2月号
神戸鉄人伝 第110回 洋画家 伊藤 弘之(いとう ひろゆき)さん
剪画・文
とみさわかよの
霧の立ち込める渓谷を、月明かりの砂丘を、激しい渦潮の上を駆ける半透明の木馬。伊藤弘之さんの絵画にはいつも、空を舞う木馬が描かれています。そしてその根底には様々な自然現象と、人と動物の営みがあります。ひとつのテーマを追求して画業を積み上げ、また制作の傍ら大阪市立大学、京都市立芸術大学、大阪芸術大学などの教員も務められ、かつての生徒たちと新たなグループを立ち上げた伊藤さんにお話をうかがいました。
―美術の世界に入られたのは?
高校生の頃、須田国太郎先生の作品「窪八幡」を見て、心に響くものがありました。美大受験に失敗して大阪市立美術研究所へ入所する折の面接で、先生ご本人に出会います。そして京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)の入学試験時に再び先生の面接を受け、「厳しい世界だが、描き続ける覚悟はあるか?」と問われ「パレットが乾かないよう努力します」と答えました。この先生に学ぼう、指導は一言も逃すことなく吸収しようと思いました。
―須田先生が所属されていた独立美術協会の「独立展」に、1959年からずっと出品なさっています。
学生時代から、独立展以外の公募展へは出品しようと思わない頑固者です。当時独立美術協会は徹底した実力主義で、組織に委員なども置かず、過去の入賞者が落選になることもある。とても厳しくて、辞めてしまう人も多い。ここだけに出品し続けたことは、今となっては僕の誇りですね。
―モチーフの「木馬」について教えてください。
動物と人のかかわりを表現したいというのが出発点です。動物の中でも自分の気持ちを託せるのが馬なのですが、馬そのものを描くと、どうしても動物のにおいが画面に付く。それで木馬という馬の形をした人工物を描いています。
―においが付く、というのは?
生物の馬だと「この脚ならこう歩く」とか、「このお尻なら脚はこういう具合に出る」とか生々しくなってしまう。木馬ならそういった意識は入り込まない。ただ木馬はメルヘンチックなイメージが強いので、お伽噺にならないよう心掛けています。
―木馬が駆け抜けて行く雄大な風景は何なのでしょう。
制作のヒントは大なり小なり自然現象から得ているので、風紋や川霧、桜などがテーマになっています。グランドキャニオンや鳴門の潮流なども、取材して描きました。いずれも大きな自然の力を借りて、制作の基盤としているのです。また旅の途中のできごとや感動が制作のひらめきになることもあり、取材旅行は欠かせません。
―最近はどのような活動を?
京都市立芸術大学の教え子を中心とした「京」というグループを立ち上げ、発表活動をしています。コンクールが無くなりギャラリーも減っている中で、個人で活動している人たちにのびのびと発表してもらおうと始めました。幸い三宮のあじさい画廊と銀座のあかね画廊の協力を得られ、3回目の発表を終えたところです。小さなグループですが、少なくとも5回までは続け、その後は皆に考えてもらおうと思っています。
―発表のあり方として、美術団体への出品をどうお考えですか。
団体に所属する従来の画家スタイルは、ある意味当然だと考えています。良い悪いではなくて、そこに身を置かないことには批判もできない。僕自身も団体内の人間関係がしっくりこなかったけれど、出品は続けました。日本画の世界では、作家・団体・画商がうまく次世代を育てていますが、洋画界にもそういった仕組みがあれば、若い人たちの励みになるのではないでしょうか。
(2018年12月18日取材)
自身の活動だけでなく、教員らしく後進の指導にも熱心な伊藤さんでした。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。