設置し、子育てや復職などについて先輩女性医師がアドバイスしています。ほかにも、ベビーシッター費用の一部負担も行っています。女性医師の復職はまだ少ないですが、これからも女性の医師が働きやすい環境づくりを進めていきます。
ウィズコロナはまだ続く
─日本は災害の多い国です。医師会としてどのように災害に備えていますか。
八田 日本医師会が組織し、急性期から慢性期に活動する災害医療チーム、JMAT兵庫には隊員として約600名の登録があり、そのうちの9割が開業医の先生なんですよ。これは全国でも例のない構成です。医師会はJMAT兵庫隊員を対象にして、災害発生直後から対応できるように実務研修会を毎年実施しています。また、災害時の相互支援協定を、兵庫県のほか近畿各府県医師会、さらに徳島県や宮城県とも締結しています。加えて、兵庫県歯科医師会、兵庫県薬剤師会、兵庫県看護協会ともJMAT支援協定を結んで、有事の際に動けるようにしています。兵庫県は阪神・淡路大震災を経験していることもあり、災害医療対策が進んでいますので、これまでも東日本大震災や熊本地震、岡山の西日本豪雨などにJMAT兵庫を派遣するだけでなく、他県の医師会の研修会に講師を派遣もしています。
─マイナンバーカード(マイナカード)健康保険証が話題になっていますが。
八田 マイナカード健康保険証のオンライン資格確認が2023年4月から原則義務化という政府の方針がありますが、現在運用しているのは全医療機関の約3割ですので、4月の完全義務化は難しいと思います。半導体不足で必要な機材を入手できないのが実情ですし、完全義務化といっても、それについていけない医療機関の保険診療ができなくなるのはおかしなことですから、それは医師会として守っていきたいと思います。
─なぜ国は義務化をそんなに急ぐのでしょうか。
八田 マイナンバーカードを普及させようとしているからですよね。今マイナカードの普及率は6割くらいで、そのうち保険証として利用しているのは2~3割くらいです。国は2年後にマイナカードと保険証の一本化を目指していますけれど、それが本当に良いのかどうか。マイナカードの発行は任意です。一方で日本は国民皆保険なので、保険証はみんな持っているんですよ。それで政府はマイナカードと保険証を一本化しようとしていますが、マイナカードを取得しないことで保険医療が受けにくくなるということは、その人が不利益を被ることになりますので避けないといけません。いずれ医療DXで情報化は進むのかもしれませんが、しばらくはマイナカード保険証と普通の保険証を併用していくことが国民のためになるのではないでしょうか。
─最後に、2023年の展望を。
八田 2023年もポストコロナにはならないと思います。ウィズコロナとして、いかに新型コロナウイルス感染症と付き合っていくかが、医師会も県民も大事になってくるでしょう。コロナが始まった頃はワクチンも治療薬もない丸腰で闘っていた訳です。でも今はワクチンも治療薬もそれなりに揃ってきています。その辺りも含めて、みんなで感染対策をしっかりとしながら闘っていきたいと思います。また、医師会の活動をもっと県民のみなさまに知っていただけるよう、広報活動にも力をいれていきたいですね。
(注)
※記事内容は取材日(2022年11月29日)時点での情報に基づいています。新型コロナウイルスやマイナカード保険証等に関する情報は日々変化しています。最新の情報は各自ご確認ください。
一般社団法人兵庫県医師会会長
八田 昌樹さん
1954年、兵庫県明石市生まれ。1973年、私立灘高等学校卒業後、1987年、近畿大学医学部大学院修了。2004年、八田クリニックを尼崎市にて開設。2020年、尼崎医師会長に就任。2022年、兵庫県医師会長、日本医師会理事に就任。専門は外科・肛門科。医学博士。日本大腸肛門病学会専門医、指導医。