6月号
「神戸で落語を楽しむ」シリーズ 笑いの文化を外国人にも
落語家 桂 かい枝 さん
喜楽館はありがたい場所
─喜楽館ができてまもなく1年が経ちますね。
かい枝 今年で噺家になって25年ですが、その頃は定席の寄席が1軒もなかったんです。繁昌亭、喜楽館と2つも寄席ができ情報発信の場が設けられたということは、落語の文化が浸透する大きな要素だと思います。ですから喜楽館の役割はものすごく大きいですね。檜舞台、緞帳、生のお囃子といった寄席の風情を含めて落語を味わっていただけるので、ありがたい場所ができたという感じです。
─喜楽館の設立や運営にどのように関わっていますか。
かい枝 建設委員からやらせてもらっていたので、それこそ新開地と決まる以前の場所探しから関わっています。まさかこんな良いところにあっという間にできるとは。ちょっとびっくりでした。現在は番組編成を担当しています。
─神戸とはどのような接点がありますか。
かい枝 もともとうちの一家のルーツは神戸の王子公園あたりで、いま東灘に住んでいますが、住み心地が良いんですよ。ですから大阪というよりは神戸にゆかりがあります。お客さんも大阪と神戸では違いますね。神戸の方が少し上品で文化的な感じがします。でもまだ、寄席に対する緊張感もあると思うんですよね。なんとなくよそ行きで来るという。そこはもう少し気軽につっかけで来てくれるような人がいたら面白いですよね。寄席ってもっと気楽なものですから。
─落語家になったきっかけは。
かい枝 学生時代、なんとなく人を楽しませる仕事がしたいと思い、いろいろなエンターテインメントを観ている中で先代の文枝師匠の落語に出会って感動して。落語って凄いなと感じて、こんなことができればと思ったのがきっかけですね。
─それで入門を。
かい枝 でも僕は落語やったことがなかったんです。だから師匠によく怒られて。人の3倍稽古せぇと。でも逆にそれが良かったかもしれませんね。変な癖がないので素直に師匠を真似るところから入れましたし。
─師匠からどんな教えを受けましたか。
かい枝 入門当時、師匠はもう60代でしたから、教える意欲はないんですよ(笑)。だから落語を教わったことはたった1回、車の中で稽古つけてもらっただけです。でもそれをすごく後悔していて。訊いたら答えてくれるんですけれど、訊くの怖いんでやめちゃって。もうちょっと近寄ってもっと吸収しておけばよかったなといまになって思いますね。師匠は厳しい面もありましたが、根本はすごくやさしく、まともな人でした。
日本語ゆえに落語は発展
─英語落語でも活躍していますが、はじめたきっかけは。
かい枝 もともと学生時代に英語学校に通ったり短期語学留学したりしていました。英語落語をはじめたきっかけは、知り合いのアメリカ人にあまり上手いこと落語を表現できず、日本に笑いの文化があることがよくわからないと言われ、それならば本気で日本の笑いの文化を外国人に伝えたい、外国人を笑わせたいと。そんな時たまたま日本笑い学会からオファーがあり、アメリカで公演したんですね。英語に関わる仕事に憧れた時期もありましたが、まさか落語という伝統文化の世界で実現するとは。
─どんな演目を披露したのですか。
かい枝 最初は「ちりとてちん」です。仕草が面白く、起承転結がしっかりしている、そして食文化が盛り込まれているので。日本食はアメリカでも親しまれていますからね。まだ駆け出しの頃で日本ではウケていなかったのですが、アメリカではめちゃくちゃウケたんですよ。僕はこれまで25か国で300回くらい公演していますけれど、日本人ほど笑わせるのが難しい国民はいません。日本人はオープンマインドじゃないし、周りのことを気にするんです。
─落語は世界でウケるんですね。
かい枝 物語の笑いですし、人間の営みや落語に出てくるような人物は世界共通だからではないかと思います。だけど、日本語だからこそ落語がこれだけ発展したと言えるんです。日本語には役割語があって、例えば「I’m○○」でも「わちきは○○でありんす」なら花魁、「拙者は○○でござる」なら武士とキャラクターによって違います。すごく難しい言語なんですけれど、だからこそお客さんは複雑な話でもついてこられるんですね。英語だと逐一自己紹介を挟まないといけないので、登場人物が多い複雑な話は字幕なしではできないでしょう。英語落語をやってみて、日本語の奥深さがわかりました。
─大阪樟蔭女子大学で英語落語を教えていますが。
かい枝 それだけではなく、中学や高校の英語の教科書に僕が載っているんです。中学の教科書では文科省認定の5つのうち4つに落語が、そのうち2つに僕が載っています。英語落語はセルフ劇で、ほとんどが日常会話。しかも感情込めて喋るので、英会話の練習が一人でできるから教材としても面白いし、しかも文化として笑いがあるので、小咄を披露したら外国人が笑いますから、それがものすごい自信になるんです。自分の英語が伝わったことがわかりますからね。来年から小学校の教科書にも載りますが、僕も予想だにしない形で英語落語が広がっているんです。
新たなファンの獲得を
─英語落語以外に挑戦していることはありますか。
かい枝 やさしい日本語落語に取り組んでいます。いま外国人労働者が入ってきていますが、地域の人とのコミュニティがうまく成り立たないところがたくさんあります。その要因のひとつに、地域の人たちがどういう言語でコミュニケーションを取ったら良いのかわからないという現実があるんです。でも実は簡単でわかりやすい日本語なら通じます。ですから僕は地域の人も外国の人も両方よんで、やさしい日本語で落語をするんです。そしたら一緒に笑って、打ち解けて、そこからコミュニケーションがはじまるんです。これから交流や観光の場面で、やさしい日本語はもっと広がっていくのではないでしょうか。
─昨年繁昌亭大賞を受賞されましたが、今後どのような活動を。
かい枝 演じ手がいなくなり消えてしまった「古墳落語」の発掘ですね。落語作家の小佐田定雄さんと芸能史研究家の前田憲司と一緒に、埋もれてしまった古い演目をもっと復活させていきたいです。あと、英語落語もそうですが、学校講演も多いので、落語の入口として新しいお客さんの獲得にも力を入れたいですね。芸能は廃れだしたら一気に廃れます。僕らはそうならないように継承していく責任があります。そのためにもお客さんに「来て良かった」と感じてもらえるように頑張っていきます。いろいろとさせていただくんですけれど、本当に幸せです。噺家は良い仕事だとつくづく思いますね。
神戸新開地・喜楽館
(新開地まちづくりNPO)
TEL.078-576-1218
新開地駅下車徒歩約2分
(新開地商店街本通りアーケード)