2月号
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~⑩建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ後編
故郷の子供たちへ…ヴォーリズが描いた希望
ブームの背景
近年、建築家のヴォーリズが脚光を浴びている。歴史建造物の人気が高まる昨今のブームの最中、改めて彼の功績を振り返ろうと試みる小説が相次いで出版され、また、彼が設計した小学校校舎群が映画やドラマ、アニメの舞台として登場。若者たちのロケ地巡礼スポットになるなど、彼の人気は世代を超え、再燃している。
「次はヴォーリズについて書きたい…」。直木賞を受賞する前、大阪在住の作家、門井慶喜さんを取材中、歴史への造詣が深く、建造物好きで知られる彼はこう語った。そして16年、ヴォーリズを主人公に描いた小説「屋根をかける人」を発表。その2年後、「銀河鉄道の父」で直木賞を受賞した。先日、門井さんを取材すると、「今、新しい書庫を建設中なんです」と教えてくれた。設計は、大阪にあるヴォーリス建築事務所に依頼したという。「長年の念願が叶いました」とうれしそうに語る笑顔が印象的だった。
兵庫出身で神戸女学院大卒の作家、玉岡かおるさんは11年、ヴォーリズの妻を主人公にした小説「負けんとき ヴォーリズ満喜子の種まく日々」を刊行している。
満喜子は播磨小野藩の最後の藩主、一柳末徳の三女で、ヴォーリズと1919年に結婚した。神戸女学院を卒業後、米国へ留学。ヴォーリズとともに近江兄弟社学園を築いた教育者だった。
ヴォーリズは64年、83歳で亡くなるが、彼が日本に遺した数多くの建築物などの歴史遺産や、彼が日本人の心に刻みつけた記憶は、風化することなく現在まで様々な形で語り伝えられてきた。
2014年には神戸女学院の校舎など彼が設計した建築群が初めて重要文化財に指定された。
映画やドラマ、アニメの舞台に
ここ数年の間に、彼が設計したある建築物が、映画やテレビドラマなどの舞台として繰り返し登場している。
37年、滋賀県豊郷町に建てられた豊郷小学校の旧校舎群である。
総合商社「丸紅」創業者一族で同町出身の古川鉄治郎が、私財を投じ建設した鉄筋コンクリート造りの校舎や図書館、講堂は、当時、「東洋一の小学校」と呼ばれた。町の年間予算数年分といわれた莫大な建築費を、なぜ、彼はたった一人で背負ったのか。
総合商社「伊藤忠」を興す伊藤忠兵衛らを親戚に持つ鉄治郎は、近江商人として育つ。欧米視察の際、日本よりはるかに進んだ科学技術を目の当たりにした彼は、「生まれ故郷の子供たちに世界を目指してほしい。そのためにそれにふさわしい校舎が必要だ」と思い立ち、帰国後、ヴォーリズに設計を依頼した。
ヴォーリズは鉄治郎のこの思いを受け止め、木造が主流だった当時の小学校では考えられないような頑丈で荘厳な校舎を設計した。
おそらくヴォーリズを知らないであろう現代の若者たちと、彼をつなぐ大きな接点と言ってもよいのが、実はこの豊小校舎群である。
女子高の軽音楽部員の青春を描く人気アニメ「けいおん!」では同小の音楽室がモデルとして登場する。今や国内外から大勢の〝けいおんファン〟が一目、この校舎を見ようと訪れる聖地巡礼の人気スポットとなっている。
映画では「君の膵臓を食べたい」(17年)、「カツベン」(19年)など、ドラマではNHKの連続テレビ小説「べっぴんさん」(16~17年)、現在放送中の「おちょやん」などで同校舎や図書館、講堂などがロケ地として選ばれている。
こののどかな田舎町に建つ小学校が、十数年前。校舎解体をめぐって大騒動に巻き込まれたことを知る者は、今、どれほどいるだろうか。
2002年、当時の町長が突然、校舎を取り壊し、新校舎を建設すると言いだしたのだ。これに対し、校舎保存を訴える同小卒業生たちが立ち上がる。解体の違法性を主張し、町を相手取り民事訴訟を起こした。筆者は当時、新聞記者として大津支局に赴任。全国的な社会問題にまで広がった校舎保存を懸けた住民運動、法廷闘争を約3年半取材した。
最高裁は、「校舎解体は違法」とする住民側の主張を全面的に認める判決を下す。鉄治郎が私財を投じ、ヴォーリズが設計した豊小校舎は卒業生たちの手で守られたのだ。
当時取材した建築学者たちが語った言葉を今も忘れることができない。
「子供たちの教育環境をここまで徹底して考え抜き設計された小学校は今、日本のどこを探しても見つからないでしょう…」
名建築家は、優れた教育者であったことを伝える証しとして、豊小旧校舎群は84年たった今も人々の心を揺さぶり続けている。
=終わり(次回は平生釟三郎)
戸津井康之