11月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.4
脳神経内科 松本 理器先生に聞きました。
あまり聞き慣れない「脳神経内科」。松本先生にお話を伺って分かりました。頭のてっぺんから手足の先まで、全身の不調の原因を見つけてくれる頼りになる内科の先生がおられる診療科なのです。
―脳神経内科とは。
脳神経の病気を内科的な知識や技能をもって専門的に診療するのが脳神経内科、手術などで治療する脳神経外科のカウンターパートです。
長年、神経内科としていましたが「精神科」「心療内科」と混同されるケースもあり、数年前、日本神経学会が診療科の名称を「脳神経内科」と変更しました。日頃使っている「神経」という言葉には目に見えない精神的なものを指すイメージがありますが、医学用語でいう「神経」は全く違う意味を持っています。
―神経は目に見える線がつながっているのですか。
体中に張り巡らされている電線のイメージです。脳の中にはさまざまな機能や運動を司る非常に多くの神経細胞が詰まっています。細くて短い電線を巡らせてお互いに連絡を取り合いながら複雑な機能を実行しています。電線は脳から脊髄を通り、末梢神経に枝分かれするところまで太い、細い、長い、短い…いろいろ張り巡らされ、次々と神経細胞同士をつなぎ合わせながら筋肉までつながっています。ですから脳神経内科は体の隅々まで非常に広い守備範囲を持っています。
―どんな病気があるのですか。
患者さんが多い病気は、脳の血管が詰まったり破れたりして起きる「脳卒中」、何らかの理由で脳細胞が傷み認知機能が低下する「認知症」、脳の電気活動が過剰に働いたりショートしたりして発作が起きる「てんかん」などがあります。まだ特効薬がなく神経難病と呼ばれる病気の中にはALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめ、自身の免疫細胞が繰り返し脳や脊髄を攻撃して電線が傷つけられてしまう「多発性硬化症」、また超高齢社会で患者さんが増えている「パーキンソン病」などがあります。
―誰もが心配する認知症は脳細胞が傷んで起きるのですか。
脳と脊髄にある中枢神経と呼ばれる部分が正常に機能していたにもかかわらず、何らかの理由でゆっくりと傷んでゆき死滅してしまう変性疾患。その中で最も多いのが認知症です。厚生労働省の試算によると、2025年には約700万人の日本人が認知症になるといわれています。近年、「何らかの理由」が解明されつつあり、アルツハイマー型認知症の場合、ある種の異常なたんぱく質が脳にどんどんたまり、脳細胞が傷つけられ死滅していくことが分かってきました。まず思考を司る海馬が傷み、物忘れから始まります。次第に運動機能に関わる神経にも傷みが及ぶと寝たきりの状態になってしまいます。パーキンソン病や筋委縮性側索硬化症もそれぞれに、ある種のたんぱく質が脳にたまって発症するということが分かってきています。
―認知症の早期発見や治療方法の研究も進んでいるのですか。
以前は亡くなった患者さんの脳を病理解剖して異常なたんぱく質を確認する方法しかなかったのですが、最近はPET検査で分かるようになってきました。さらに、たんぱく質がたまらないようにする薬もアメリカでは薬事承認され、初期の段階で見つけて、症状を改善することも可能になりつつあります。ただし、日本ではまだ承認されていません。
―予防方法は。
小児期から20歳頃までに読み書きや勉強で脳をたくさん使うと神経細胞同士が電線でつながりしっかりした配線ができます。すると、余計なたんぱく質が脳にたまり神経細胞や電線が傷つけられたとしても影響されにくく、症状が現れにくいという研究結果が出ています。
―私たち大人はもう手遅れですか?!
決してそういうことはないです(笑)。運動をしたり、脳を使ったりすること。脳トレが流行っていますが無駄ではないと思いますよ。人とコミュニケーションを取ることが認知症の進行を抑えるということも実証されています。今はコロナ禍で引きこもりがちで症状が悪化するケースもあり、問題になっています。
さらに食事に気を使って動脈硬化を起こさないようにすることも大事です。良質な食事は、脳に栄養分を十分に行き渡らせ、異常なたんぱく質を体の外へ排出できるようにします。「食事」「運動」「頭を使う」。この3つが認知症予防のキーワードです。
もの忘れが心配な方は、当院の脳神経内科・精神科のメモリークリニックで、病的なもの忘れか、加齢相当の心配のないものか、などご相談に乗ることが出来ますので、かかりつけ医からご紹介いただいてください。
―脳神経内科の外来はどんな症状の患者さんが受診されるのですか。
めまいやしびれ、頭痛、ふらつき、手足のまひ、けいれんなどの症状が多いですね。まず、患者さんから症状について詳しくお話を聞きます。脳に近い頭や顔からはじめ、手足の力や感覚、歩き方、ハンマー(打診器)を使って全身の神経の反射などをみます。お話(問診)と神経の診察で8割以上はどこが傷んでいるか診断が可能です。
その後、原因を突き止めるためにCT、MRIや脳波、髄液の検査などに進みます。例えばメニエール病でめまいが起きている、腰のヘルニアが脊髄を圧迫してしびれがある、脳に腫瘍や硬膜下血腫がありふらつきがあるなど、他の原因が見つかった場合は、耳鼻科や整形外科、手術をする脳神経外科など適切な治療ができる診療科をご紹介します。
―「脳神経」と聞くと難しく考えてしまいますが、不調の原因を突き止めてもらえる頼りになる内科の先生なのですね。
私たちは内科医ですから、さまざまな病気の症状を熟知しているのが強みです。めまいやふらつきなどはもちろん、物忘れがひどくなってきた、歩くときに足が前に出にくくなってきたなど、気になることがあれば受診をお勧めします。開業しておられる先生はまだ少ないのですが、中規模から大規模病院医には診療科として開設されています。かかりつけの先生から紹介いただいて受診されるといいと思います。
松本先生にしつもん
Q.お医者さんになろうと思われたきっけかは?
A.私の父は大学で宇宙の研究をしていました。その影響もあり宇宙に憧れ、将来はロケットを飛ばしたいと思っていました。一方、家族に周産期障害で脳性麻痺の兄弟がいましたので、「脳の病気でなぜ歩けなくなるのかなあ?」などといろいろ疑問を持ち、小宇宙ともいえる脳のしくみをきちんと理解して、病気の診断や治療ができるようになりたいという思いを持ち、医学の道に進みました。
Q.脳神経の専門医になって良かった?
A.はい。脳にはまだまだ分からないことがたくさんあります。例えば、こんなふうに会話をしていますが、脳がどう働いて理解できているのかは解明されていません。変性疾患のように難病と考えられてきた病気の原因が解明されつつもあり、近い将来、治療できる時代になってくるでしょう。「21世紀は脳の時代」ともいわれています。すごくやりがいを感じています。
Q.若い学生さんたちに伝えたいことは?
A.お話とハンマーひとつで、ほとんどの診断ができるのが脳神経内科です。医療機器をはじめ、医療は進歩を続けていますが、基本となるのは「会話」です。その魅力を伝えようと頑張っています。
Q.リフレッシュ方法は?
A.一つは大学時代からやっている水泳です。もう一つは、私は奈良の田舎育ちで自然の中にいるのが好きなので、家族とキャンプに行くことです。コロナ禍でどちらも今は難しいですが、収束後にはまた楽しみたいと思っています。