2022年
4月号

映画をかんがえる | vol.13 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

ボクが誰から頼まれたわけでもなく、ただ作りたい衝動だけで初めて映画を撮るのは、1975年、南ベトナムのサイゴンが陥落して、大国アメリカがベトナムから敗退した、世界史の潮流が変わる頃だった。まだ22歳だが、ここらで人生に節目をつける時だった。映画は田舎の青年が女たちと戯れながら無為な日々を過ごすうち、こんなうだつが上がらない所にいても仕方ないと、東京に出て行こうと決心するまでを女性の裸や性描写を所々に挟んだ、俗にいう「成人映画」だった。当時のピンク業界では『未亡人下宿』シリーズで名を売る山本晋也監督や、エロスと思想を描く若松孝二監督が学生にも人気だったが、ボクは誰のためでもない、ボクらの仲間が一番見たい、大衆に媚びないニューシネマを作りたかった。意気込みだけは誰にも負けず、撮影前に気付け薬の代わりのように見た映画群を思い出す。撮る技術も役者の演出術もよく知らないボクは映画館でそれを習うしかなかったのだ。どれもこれも自由気ままに作られてよく出来ていた。『フリービーとビーン大乱戦』(74年)なんていう愉快なアメリカ作品がある。『キャッチ22』(71年)という反戦映画でトボけた顔が最高のアラン・アーキンと、『ゴッド・ファーザー』(72年)の中でマシンガンでハチの巣にされて死ぬ長男役がカッコよかったジェームズ・カーンの二人がサンフランシスコ市警のデコボコ刑事で現れる喜劇だった。今だと『バッドボーイズ』(95年)あたりがバディームービーの末裔か。でも、アランとカーンコンビの人間味溢れるこの刑事漫才には笑うばかりだ。アランがスペイン人の女房の浮気を疑って怒鳴り合うし、カーンが女友達に『アラビアのロレンス』のロレンスなんかふにゃふにゃ男だと言いまかすのも可笑しかった。何年か後に、山本晋也監督は現場で助手のボクに「イヅツ、映画ってよ、娯楽でも芸術でもなく、その中間にある芸能なんだな。平安時代の猿楽だ」と教えてくれた。撮る前に出会っていたらその哲学はもっと役立ったかもしれない。カーチェィスの最中でもおかしな会話が入り、緊張を破る間抜け顔があり、画面は自然光で溢れて気取りがなく、ボクにも映画を撮る気力が湧いてくるのだった。
さらに、キャメラを廻す勇気をくれたのは『悪魔のいけにえ』(75年)という、30歳のトビー・フーパー監督がベトナム戦争に疲弊してドラッグと犯罪で病んだ呪われたアメリカを映してみせたゲテ物だ。下手とは上等でなく並のもの、雑で大衆的ということだが、これは『テキサスチェーンソー大虐殺』という原題通り、決して大衆的でも並でもない、変わったホラーだ。亡霊やお化けは出ない代わりに、皮の顔マスクをつけ、電気ノコギリをエンジン全開で振り上げた正体不明の大男に出くわす一級の恐怖サスペンスだ。5人の若い男女がワゴンカーでテキサスの田舎に通りがかり、朽ちた屋敷を訪ねた途端、その大男に襲われる。言ってしまえば単純な話だが、この気味悪さが愉しくて仕方なかった。映画館で悲鳴を上げながら笑ったのも初めてだ。そして、作者は世界中の浮かれる若者大衆に「社会を甘く見てふわふわしてるんじゃないぞ」と警告してるようだった。
ピンク映画の作法には役立たないだろうが、初陣の現場に出る景気づけに『サブウェイ・パニック』(75年)も観てみた。ニューヨークの地下鉄を武装グループがハイジャックする痛快作と評判が高かったからだ。予感どおり、それは映画館にいることを忘れてしまうほどスリリングで、作法をメモするどころか、そんな暇はなかった。見惚れさせたのはひとえに撮影者の手腕だ。『フレンチコネクション』(72年)や『エクソシスト』(74年)を撮った名手オーウェン・ロイズマンの画面は、キャメラが俳優の正面や横にあると感じさせなかった。でも、的確なキャメラ位置とはそういうことなのかと知ると、得をした気分だった。そして、青二才のボクは仲間と無謀にも35ミリキャメラを廻し始めるのだった。


PROFILE
井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD、2021年11月25日発売。

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