9月号
神戸で始まって 神戸で終る 番外編
今月は横尾さんの連載に時々登場する学芸員さんたちにお話しいただきました。横尾忠則現代美術館にて日々作品に向かう、横尾作品のスペシャリスト、山本淳夫さん、平林恵さん、小野尚子さん。横尾作品と横尾さんのことがもっともっと好きになる愛ある座談会です。
─横尾忠則現代美術館は、“癒される”とか“落ち着く”といった一般的なイメージとは異なる美術館ですね。学芸員さんの楽しみとご苦労は?
山本 美味しいものを毎日おなかいっぱいって感じです(笑)。
開館したばかりの頃、1週間くらい部屋にこもって約1000種類のポスターを選別する作業をしたんですけど、最後の方は酔ってしまった。絵は人を殺せるんじゃないかと。芸術には“癒し”だけじゃなく“毒性”もあると実感しました。日常にない刺激を味わう美術館もあっていいんじゃないでしょうか。
平林 コラージュのようにいろんな情報が詰め込まれているから、ストーリー、色、情報、すべてがtoo much(笑)。カンバスの中にカオスがあるから、意味を考えながら観ると混乱します。が、私たちの仕事はこれに向き合うこと。日々いっぱいいっぱいになります。
横尾さんは「学芸員は頭でっかち」なんて言いますが「横尾さんの作品がそうさせるんです」と返したい(笑) 。
小野 読み解きたくなるようなものが描いてあるんですよね(笑)。横尾さんは「理性を捨て去り感覚を大切に」と話されますが…。ミッキーや知っている人物が描いてあるとつい、そこにある意味を考えてしまう。
学校では西洋美術史などを学んで答えを求める研究をしてきたのに、正解がないものに対する戸惑いを感じることがあります。徒労感というか。
平林 作品に多くのネタが詰まっているから、作品について話はたくさんできます。ただ、一周まわって意味がわからない。美術館に来られるお客様は、絵を楽しむだけでなく、何か知りたいと思っている方が多いように思うので、楽しんでいただくためのお手伝いはできますね。
─登場回数は山本さんが多く、平林さんは「考古学者」と言われています。昨年異動してこられた小野さんはこれからが楽しみですね。
平林 横尾さんの中でのキャラ付けがあるかもしれませんね。たとえば、大きな話の窓口や論理的な文章は山本さんに任せれば大丈夫とか。私は理知的なことは求められていないと思う(笑)。
山本 平林さんは3人の中で1番のオタクだから、求められていることは確かに違うね。「続・Y字路」「ヨコオ・マニアリスム」で平林さんのキャラは決定した。直感とか感覚の人。
平林 数年前、横尾さんが「平林さんはそのままで突っ走ればいいよ」と言ってくださったので、その日から私は自信を持ってこのままいくことにしました。
山本 僕、そんないいこと言ってもらったことあったかな。
─山本さんが担当された開館記念展のこと「美術館の自由のキャパを拡大した」と褒めていますよ。
山本 「反反復復反復」ですね。開館記念はすごく悩みました。すごい量の案を出したけど、ことごとく却下。華々しい門出だからカッコよく決めたいと思ったんですけど。結局は「反反復復反復」、横尾さんの案なんですよ。
平林 山本さんがカッコイイものばかり持っていくから、横尾さんは壊したくなるんじゃないかな。次の「Y字路」展も「ワーイ!★Y字路」なんてふざけた調子のタイトルをつけられましたよね。
山本 どんなタイトルにしても、ポスターが毎回ものすごくカッコイイのができてくるから、やっぱり横尾さんはすごいなぁって最後は感心して「これでよかった」になります。
小野 ポスターもカタログもかっこいいですね。特にカタログは横尾さんの意見を聞きながら、時間をかけて製作。昨年ここに異動してきて、横尾さんの情熱に驚きました。
山本 僕もここまでシビアな人は初めてです。横尾さんにとってポスターは特に作品です。もともと日本のトップのグラフィックデザイナーですから印刷物に関してはプロです。
平林 横尾さんのカタログ作りは展覧会1本抱えるのと同じくらいの熱量と緊張感が必要です。たとえば実物の色は絶対に出せないし、バランスが難しい。
小野 必ずしも実物と同じを求めているわけではないですよね。カタログの中でどう見えるかが重要で、実際の色とは別物として考えている。
山本 ご自分のことを“色音痴”って言いますが全然音痴じゃない。色彩感覚がとんでもないから。初期のポスターは2色や3色しか使っていない作品があって、春日八郎さんのポスターは有名ですけど、色の印象、コントラストがスゴイの。こんなことできる人は天才。色音痴の真相は天才です。
平林 そもそも横尾さんの言う“音痴”は悪い意味ではないんじゃないかな。「ルールには縛られませんよ」「自由にやりますよ」。それを音痴と表現しているのかもしれませんね。私たちの方が“音痴”と言う言葉に縛られすぎているのかも。
─色と言えば、現在開催中の「横尾さんのパレット」展。
展示室を壁ごと「赤」「青」「黄」「緑」「黒」に塗替え、パレットに見立てています。今回の担当は平林さん。
平林 あまり論理的には考えていないんです。シンプルなルールを作って色分けしたら、色の配置は作品が決めてくれました。展示に遊び心を入れて、誰もがみてわかる仕掛け、じっくり見ればわかる仕掛け、すごくマニアックな仕掛けを混ぜて、自分自身も楽しんでいます。
いい意味で図面通りにはいかなくて、実際に展示してから並べ替えをしたり、仕掛けを思いついたり、作品の力に刺激をうけました。
小野 横尾さんを象徴する色でもある「赤」を背景も「赤」で観られるのは素晴らしいです。赤の向こうに「緑」が見えて、それがまた鮮やか。
平林 近年多く使われている「黄」は「寒山拾得」シリーズもそうですが、光を感じる独特の色合い。闇があるからこそ生まれた色とも言えます。
山本 考えている時と形になった時の飛躍、ギャップっていうのが展覧会を作る面白さで、図面が凄い空間となって化けるんですよね。作品がイキイキとしてくる。こうなると作っている方もほんと面白くなってくる。今回の展示には感服しました。
─開催に際し横尾さんのメッセージがありましたね。「何を描いたかではなく、色に着目して観てください」。
小野 「考えるな、感じろ」という横尾さんのいつものメッセージでもありますね。
山本 「無意味がいい」とか言葉から離れることがいい、って言われますが、横尾さんは言葉も天才的、文章も天才的。ご自身への言葉でもあると思うよ。
平林 「エゴを捨てろ」とか。人間にとって無理なことはわかっているからこそ、ね。
山本 好奇心があって、新しいものが好きで、そういう意味での「幼児性」があるから、あの作品が生まれ続けているわけで。
平林 新しいものを見つけるのは早いですね。子どもの頃と変わらず、あらゆるジャンルの新しい才能に憧れる。ビートルズから始まって、イチロー、藤井総太、大谷翔平…。タイトルに「天才」がつく本が書棚にいくつも並んでいます。
山本 現在も新しい作品を描き続けていて、年に3本の展覧会を開催している。横尾さんこそ天才ですけどね。
平林 30回の展覧会すべて切り口が違うし、引き出しはまだありそうですね。
─ところで、横尾さんには透視能力があって、東京のアトリエにいながら神戸の美術館の様子が見える、ようなことを書いておられますが、感じます?
小野 アストラル体みたいな?
平林 ないとは言えないかも(笑)。
山本 ないと思いたい(笑)。
でもそれだけ美術館に来たいと思ってくれているんでしょうね。僕たちもがんばりましょう。横尾さんが見てるから。
横尾忠則現代美術館にて