4月号
「ピンチはチャンス。 神戸の魚を広めていきます」 | EAT LOCAL KOBE Presents
「神戸の海」と聞いて思い浮かぶのは、港町を連想させる都会らしい海の姿ではないでしょうか。しかしここで取り上げるのは、漁場としての海。神戸には街のすぐそばに豊かな漁場があり、漁や競りが連日行われていることはあまり知られていません。神戸の魚を、地元の人たちへー。若手漁師たちが今、この海を守り、漁業の未来を変えようと挑戦しています。
尻池 宏典さん
漁師
夜明けの海に輝く〝神戸産しらす〟
明石海峡を漁場とする長田港を基盤に漁業を営む、尻池水産代表の尻池宏典さん。代々続く漁師家系で生まれ育ち、神戸の海を見つめて来ました。
「しらす漁は5月頃に解禁されるので、まさにこれからがシーズン。しらすは神戸港の沖合や陸沿いでもよく獲れるんですよ」。3船1組で行う船曳網漁という方法を使い、午前3時ごろに出港。多い時では1日4~5トンもの量が水揚げされ、獲れたてのしらすは垂水漁港へ運ばれてセリに出されます。実は兵庫県のしらすの水揚げ量は全国でもトップになるほど。そんな水産県の中でも神戸は魚がよく獲れる、漁業が盛んな街でもあるのです。
それにもかかわらず、〝神戸産しらす〟という言葉には馴染みがありません。法的な表示ルール上のために神戸沖で獲れた魚は兵庫県産として流通されますが、「同じ神戸沖で獲れたしらすでも、たとえば淡路の漁師は〝淡路生しらす〟としてブランド力を上げていたり、和歌山の業者は釜揚げで東京に大量に出荷したりとそれぞれに努力されています」と尻池さん。「どうしても神戸の海には工業的なイメージがあるのかもしれませんが、しらすがよく育つのは栄養豊富な大阪湾の奥の方、神戸空港の界隈なんです。全体的な漁獲量も減る中で、漁師が立ち上がり、神戸産のしらすや魚のことをまずは地元の人に知ってもらわないといけません」
そこで神戸産しらすの差別化を図ろうと立ち上げたばかりのブランドが『神戸夜明けのしらす』。日の出からしか網入れが許されない大阪や淡路島の船に対して、神戸の漁師だけは午前4時から網入れが可能。エサを食べる前の夜明けのしらすは透明度が高く、茹でると白くふっくら。神戸の漁師しか提供できない夜明けのおいしいしらすを地元の人にこそ食べて欲しいと尻池さんは話します。
『実は神戸は豊かな漁場だった』
しらす以外にもたくさんの魚たちが泳ぐ神戸の海。その豊かな水質の理由とは?
「海の水が蒸気となって、六甲山系に雨を降らせます。その雨水は栄養豊富な山の腐葉土で濾過されて、ミネラル豊富な山水として今度は川や地下水経由で海へ運ばれるんです」。さらに神戸沖で発生する潮の流れも相まって、神戸沖では山水と潮が合流。「プランクトンが育まれることで栄養分が豊富な海になり、魚が集まります。極端な話、透き通ったキレイすぎる海だと魚は全然育たないんですよ」
こうした豊かな海は神戸の東側にも広がり漁師の数も多かったものの、沿岸部の埋め立てにより現在は兵庫・長田エリアより西側が漁業の中心地に。「住吉川や夙川などいい川もたくさん。魚崎という地名があるぐらい、昔から魚が豊富なんですよ。『神戸に漁師っておるん?』という人の方が多いと思いますが、その認識をひっくり返していきたいですね」
『実は神戸は豊かな漁場だった』。これは昨年秋に尻池さんも漁師として参加した、地産地消のイベント「FARM TO FORK 2021」で発信されたメッセージの一つ。まさにこの言葉通り、神戸の海は私たちが思うよりも豊かです。しかし、都市部での生活が活発になり、山が手入れされないまま荒廃し、田畑に水不足が起こることで、海には年々栄養が行き渡らなくなっているのも事実。こうした神戸の海や漁師そのものの意識を変えないといけないと、尻池さんは動き始めました。
漁師と消費者が顔を合わせる時代へ
2020年夏には神戸で船曳網漁を営む若手漁師らが集まる「神戸ペアトローリングス」を結成。しらすの冊子を作ったり、EAT LOCAL KOBEが開催するマーケットに出店したりと、漁師の枠を飛び出した活動を始めました。
「現在は、市内で小学生に授業ができたらと話を持ちかけているところ。神戸の海でどんな魚が獲れるのか、漁師がどんな仕事をしているのかを知ってもらいたくて。神戸産の魚やしらすを使った給食を子どもたちに食べて欲しいという思いもあり、この提案も同時に進めています。子どもたちや地元の人にこそ、神戸の魚をたくさん食べてもらいたいんです」
さらに、「今後は漁師が消費者の声を直接聞くことが大事」と尻池さん。「とあるイベントで釜揚げしらす丼を販売した時、『おいしい』『これなら食べられる』という声を聞いて、漁師をやっていて良かったなと感じました。そういう経験から、組合でキッチンカーを購入してもらうことに。いい影響が広まっていると実感していますね。他の漁師たちにも今後は生の声を聞いてもらえたらと思うんです」。漁師と消費者が顔を合わせることなどなかった時代から、お互いにコミュニケーションする時代へ。新しい流れを感じるエピソードです。
自然を守るため漁師が海から山へ
「今後は、山や川にも足を運ぼうと思っているんです」
漁師が山へ? その理由を問うと、「山も人の手が加わらないと衰退していくと聞きました。六甲山の広葉樹も年月が経ち、本来であれば伐採して苗木を植えないといけません。また、木が生い茂っているように見えても山肌は日陰。何も育たなくなり、山の保水力が減ることで災害のリスクも増えます。まだ計画段階ですが、伐採や苗木を植える手伝いをしていけたらと考えています」
こうした活動を、もっと広域の輪に広げていきたいとも語る尻池さん。「海、川、山、田畑はすべて繋がっています。最近は川底がコンクリートで固められていたりと、海へ流れる栄養分が不足しています。また、農業用のため池の水を抜く『掻い掘り』という作業がありますが、これは池の沈殿物を川から海へと流すもの。重労働のために作業ができない農家が増えており、自然の循環を守るためにも漁師がお手伝いができたら」
時代や環境の変化に柔軟に。固定観念にとらわれることなく動き続けます。「最初は海の中のことしか考えていませんでしたが、地球環境に危機感を感じることで新たなアクションを起こし始めることができました。今僕たちが変わらないと、海も漁師も終わってしまう。ピンチはチャンスだと信じています」
尻池 宏典(しりいけ ひろのり)さん
神戸市長田区駒ヶ林にて100年以上続く、尻池水産の代表を務める漁師。高校卒業後から神戸の海で漁師を続けて25年。しらす漁、いかなご漁を主軸とする船曳網漁を中心に営む。2020年夏より神戸の若手漁師らによる団体「神戸ペアトローリングス」を設立し、神戸の海と魚の認知度アップを目指す。神戸市漁業協同組合・駒ヶ林浦漁会所属。
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