2020年
10月号
(実寸タテ20㎝ × ヨコ6㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から 53  水上チーム

カテゴリ:文化人, 神戸

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

人間の記憶の不思議を思っている。遠い昔の、長く思い出すこともなかった幽かな記憶について。

「喫茶・輪」のブログを開設したのは2009年12月だった。もう10年を超える。それとは別にFB(フェイスブック)にも8年ほど前から参加している。
最近FB友達になった人に津門という方がおられる。わたしはその人とはお会いしたことがない。どんな人だかもよく知らない。年齢はどうやらわたしより一世代以上お若いようだ。
ある時、元西宮市立高校の野球グラウンドの写真を上げておられた。わたしにとって懐かしいグラウンドである。若き日、米屋の野球チームに参加していて、日曜日ごとに練習や試合をした場所である。いわゆる草野球ではあるが、市民体育大会に出場したりと大いに楽しんだものだった。
チームを結成した時につけた背番号は21。これはその時のわたしの年齢なのだ。チームのみんなから「カッコええ背番号や」と言ってもらったのを覚えている。もう56年にもなるのだ。そのユニホームは今も家のどこかにあるはず。愛用の木製バットも最近まで素振りに使っていてまだある。
そこでふと気になったのが、「津門」というお名前である。多くある名前ではない。この名前と野球に反応して遠い昔の記憶が呼び覚まされた。
わたしはまさかと思ったが、コメントして尋ねてみた。
「もしかして、あなたの縁者に、野球の上手な人はおられませんか?もう70年ほども昔の話ですが」と。
戦後すぐのころの話である。当時、西宮南部地域に「水上」という少年野球のチームがあり、うちの隣の小学校の校庭でよく試合をしていた。わたしはまだ参加できない小学低学年のころのことである。
近所のお兄ちゃんが一人、そのチームに所属していて、応援しながら見ていたのである。
そのチームの中に「津門」という名前の選手がいてひときわ上手だったという記憶が浮かび上がって来た。不思議である。何十年も思い出しもしなかった記憶。
「水上というチームに、津門という名前の、背の高い、たしか左バッターのいい選手がおられたのです」
すると驚く返事が来た。
「はい、わたしの叔父にあたる人だと思います。プロ野球からも誘われた実力のある人だと聞いています」
まさかまさかである。
わたしが小さかったころにちょっと見た、野球の上手いお兄さんが、後にプロに誘われるほどの人になっておられたとは。ご健在なら80歳を過ぎておられる。
津門さんの隣に住んでおられたのだという。しかし記憶には残っていないと。
もう少し詳しくお聞きしたいとお願いしたら、お父上に確かめてくださった。
「津門義明。たしかに水上という少年野球のチームに在籍。のち関西学院大学の野球部に進み、内野手(ファースト)、身長198センチ、左投げ左打ち。関西六大学野球で首位打者になったことも。阪神タイガースに誘われたが事情があってノンプロの大丸野球部へ。そこで監督も務める」
背が高くて左打ち。合っている。まんざらでもないわたしの記憶。多分、見ていた試合でその津門選手は、左バッターボックスで逆転ホームランかなにかを打ったのだろう。それがわたしの脳の奥の方に刻まれていたのだろう。そうとしか思えない。言葉を交したこともなく、ほぼ所縁のない人の名前まで覚えていたなんて。その後には全く会ってもいないのだから。
大丸野球部といえば、野球に詳しい人なら「あの小林繁の」と思い出すにちがいない。元巨人軍の選手で、一旦阪神と契約した江川卓と電撃トレードの末、阪神に移った悲劇の投手。その小林選手がノンプロ時代に所属していたチームである。世代が違うので一緒にプレーしてはおられないだろうが。
津門選手とお会いしてみたいと思ったが、残念ながら三十歳代の若さで病歿しておられるのだと。
わたしは、あの野球グラウンドに行ってみたくなった。
約50年ぶりである。市立西宮高校グラウンドは往時とはすっかり変わっていた。
当然だが、周辺の民家もみな建て替わってしまっている。土も白っぽく素っ気ない色に変わっている。ただ一つ変わらないのがバックネットの基礎コンクリート。ひび割れだらけだが、そのひび割れ模様がユニホーム姿に見えたりしてなんだかうれしく、思わず両手でさすっていた。
そして、ああ、もう一度このグラウンドで思いっきり野球をやってみたいなあと思ったことだった。

(実寸タテ20㎝ × ヨコ6㎝)

■六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

■今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。

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