2022年
6月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.19 大友 直人さん

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第19回は指揮者の大友直人おおともなおとさん。

国境もジャンルも垣根を越えて…音楽の魅力は無限大

目の前の人のために

「日本でも海外でも。地方都市の小さな会場でも大都会の大きなホールでも…。今、目の前にいる人たちのために指揮をとる。それが、世界へ通じる音楽となる。そう信じています」
桐朋学園大学音楽学部で指揮を学んでいた大学4年のときに、NHK交響楽団(N響)の前でタクトを振り、指揮者として華々しいデビューを飾って以来、40年以上、この考えはずっと変わっていない。
今月5日、大阪市のザ・シンフォニーホールで開催するコンサート「沖縄復帰50周年記念 琉球交響楽団 大阪特別公演」に向けて、準備に余念がない。
取材は大阪市内で行ったが、その前日は群馬県にいた。2年前から芸術監督を務める高崎市の高崎芸術劇場で群馬交響楽団の指揮をとっていたのだ。
「実は八代亜紀さんと初めて共演したんですよ。コンサートを終えて、大阪へ着いたのは昨日の深夜です…」
一切、疲れた表情を見せず、昨日、指揮をとった演歌歌手とのジョイントでの体験に絡めながら、こんな興味深い音楽の知識を、優しく披露してくれた。
「日本人は〝こぶし〟のような独特の節回しは演歌特有のものだと思っているでしょう。でも違うのです。世界の民族音楽の中にも、こぶしと同じような歌い方がたくさんあります。それこそ地球中のいたるところに…」
〝音楽の本場〟などは決まっておらず、大都会も地方都市も関係ない―。そんな信念で指揮者を続けてきた。5日に控えた琉球交響楽団の演奏会にも強い思い入れがある。
20年以上も前から琉球交響楽団の創設に関わってきた。
「もともと私は沖縄には縁もゆかりもなかったのですが…」
N響を指揮し、デビューしたコンサートのトランペット奏者、祖堅方正さんが、故郷・沖縄へ戻り、沖縄県立芸術大学の音楽学部の教授に就任。大友さんに、「学生たちのオーケストラを一度、指揮してほしい」と依頼されたことがきっかけだった。
先輩を応援するために沖縄を訪れたのだが、祖堅さんが目指す「地元での交響楽団創設」を後押ししたのは大友さんだった。
「先延ばしせず、思い切って創設されてはどうですか」と。
「那覇は大都会ですが、少し通りをはずれると、三線(さんしん)の音がどこからか聞こえ、みな自然に踊り始めている…。日常生活の中に伝統音楽がしっかりと根付いている。歌や踊りの感性が優れた人材を数多く輩出する、こんな豊かな土壌をはぐくんできたのが沖縄なのです」
2001年に琉球交響楽団は創設された。以来、年に二回の定期公演などで大友さんは指揮をとってきたが、2013年に祖堅さんは死去。その後は祖堅さんの遺志を受け継ぎ、支援してきた。
「沖縄でプロの演奏家として生きていくことは大変です。琉球交響楽団のメンバーも、演奏会だけで生活していくことは難しい。みんな他に仕事をしながら音楽活動を続けているのです。でも、音楽に懸ける思いは熱く、演奏技術はとても高いですよ」

指揮者への道

こう語る大友さん自身、自らの力で音楽家としての道を切り開いてきた一人だ。
音楽の魅力に目覚めたのは小学3年のときだった。
父が所蔵するクラシックのレコードを聴いていた。
ドボルザーク、ベートーベン…。
「その旋律に圧倒され、心が震えた」と言う。
そして1969年。
東京・上野の東京文化会館で、世界的指揮者、ゲオルク・ショルティが指揮するウィーン・フィルの演奏を聴きながら決意していた。
「自分は音楽で生きていきたい。作曲もしたい…」。そして、「絶対に指揮者になりたい」と。11歳のときだった。
「両親が音楽家という家系でもなく、音楽家を志す年齢としては決して早くはなかった」と振り返るが、桐朋学園の音楽学科などを創設した斎藤秀雄さんのアドバイスを受け、桐朋女子高、桐朋学園大学音楽学部で学びながら、めきめきと頭角を現す。
大学2年でN響の研究生となり、大学4年で指揮者としてデビューするという猛スピードで。
日本を代表するクラシックの指揮者として、華々しい経歴を築いてきた大友さんだが、その音楽のジャンルのテリトリーは幅広い。

古典から現代音楽。また、西洋音楽だけでなく、三枝成彰さんや千住明さん、冨田勲さんら日本人作曲家が手掛ける音楽など国境を越えた活動に精力的に取り組んできた。
さらに、映画にアニメ、ポップス…。先日、共演した八代さんをはじめ、加山雄三さん、玉置浩二さん、谷村新司さん、JUJUさんたち歌謡曲やポップスシンガーとのジョイントなども積極的にこなしてきた。
近年はオペラの指揮にも力を注いでいる。
「実は大学3年のときから、プロの歌手を目指す若手ミュージシャンのコンテスト『ポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)』や、世界のポピュラーソング歌手のコンテスト『世界歌謡祭』の指揮者を務めていました。20代のはじめから約10年間、続けていたんですよ」
これまで大友さんが指揮してきた音楽のジャンルの領域の、その圧倒的な広さの理由が氷解した。
ポプコンでは、デビュー前の「CHAGE and ASKA」を、世界歌謡祭では、まだ世界的歌手となる前のセリーヌ・ディオンらが歌う演奏の指揮をしてきたのが大友さんだったのだ。
「音楽の指揮者というと、どうしてもクラシックのイメージを多くの人が思い浮かべるのではないでしょうか。クラシックを音楽の頂点と考えて。だから様々なジャンルで私が指揮をしてきたことに対し、批判もされました。しかし、そもそも音楽のジャンルには差などはないのです」
こう謙虚に語るが、大友さんはクラシックの王道教育を学んできている。
恩師の斎藤さんの死去後、彼の弟子である森正、秋山和慶、小澤征爾、山本直純ら日本屈指の指揮者から直接、指揮の指導を受けながら技術を磨いてきたのだ。
しかし、大学卒業後、海外での活動が増える中、厳しい現実にも直面していく。
「世界の音楽界の中では日本のクラシックのポジション、ステイタスは理不尽なほど低いことを知らされました。残念ながら、この現状は今もほとんど変わってはいませんね」

音楽の可能性を信じ

団員8人からスタートした琉球交響楽団のメンバーは現在40人にまで増えた。5日のコンサートでは、「沖縄の四季」をテーマにした萩森英明作曲の交響組曲「沖縄交響歳時記」などが披露される。
「現在、日本の漫画やアニメなどは世界で人気を得ていますね。でも、例えば日本の漫画家は始めから世界に向けて作品を描いているでしょうか。目の前にいる読者に読んでもらうために描いているのではないでしょうか。その人気が日本中へ、そして世界へと広がっていく…。音楽も同じだと思っています」
たとえ今、クラシックの世界で日本が欧米の下に位置づけられていたとしても、「そんなことは気にする必要などありません。音楽に上も下もないのですから」
日本フィルハーモニー、東京交響楽団などで正指揮者を務め、コロラド、インディアナポリス、ハワイ交響楽団など海外でも指揮をとり、それに平行しながら、沖縄で琉球交響楽団を育て、大阪芸術大学などで教授として後進育成にも力を入れてきた。
「音楽は料理に似ていますよ」とも。
その心は?
「素材はすべて同じ。調理方法しだいでフルコースにもなるし、ファストフードにもなる。毎日同じものを食べていては美味しく感じないし、病気になるかもしれない。だから、あらゆる音楽を聴き、それぞれの魅力を堪能してほしいのです」
大友さん指揮による音楽が奏でるハーモニーからは無限の可能性、自由さがあふれ出る。
(戸津井康之)

大友 直人(おおとも なおと)

桐朋学園在学中に22才でNHK交響楽団を指揮してデビュー以来、日本の音楽界をリードし続けている日本を代表する指揮者のひとり。これまでに日本フィル正指揮者、大阪フィル専属指揮者、東京交響楽団常任指揮者、京都市交響楽団常任指揮者、群馬交響楽団音楽監督を歴任。現在東京交響楽団名誉客演指揮者、京都市交響楽団桂冠指揮者、琉球交響楽団音楽監督、高崎芸術劇場芸術監督。

国外においてはロイヤルストックホルム管弦楽団、フランス国立ロレーヌ管弦楽団、オーケストラカンヌ、オーケストラトスカーナ、プッチーニフェスティバルオーケストラ、ルーマニア国立放送交響楽団、インディアナポリス響、コロラド響に等に度々招かれており、ハワイ響には旧ホノルル響時代から20年以上にわたり定期的に招かれている。またフィルハーモニア管弦楽団の日本ツアーの指揮者も務めた。また、東京文化会館の初代音楽監督として東京音楽コンクールの基盤を築いたほか、数々の自主制作の企画を成功に導いた。

毎年夏に横浜で開催される国際音楽セミナーMMCJを2001年に指揮者のアラン・ギルバートとスタートさせ、共に創立音楽監督を務めるなど教育活動にも余念がない。

幅広いレパートリーでも知られ、その中でも日本を代表する邦人作曲家作品の初演やジェームス・マクミラン作品及びジョン・アダムスのオペラ日本初演等は代表的に挙げられる。

小澤征爾、森正、秋山和慶、尾高忠明、岡部守弘らに学ぶ。NHK交響楽団指揮研究員時代にはW・サヴァリッシュ、G・ヴァント、F・ライトナー、H・ブロムシュテット、H・シュタインらに学び、タングルウッドミュージックセンターではL・バーンスタイン、A・プレヴィン、I・マルケヴィチからも指導を受けた。大阪芸術大学教授。京都市立芸術大学、洗足学園大学各客員教授。

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