2月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第116回
オンライン診療の問題点と可能性
─オンライン診療とはどのような診療ですか。
西口 遠隔医療のうち、医師と患者さんの間で情報通信機器を通じ患者さんを診察・診断し、その結果の伝達や生活指導、投薬などの診療行為をリアルタイムにおこなうことを指します(図1)。
──オンライン診療は初診から認められているのですか。
西口 基本的に初診から3か月以上経過し、直近3か月の間オンライン診療をおこなう医師と毎月対面診療をおこなっている状態の安定した慢性疾患の患者さんが対象です。初診は対面診療で、医師はオンライン診療をする旨の診療実施計画書を作成し、患者さんの同意を得る。と決められています。また、患者さんが急変した時には速やかに医療機関を受診できることも条件です。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が進む中、厚生労働省は昨年4月から時限的な措置として初診時からの利用を容認しました。
─感染リスクを考えての措置なのでしょうね。
西口 確かに患者さんにとっては医療機関に行かなくても良いので感染リスクも減り、便利になったかもしれません。医師にとっても感染のリスクが減少するという利点があります。しかし、不利な点もたくさんあるのですよ(図2)。
─どのようなデメリットがあるのでしょうか。
西口 例えば内科医は患者さんの訴えだけでなく、体型、歩き方、話し方、顔色、表情、臭い、打診、聴診、触診など患者さんからできるだけ多くの情報を収集して診察します。現状の情報通信機器を用いる診療では顔を見て話しをするだけですから、喉も見えず、心音や呼吸音も聞こえず、腹部の触診もできず、レントゲンも心電図も超音波もとることができません。顔についても機器内で画像処理されているかもしれません。つまり、患者さんの情報を十分に得ることが難いしため、誤診する危険性は高いと言わざるを得ません。診療報酬上の点数は対面診療より低く設定されており、患者さんにはメリットかも知れませんが、医療従事者として安かろう悪かろうの医療を提供することには大きな抵抗があります。過去の情報が全くない初診患者さんのオンライン診療をおこなう場合、薬剤の処方の上限は7日、麻薬・向精神薬・抗悪性腫蕩剤など慎重に投与すべき薬剤の処方は不可、患者さんの急変時にはすぐに対面診療が可能という条件が設けられています。しかし、4月から6月のオンライン診療実績では処方薬剤や日数制限などのルールが遵守されていない、遠方地の患者さんを診療しているなどの不適切事例がみられています。
─昨年10月、初診も含めたオンライン診療の原則解禁について内閣で合意したそうですが。
西口 菅政権がデジタル化を推進していることや、規制改革会議や国家戦略特区諮問会議をはじめとした政府会議からのオンライン診療の拡大圧力もあり、初診から解禁されようとしていると思われます。しかも、マスコミではオンライン診療の利便性ばかりが報道されています。確かに患者さんの受診行動の選択肢が増え利便性が増すことは良いことですが、その利点や欠点を十分に検証することなく情報通信機器を利用したオンライン診療が拙速に推進されるのはIT企業に利益を誘導しているように思えてなりません。
─日本医師会はどのように考えていますか。
西口 基本スタンスとして「解決困難な要因によって、医療機関へのアクセスが制限されている場合に、適切にオンライン診療で補完する」と表明しており、対面診療の補完に利用するという立場で、医療現場は対面診療で実績を築いてきた医療の形が崩れるのではないかと初診からの解禁に懸念を示しています。
─セキュリティにも問題があると思うのですが。
西口 オンライン診療では本人確認が十分にできません。ですから患者さんのなりすましだけでなく、無資格者が医師と偽る危険もあります。これについてはオンライン診療専用のアプリケーションを利用し、患者さんはマイナンバーカード、医師は医師資格証を利用してログインすれば、少しはなりすましの危険は減るかもしれません。また、昨年4月に規制が緩和されてからSkype・LINE・Zoomなどのアプリを用いたオンライン診療も認められたので、より危険が増えたと言えます。個人所有の情報通信機器を利用するとハッキングにより医療の機微な情報が漏洩する可能性があり、診療の様子を患者さんや(偽)医師が記録してインターネット上に晒すなど、プライバシーが侵害されるおそれもあります。
─オンライン診療はあまり利用しない方が良いのでしょうか。
西口 そんなことはありません。神戸市など医療資源が豊富な都市はたくさんの診療所や病院が身の回りにあり、簡単に医療機関にアクセスしたり訪問診療を利用したりすることができます。しかし離島、僻地など医療資源が乏しい場合や、希少疾患に羅患し専門医が近隣におられない場合など、非常に有効な診療ツールになるでしょう。都市部では便利だからという理由だけで拙速にオンライン診療の普及を進めるのではなく、どのような疾患がオンライン診療に適しているのか、患者さんや医師にとってどんな利点や欠点があるのかをじっくりと検証し、エビデンスを構築してから普及させても決して遅くないと思います。今後IoT機器が進歩し、ウェアラブルデバイスを装着することで呼吸・心拍数・体温・血圧・血糖値・心電図・身体活動度などのバイタルデータを24時間、365日収集できるようになり、さらに咽喉や鼓膜や皮膚の画像や心臓や呼吸の音などを送受信できれば、患者さんからたくさんの情報を得ることができるようになるので、オンライン診療は今までの対面診療より正確に診断ができるようになる可能性もあるでしょう。