11月号
「稲垣さんは、僕の作品のトーンを最初からわかってくれていた」
『窓辺にて』映画監督
今泉 力哉さん
昭和レトロな喫茶店で珈琲を飲む男がひとり。小説を片手に一人たたずむ姿の美しさに思わず息を飲んでしまう…。カッコ悪さも含めて等身大の恋愛描写に定評のある今泉力哉監督が、以前から今泉作品のファンだったという稲垣吾郎さんと初タッグを組んだ完全オリジナル作品『窓辺にて』は、恋愛やその先で起きる複雑な感情を幅広い年代のレイヤーで描くと同時に、創作における葛藤や、哲学的な問いも提示する、可笑しさを交えた大人のラブストーリーです。第35回東京国際映画祭のコンペティション部門作品に選出され、11月4日(金)より全国ロードショーされる本作の今泉力哉監督に、お話を伺いました。
稲垣さんのことを
捉えた脚本
本作のベースとなるアイデアはどこから生まれたのですか?
2012年『こっぴどい猫』を公開した後ぐらいに、妻が浮気をしたことを知ったときに怒りや悲しみが起きないことにショックを受ける男というモチーフが思い浮かびました。映画にするなら40代ぐらいの夫婦を想定しましたが、当時自分がまだ30代だったのでわからない感情がたくさんあり、そのままになっていたのです。今回、稲垣吾郎さんと一緒に映画を作りませんかというお話をいただいたとき、あのときの話が作れるかもと脚本を書いていきました。
フリーライター、市川茂巳を演じる稲垣吾郎さんとは初のタッグとなりますが、作品の世界観に驚くほど馴染んでいました。
稲垣さんは、雑誌ananの連載「稲垣吾郎シネマナビ!」で僕の作品を紹介し「きっと今泉監督の現場は穏やかで、監督自身が優しい人だと思う」と書いてくれた。僕もそのコラムや稲垣さんの今までの芸能活動、近年の俳優活動から稲垣さんの人柄を勝手に想像していました。衣装合わせで初めてお会いしたとき、市川の感情は理解できるし、自分も知っている感情だと聞き、嬉しかったですね。また取材でも、「茂巳というキャラクターは本当の素の自分に近い。自分が言いそうなセリフがたくさんあって、今泉さんはどこまで自分のことを知っているのか怖いぐらい」と話してくれました。淡々として静かな、本当の日常劇を好いてくださり、僕の作品のトーンを最初からわかってくれていましたね。
手放すことをネガティブに捉えたくない
市川は妻・紗衣(中村ゆり)には本音を明かすことができない一方、高校生作家・久保留亜と彼女の作品を通して心を通わせていきます。
玉城ティナさん演じる留亜が書いた受賞作「ラ・フランス」は、手放すことへの記述がありますが、辞めるとか投げ出すことはよくないと、ネガティブに捉えられがちです。でもやり続けることと同じぐらいエネルギーが必要で、それらをいけないことだと思いたくないという気持ちが僕の中であり、作中でも辞めることにまつわるエピソードを取り入れています。また留亜のように若い作家が受賞したとき、センセーショナルにメディアで取り上げられることはあっても、本の内容をしっかり読んでいる人はどれだけいるのか。そのような悩みも描くために作り上げたキャラクターです。
適度な無関心が生むバランス
市川は結婚前に1冊書いたきり、結婚後は本を書いておらず、編集者の妻と創作での繋がりが持てずにいます。
脚本執筆時に、妻を編集者など一緒に創作する人にするかどうか迷ったのですが、この作品は夫婦二人が向き合う話になるので、仕事でも距離の近い関係にしました。僕も、妻は映画監督(今泉かおり氏)ですが、僕の作品を全部観るようなタイプではないので、適度に興味を持たれていないのが実は大事な要素なのかもしれません。留亜のカレで、純粋すぎる青年、優二(倉悠貴)は自分のことが小説に書かれていることすら知らなかった訳で、だからこそ留亜も一緒にいて楽だし、バランスがいいのかも。
もう1組の夫婦として登場するのが今泉作品常連の若葉竜也さんです。
浮気をしているスポーツ選手役を演じるのに、もっとわかりやすく嫌なヤツを演じることもできるのですが、若葉さんは人間やキャラクターの読み解き方が表面的ではなく、深くて、毎回想像していた芝居を超えてくる。本当に特別な俳優です。何度もご一緒しているのに、若葉さんから「今泉さんにはよくない芝居は見抜かれるので、緊張します」と撮影初日に言われ、嬉しいけど見抜けるかなと逆にプレッシャーを感じました(笑)
四宮秀俊のカメラワークが光る文学的な作品
今泉監督の恋愛群像劇はシーンごとの会話が見せ場ですが、静かに本を読んでいるような没入感がありました。
長回しの芝居は、せっかく俳優陣の芝居が素晴らしくても、うまく見せるのが非常に難しいのですが、初めて四宮秀俊さん(『ドライブ・マイ・カー』撮影監督)に撮影していただき、場の緊張感が生まれました。四宮さんの力は大きいと思います。音楽も含め、トーンを抑えるのは怖いことでもあるのですが、クライマックスの先の展開も含めてこの作品には143分の尺が必要でした。文学的だとか、小説のような空気感だと言ってもらえるのは冥利につきます。
text. 江口由美