5月号
縁の下の力持ち 第27回 神戸大学医学部附属病院口腔機能管理センター
命に関わる手術や治療を口の中から支える力持ち
大学病院で行われる大きな手術や治療を口の中から支えている「口腔機能管理センター」。なぜ口の中をきれいにする必要があるのでしょうか。日頃から患者さんにも丁寧に説明するよう心掛けているというセンター長の明石昌也先生にお聞きしました。
―口腔外科とは。
いくつかの専門がある歯科の中の一分野が口腔外科です。親知らずの処置、口腔内の嚢胞や腫瘍、外傷、先天異常の治療などが主です。もう一つの役目が口腔ケアです。
―口腔ケアとは。
口の中をきれにして歯周病を防ぎ、感染症を予防します。近年注目されているのが、高齢者の誤嚥性肺炎予防です。私たちの口の中の唾液や食べ物は、嚥下反射が働き気管にふたが閉まると咽頭から食道に向かうようになっています。誤って気管に入っても、むせたり咳き込んだりして外へ出そうとします。
ところが高齢になり全ての知覚が衰え、嚥下反射が働かなくなると「不顕性誤嚥」といって口の中に残った食べた物のかすだけでなく、唾液も本人が気付かないうちに気管を通って肺に入ってしまいます。口腔内に細菌が増殖していると重篤な肺炎に陥ります。ですから高齢になると口の中はきれいにしておかなくてはいけません。
また、喉から気管に挿管する全身麻酔で行われる大きな手術では菌が肺に入り込みやすく、術後に肺炎を起こす危険があります。ですから免疫機能が衰えている周術期の患者さんの合併症予防にも口腔ケアが大切です。
―そのために口腔機能管理センターでケアをするのですね。
がん患者さんの周術期が最も多いのですが、放射線や抗がん剤治療時にも口腔ケアが必要です。特に放射線治療の効果が高いといわれる咽頭がんや口腔がんなどの頭頚部のがんでは放射線が当たると口の中がひどくただれます。痛くて歯磨きができないと細菌が増殖して合併症を起こし、次の治療に進めません。
そこで治療前後共に口腔ケアをして口の中をきれいに保ちます。造血幹細胞移植などで非常に強い抗がん剤を使い免疫がゼロに近い状態になります。このような状態では、健康な方だと大きな問題にならない感染症が生命に危険を及ぼすこともあります。人間の体で感染を起こしやすい場所の一つが歯ですから抗がん剤治療を乗り切るためにも口腔ケアが大切です。
―肝臓や腎臓の移植手術では?
移植手術で使う免疫抑制剤の副作用として起きる骨粗しょう症の治療薬として骨吸収抑制薬を使うのですが、その副作用に顎骨壊死という深刻な病気があります。この薬を服用されていると、抜歯後治癒がうまく進まず顎骨がむき出しのままになり、口の中の菌が付着して感染症を起こし、あごの骨が大変稀ですが壊死することがあります。
このリスクを回避するために術前に歯の治療を済ませ口の中をきれいにしておかなくてはいけません。さらに、薬を飲み続けて免疫が低下する術後も定期的に歯のメンテナンスが必要です。
―全身に関わるのですから、複数の診療科の先生方と連携する必要がありますね。
呼吸器、胃腸、肝胆膵、心臓疾患などの担当の先生方との横のつながりがなければ口腔ケアはスムーズに進みません。検査や治療、手術の予定、抗がん剤を使う場合は免疫抑制力がどの程度の強さなのかという情報をもらって、それに合わせて計画を立てます。
―患者さんとも直接お話をするのですか。
もちろんです。手術や治療のために病院に来られる患者さんが「まず歯の治療」などと言われたら「なんのために?」と戸惑われます。がんの手術、移植手術、抗がん剤や放射線治療の患者さんそれぞれに納得していただけるまで丁寧に説明するよう心掛けています。
―やりがいのあるお仕事ですね。
患者さんとコミュニケーションを取り、いろいろな分野で専門の先生方と関り、多岐にわたる知識を持たなくてはいけません。様々な取り組みも単独の科でなく、様々な科の先生方と連携して行っています。少なくとも人と関わり話すことが好きな私には向いていて、歯科の中でもやりがいのある分野だと思っています。