8月号
神戸の商店街から生まれた「神戸タータン」
「第11回日本マーケティング大賞 奨励賞」を受賞!
お洒落・ファッション, 神戸, 見どころ
国内でもほとんど例を見ない、色とデザインによる街おこし。そして神戸タータンが神戸市内の「産官学」連携による地域産業のプラットフォームとして機能していると評価された、今回の受賞。「神戸タータン」の生みの親である石田原弘さんにお話を伺いました。
神戸の人に認められるクオリティーを大切に
ーこの度は、おめでとうございます。大手企業などの受賞で注目されるこの賞に、選ばれたのは素晴らしいですね。
はい。大企業に比べると、僕たちの「神戸タータン協議会」は、とても小さな組織ですから大変光栄です。
ー「神戸タータン」は、神戸開港150年記念の際に考案されたのがスタートですね。
実はその前から、元町6丁目商店街の片山喜市郎さんと二人で話はしていて。「どうせなら、一過性のイベントより後に残るものを作りたい」と提案しました。商店街などと組んでプロモーションを行いたかったので、元町の片山さん、三宮センター街の植村一仁さんらと14名で協議会を立ち上げました。
ー「神戸タータン」は、正式にスコットランド政府にも登録されているのですね。
はい。スコットランド政府に登録されていないものは「タータン」とは呼べないといわれています。本場では草木染で茶・グリーン系、赤を使ったものが多いですが、「神戸タータン」は神戸港をイメージした「ブルー」が入っているのが特徴的で、類似カラーがなかったのがよかったんです。
ー現在、どのくらいの企業が加盟されていますか。
この3年で130弱です。その内、神戸タータングッズを制作、販売している会社が50社、アイテムは230弱です。その他、商店街のプロモーション、販促など多方面で協力いただいています。
ーたくさんの商品が作られていますね。
はじめはネクタイから、その後、私が神戸松蔭女子学院大学の講師をしている関係で、学生たちにドレスを作ってもらいファッションショーをして発信したのはかなり注目していただきました。
ーどんな商品が人気ですか。
ハンカチなどが売れ筋です。神戸のお客さまが、これまでおつかいものをケーキ、お菓子だったのを趣向を変えてハンカチにされたり。もともといわゆる「おみやげもの」でなく、「神戸の方に気に入ってもらえるものを」と思ってデザインしていて、アイテムもクオリティーの高いものが多いと思います。神戸の方は見る目も厳しいので良いものを作らないと、受け入れていただけない(笑)。
「神戸タータン」を“スパイス”に、料理の味は腕次第
ーこれは面白いという、ユニークな使われ方はありますか。
パッケージでは、森永製菓さんのハイクラウンチョコレートや、大丸神戸店の伊藤園さんのティーショップで「神戸タータン」の限定缶が人気です。ホテルオークラ神戸さんのビアホールも神戸タータンカラーでコーディネートしていただいていますね。
ーとてもいい広がり方をしていますね。経済効果はどうですか。
どの店も「神戸タータン商品」自体の売り上げというより、お客様が増えて売り上げアップにつながっています。よく言うのは、「神戸タータンは、主食にはならないですよ。あくまでスパイスです」ということです。本業をさらにおいしくするためにはそれぞれの創意工夫が必要で、「神戸タータン」はプラットフォームだと考えています。
ー行政でも活用されていますか。
神戸港での外国客船のおもてなしに、神戸タータンのハッピやのぼりで出迎えを行なったり、外国人向けの神戸の紹介パンフレットなどに使われています。
ー今回、新たなマーケティング手法として評価された「産官学」の連携ですね。
よくある「産官学」の連携は「官」主導なのに対し、神戸タータンは「産」が主体です。我々、産業界はものを売ろうとし、行政はポスターなどに使い、学校はPRを行う、それぞれ自分たちの利益のために懸命に動くことが、自然に「街おこし」につながっています。
ー今後の展開はどうなりますか。
今夏から市外デパートでの催事を企画しています。神戸につながりのない場所では厳しいですが、良いものを作っていれば、どこのお客様にもアピールできると思っています。我々は皆、言うなれば同床異夢で、同じところに居ながら違う夢を見ています。今後、各々がどこまでの展開を目指していくのかも楽しみです。
石田原 弘(いしだはら ひろし)
神戸タータン協議会会長・有限会社石田洋服店
1955年生まれ。1974年慶応義塾高等学校卒業。1978年慶応義塾大学経済学部卒業。3年間のヨーロッパ留学後、商社、服地・服飾輸入卸商勤務を経て2000年石田洋服店を開業。現在、石田洋服店代表取締役、神戸松蔭女子学院大学専任講師、神戸タータン協議会会長