2012年
10月号

市民の生命と健康を守る質の高い医療

カテゴリ:医療関係

神戸市西部地域の中核病院として約50年の歴史を持つ西市民病院。平成12年、震災から復興し新たなスタートを切った。苦しい時代を乗り越え、徐々に元気を取り戻しつつある

地方独立行政法人 神戸市民病院機構
神戸市立医療センター西市民病院 院長
石原 享介さん

―神戸市民病院機構の中で、中央市民・西市民病院のそれぞれの位置づけは。
石原 中央市民病院は神戸市全体の基幹病院として高度医療を提供する、西市民病院は主に長田区・兵庫区・須磨区の地域密着型病院として質の高い標準的な医療を提供するというそれぞれのミッションを持っています。
―法人化されたことのメリットは。
石原 それ以前、市民病院群は市の保健福祉局病院経営管理部の監督下にありました。法人化により院長の経営責任は問われるものの、病院の要となる医師の定員の決定などの裁量権が認められ、その他様々な意思決定もスピーディーになったのは大きなメリットだと思います。
―石原先生はずっと市民医療に携わってこられたのですか。
石原 昭和48年大学卒業後、当時布引にあった中央市民病院に研修医として勤めて以来約40年間、神戸の市民医療に邁進してきました。
―西市民病院とのかかわりはいつからですか。
石原 震災から復興した西市民病院へ、中央市民病院から内科部長として派遣され、すぐ副院長になり5年間勤務しました。その後、中央市民病院の副院長を4年間務めた後、院長として戻って来ました。
―震災復興の苦しい時期を病院とともに歩んでこられたのですね。
石原 震災前と同じ医師定員で再開した西市民病院は24時間365日の救急対応を求められました。当時少ない体制で多くの患者を診る中で医師が退職し、後任医師の確保もできず、さらに残った医師の負担が大きくなるといった悪循環に陥り、救急を午前0時から9時まで閉じざるを得ないという苦しい時期もありました。その後残った職員一同が頑張り、さらに法人化により院長の裁量権が拡充され、その時期に西市民病院の実情を知っている私が院長として戻ってきた等々、色々な要素が重なり、少しずつ元気な病院になってきました。
―それは良かったですね。
石原 若い医師も集まるようになりました。学生の見学や実習を積極的に受け入れ、若い医師を育てるという雰囲気を作ったことで、研修医の応募も増えてきました。苦しい時代を経験した職員たちの努力が実ったといえるでしょうね。経営的にもかなり回復してきたと周知され、京都大学、神戸大学からの応援も来るようになってきました。現在は医師100人を超え、徐々に救急24時間体制も拡充しており、この9月から金曜・土曜・日曜に加え、木曜・休日の救急を開始しています。近い将来には24時間365日体制に戻したいと考えているところです。
―市民にとっては心強いですね。
石原 ただし、医師も万能ではありません。長時間の連続勤務を強いられています。医師の数が足りないという現実はもちろんですが、臓器専門医師でなければ社会的に認められないという風潮があり、市民もそういう医師を求めてきたという点は反省するべきです。限られた医師数の中で24時間救急を行うためには色々なニーズに対応できる医師を増やしていく必要があります。そのためにもオールラウンダーの医師を育て評価していく社会の仕組みを作っていくことが、今後の医療サービス提供には必須です。
―中央市民病院を始め、他の病院との連携・協力も重要ですね。
石原 西市民病院には心臓外科、脳外科がありませんし、放射線治療機械は置いていません。今後も中央市民病院や近隣の病院等と連携していく予定です。右肩上がりの時代には、個々の病院での完結医療が良しとされ、全ての病院に高価な機械を置き重装備しました。
 今は、そんな必要はなく、地域の医療ニーズを踏まえ、医療圏内で計画を立てるのが本来の姿です。市民病院群に限らず、地域で役割分担を決め協力し、時には集約化していかなくてはこれからの医療は持ちこたえられないと思います。

地域の高齢者を病院全体で受け止める

―西市民病院の患者さんの傾向は。
石原 平均年齢が高く、特に救急搬送は圧倒的に高齢者が多いですね。重複した病気で繰り返し搬送されてきますが、多くが介護の領域で生活をされている方です。介護の領域でのコンセンサスが得られていない社会で、いざという時は医療に駆け込まざるを得ず、私たちはそれを受け止めざるを得ませんし、受け止めようとしています。
―高齢者総合診療科というのもそのためにですか。
石原 医療と介護の調整役となり医療者として正面から受け止めようというメッセージでしたが、病院全体でその役割を果たしていくという意味を込め、今は「総合内科」と改称しました。医療と介護の狭間で苦労されている高齢者に対する責任を果たすことが地域の中核病院としての最大のミッションだと考えています。
―全てを病院で受け入れるわけにはいきませんね。
石原 そうです。ベッドの有効利用という使命もありますから限界があります。快復すれば介護の領域に戻っていただかなくてはいけませんが、なかなか難しい。医療と介護をいかに連携させていくかがこれからの日本の社会の課題ですね。老化は医療の領域だけでは解決できません。介護の中でいかに幸せに生き、いかに幸せに逝くかを考える社会でなくては高齢化を乗り切っていけないと思います。

チームでの連携なしに医療は考えられない

―チーム医療が重要視されていますが看護師さんの役割は大きいですね。
石原 看護師の力なしに病院の運営は考えられません。また患者さんにずっと寄り添っている看護師が医師に従うだけの医療では質は上がりません。さらに看護師に限らず、臨床検査技師や放射線技師等のコメディカルらが加わる栄養管理チーム、呼吸管理チームなど様々なチームが院内で重要な役割を担っています。チームの中でそれぞれが役割を認識し、果たしていくことで病院の質が向上します。医師、看護師、コメディカルスタッフが心の垣根を取り払い、連携する心を醸成していくことが大切です。
医療と介護の懸け橋になり高齢化社会に立ち向かう
―先生のご専門の呼吸器内科の中でも特に喘息の現状は。
石原 抗原物質を吸い込んでアレルギー反応を起こすのが喘息です。アレルギー反応は気管支の筋肉の痙攣という認識から、気管支表面で炎症が起きているという考え方に変わってきました。それに伴って、気管支を広げる薬の投与から、炎症を取る薬の投与へと治療法も画期的に変化しました。10年ほど前には年間約6千人もの喘息患者さんが亡くなっていたのですが、現在は2千人ほどに減ってきています。私もこの二十数年で、喘息の領域ではそれなりの仕事をして貢献はできたと思っています。
―西市民病院の呼吸器内科は充実しているのですね。先生も診療されているのですか。
石原 全国的にみてもハイレベルだと思います。私自身は診療していませんが、後継者たちが立派に呼吸器内科を支えてくれています。
―市民病院としての地域貢献は。
石原 一つは医師会との連携、もう一つは、色々な講座やニュースレターなどで情報提供をすることです。今は市民病院に限らず、どこの病院でも力を入れておられると思います。
―今後の西市民病院について。
石原 地域密着型の市民病院として各科のレベルを上げていくこと。そして最も重要なことは、地域の中核病院として超高齢社会に立ち向かっていくために医療と介護の様々な問題を真正面から受け止める病院でありたいということです。医師会や長期療養型病院、訪問看護ステーションなどとの連携を図ることから始めています。医療と介護の懸け橋になりたいと考えています。
―これからも是非、市民の強い味方でいてください。本日はありがとうございました。

若い医師の勤務希望が増えている


本館1階にあるリハビリテーション室


抗がん剤による点滴治療を外来通院で行うための外来化学療法センター


地域の中核病院として地域医療を支えている



地方独立行政法人神戸市民病院機構 
神戸市立医療センター西市民病院

〒653-0013 神戸市長田区一番町2丁目4番地
Tel:078-576-5251 / Fax:078-576-5358
http://www.kobe-nishishimin-hospi.jp/
神戸高速鉄道「高速長田駅」より徒歩約8分、
神戸高速鉄道「大開駅」より徒歩約10分

石原 享介(いしはら きょうすけ)

地方独立行政法人 神戸市民病院機構
神戸市立医療センター西市民病院 院長
1948年生まれ。1973年大阪市立大学医学部卒業。1975年神戸市採用、1995年中央市民病院内科参事、1998年京都大学医学博士取得、2000年西市民病院内科部長、2002年同副院長、2005年中央市民病院副院長を経て、2009年西市民病院院長就任。

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