2022年
9月号

映画をかんがえる | vol.18 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

81年、東京でも『ガキ帝国』の公開が始まり、代々木公園の一隅の空き地に建てた特設テントでの上映とは流石に面食らったが、配給会社のATGから、これも新しい時代の試みですと言われて、まあ良しとするかと思い直した。でも、これからも頑張って映画を作れよ、他に何をするつもりだ、せっかく切り開いた道だぞと、ボクの背中を押してくれる人も何人かいた。大島渚先輩からは「僕がATGで初めて撮った『絞死刑』は死刑制度問題と在日朝鮮人を描いた一千万映画だったし、君もそうだけど、何かに向かって闘う人間を描くのが映画だ」と言われた。大島さんの親友で『愛のコリーダ』(76年)の制作者でもある若松孝二先輩には「あのチンピラたちはどいつもこいつも元気で痛快だな。オレには無理だ」と苦笑された。テント上映だろうが、映画界の先鋭たちに勇気づけられると嬉しかった。そうか、闘う人間か。映画雑誌に取材される機会も増えていたが、その度に、ボクは何と闘えばいいんだろうかと自問自答を繰り返したものだった。
梅雨のある日、東映の制作部から電話がかかった。「明日、銀座本社に来れない?」。ボクは二つ返事で「伺います」と答えた。翌日、広い会議室で一人待っていると「ああどうも」と忙しそうに入ってきたのは制作本部長だった。「君のシャシン(映画)を先日、札幌の小屋(映画館)で見たんだけど、あの題名のガキって響きがいいから、あれだけ変えないで、何か副題も考えて、あんな風な若い連中がとにかく喧嘩して暴れまくる話で、続きでも何でもいいがストーリーが作れるか?オリジナルが無理なら、どこかで漫画でも探してきてもいいし。すぐ考えなよ。大阪が舞台でいいよ。封切り日は3か月後の9月の中旬の番線だ。三浦友和主演の『獣たちの熱き眠り』というドンパチもののB面だな。一週間ぐらいで何か考えられるか?」とまくし立てられた。「はい」という間もなく、本部長は「でも、もう在日韓国人とかは出さなくていいよ。それと紳助竜介の漫才師もワンシーンぐらい出せるかな」と居丈高だった。でも、ここは戸惑ってる場合じゃないな。ボクはまた二つ返事で「分かりました」と部長の眼を見た。これがメジャー業界なんだなと思った。
岩場の砕ける白波に三角マークの東映からの初仕事だ。受けて立つしかないとボクは仲間と早速に脚本作りにかかった。随分ぞんざいな注文だったが、その分、どんな物語でも作れそうだ。参考になりそうな洋画を探してたら、『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(81年)というジェームズ・カーン主演のアクションものの試写会があった。ボクよりひと回り上のマイケル・マンという、TVドラマの「刑事スタスキー&ハッチ」などは撮っていたが、劇場用はそれが初めての監督だった。なら、どこまで意気込んでどんな斬新なキャメラワークで銃撃シーンを見せてくれるか、カッコいいショットが発見できれば、真似てやろうと思った。芸術はマネから始まるんだと。
金庫破りの裏稼業から足を洗おうと思ってる中古車販売の店長が、ウエイトレスの彼女とのんびり暮らそうと思った矢先に、組織のボスが盗みの大仕事を発注してくるという話だ。腕前を買われて断われずに引き受ける役は意地っ張りキャラの、名優ジェームズ・カーンには打ってつけだった。次作を頼まれたボクの気分と似て、画面を研究するどころか、物語に入り込んでしまった。共演の大泥棒役はカントリーフォーク歌手の大御所ウィリー・ネルソン。ボクの映画にもシブいキャスティングが必要だと思った。2週間で脚本を上げ、3週間で大阪ロケの準備をして、真夏の4週間、汗だくで撮影した。ボクが選んだシブいキャストはリアルな大阪弁をこなす姉御女優、山口美也子さんと落語家の月亭可朝さんだった。可朝さんは憎まれ役を怪演して大いに笑わせてくれた。
タイトルは『ガキ帝国 悪たれ戦争』(81年)と大層だが、大阪の切ない青春劇なので、音楽は上田正樹さんに頼んで、彼の唄声でエンディングを飾ってもらった。当時の創作気分を振り返りたいのだが、未だにビデオ化されていない。自分で言うのもなんだけど、痛快作なんだが。

PROFILE

井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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