3月号
兵庫・宝塚から挑む世界照準 1世紀を超えても変わらぬ新明和工業のチャレンジ精神
戦後は、経済小説界の重鎮、城山三郎の小説「零からの栄光」の中で、また近年は、月島冬二作の長編漫画「US-2救難飛行艇開発物語」の中で、さまざまな技術的難題と戦いながら新型航空機の開発に挑んだ日本の技術者が奮闘する姿が描かれたことが話題を呼んだ。戦中には戦闘機「紫電改」を、そしてこの思想を継承し、平成の時代に「US-2」を生み出した、飽くなき探究心のDNAを受け継ぐ輸送機器メーカー「新明和工業」(本社=兵庫県宝塚市)。今年2月、創業102年目を迎えた同社にて、「誰かの真似ではない、新しい技術開発に挑む新明和工業のチャレンジ精神は、これからも不変です」と、五十川龍之社長が、2022年の抱負を語った。(聞き手 戸津井康之)
コロナにも挫けない総合力
―今年2月1日、新明和工業は創業102年目を迎えました。改めて、「一世紀を超えた企業」としての2022年の抱負を聞かせてください。
五十川 実は、創業100周年を控えた2019年度は、過去最高の売上高を達成した年でもありました。それが、節目の100周年を迎えた2020年になって、新型コロナウイルスの影響が世界へ広がると同時に、好調だった業績にも影響が出始めたんです。
―現在もコロナの影響は受けていますか。
五十川 航空機事業部傘下の甲南工場と宝塚分工場では、米ボーイング社「787」の主翼スパー(翼の内部を支える桁)などを製造していますが、コロナ禍で、国際線の本数が激減したことから、中型旅客機である787の需要も減ってしまい、その影響をまともに受け、今も生産機数は回復していません。
―他の部門についてはいかがでしょうか?
五十川 新明和工業は5つの事業部制をとっています。航空機事業のほか、機械式駐車設備や航空旅客搭乗橋を扱うパーキングシステム事業、ダンプトラックや塵芥車などを扱う特装車事業、水中ポンプなどの下水処理機器を扱う流体事業、産業機器や環境関連のプラントを扱う産機システム事業を有しており、これら4つの事業は、それぞれ、インフラ(インフラストラクチャー=社会基盤)と密接につながっています。幸い、コロナ禍にあってもインフラの重要性は変わることなく、これら4つの事業に関しては、堅調な業績を維持しています。
唯一無二の航空機開発技術
―新明和工業は前身の川西航空機(1928年創業)から現在に至るまで、一貫して航空機を作り続けてきました。海上自衛隊に納入している「US―2」の現状について教えてください。
五十川 現在、初号機から数えて8機目となる「US―2」を甲南工場で製造しており、間もなく完成時期を迎えます。この春には、山口県にある海上自衛隊の岩国航空基地に納入する予定です。
―航続距離4700キロの長距離飛行が可能で、約3メートルの波の高さでも着水可能な飛行艇は、「US―2」の他に、米露中を含め世界のどの国にも存在しません。したがって、海外からの関心も高いと聞きます。
五十川 インド政府が「US―2」に強い関心を示し、2013年から日本政府と交渉を進めていたのですが、残念ながら、具体的な進展には至っていません。一方で、「救難」目的に限らず、山火事が発生した際の消防用途として、また、ドクターヘリのように、飛行場のない島々へ出動して救急患者を搬送する―といった多用途機として、「US―2」に関心を示す国は、かつてから多数存在します。
―2013年6月、海上自衛隊が、ヨットで太平洋を横断中に遭難した元アナウンサーの辛坊治郎さんら二人を「US―2」で救出したニュースが話題となり、世界が改めて「US―2」の飛行性能の高さを認識しました。
五十川 この時、波の高さは3メートル超あったと聞いています。3メートルの波の高さでも着水できる飛行艇は、世界中を探しても「US―2」しかありませんからね。
―ロシア、カナダも飛行艇を有していますが、湖などが対象で、着水できる波の高さは最高でも約1.8メートルまで。航続距離も「US―2」にははるか及ばず、遠距離の救出は不可能だといわれています。
五十川 3メートルの波の上に着水した時の衝撃は、高さ3メートルのコンクリートの壁に激突するに匹敵するといわれています。「US―2」では、機首の部分に溝型の波消し装置とスプレー・ストリップという独自の技術を採用することで、着水時の機体の損傷を防ぐ高耐波性を有しているから、これが可能なのです。
―この「US―2」が、どんな経緯で開発されたかについては、昨年、最終第4巻が刊行された漫画本「US―2救難飛行艇開発物語」の中で紹介されています。開発現場の舞台裏が詳細に、そして感動的に描かれ話題となりました。
五十川 漫画で描かれた内容は、実話に基づいています。そのため、設計図面の描写など、「ここまで開発の詳細を明らかにしてしまって本当に大丈夫なのだろうか」と思いながら読みました(笑)。ありがたいことに、この漫画を読んで当社のことを知り、入社を希望する学生が増えているんですよ。
〝川西イズム〟は健在
―戦中から現在まで、一貫して独自技術で飛行艇を作り続けている日本の企業は新明和工業しかありません。
五十川 「US―2」のような飛行機の開発がしたい、と採用面接で意欲を語る学生が多くいます。実際に、大学生時代に某テレビ局が主催する「鳥人間コンテスト」に出場していた工学部の学生が、航空機の設計を希望して入社してきているんですよ。
―川西航空機時代から御社の航空機設計を支えた菊原静男さんが、従来の常識を覆す高性能を誇る「紫電改」や「二式飛行艇」を設計されたり、創業者の川西清兵衛さん、龍三さん親子が経営陣と築きあげた〝川西イズム〟は、今も健在ですね。
五十川 先ほど紹介した学生は、現在、当社の社員として、新プロジェクトの一つ、固定翼の無人ドローンの研究開発に取り組んでいます。この固定翼型無人航空機「XU―S」(全長約2・5メートル、全幅約6メートル)は、海洋観測や通信、監視などの場面での実運用を目指して、新潟市や兵庫県淡路市などの自治体と連携して実証実験などを行っています。この機体が実用に供される日は近いと期待しています。
―将来へ向けて、御社が目指す方向性をお聞かせください。
五十川 「US―2」が高さ3メートルの波に向かって着水する際、その衝撃を受け流すために機首の船形の部分は特殊な加工を施しています。どれほど科学が発達し、コンピューターなどによる自動制御の技術が進んでも、この最後の工程の加工は、新明和の〝匠〟と呼ばれる技術者による手づくりの技術なのです。
菊原静男氏は、かねて「欧米の模倣ではない独自技術」の大切さを訴えていました。代々、新明和で受け継がれてきた、この〝独立自尊〟のものづくりの精神を根底に、未来社会へ対応した〝価値共創(協働して新たな価値を創造していく)企業〟を目指していきたい、そう考えています。
新明和工業株式会社
取締役社長
五十川 龍之 (いそがわ たつゆき)
1959年生まれ。1983年新明和工業株式会社入社。以後、一貫してパーキングシステム事業に従事。2012年、同社執行役員と同時にM&Aにより迎え入れた東京エンジニアリングシステムズ㈱(現 新明和パークテック㈱)の常務取締役に就任。その後、2014年に同社パーキングシステム事業部長に就任、翌2015年の同社取締役就任などを経て、2017年4月から現職
新明和工業株式会社
兵庫県宝塚市新明和町1-1
TEL.0798-56-5000
ウェブサイト
Instagram
Facebook
YouTube