12月号
世界の民芸猫ざんまい 第七回
「我輩は 黒猫 である」 ジグソーパズル猫
中右 瑛
猫好きの国芳の弟子に「一鵬斎芳藤」という絵師がいた。師匠に負けず劣らずの猫好きで、センスのあるオモシロアイデアの猫絵を描いた。
「子猫あつまって大猫になる」(挿図参照)を見るがいい。子猫を集めて、大きな親猫に仕上げるという、マジックもどきのパズル絵だ。子猫が9匹あつまって大きな親猫を形成している。ネコ…ネコ…子猫の集合体が、いつの間にか親猫となる。ポーズ、シッポも手も 足も、いろんなポーズの子猫が寄せ嵌められている。この図は「ジグソーパズル絵」の元祖で「寄せ絵」とも「嵌め絵」とも呼ばれるもの。このアイデアも秀逸である。
この「組み合わされた猫の集合体」(ジグソーパズル絵)は視覚上の実験、錯覚を狙った「騙し絵」の一種で、こうした手法は、西洋では早くから流行していた。
16世紀のイタリア出身の宮廷画家・ジュゼッペ・アルチンボルト(1527~1593) が得意としていた。アルチンボルトの絵は、果物や樹木、魚類、挿花などを組み合わせて、人間の貌を形成している。彼の名人芸は、珍奇なモノを愛好し蒐集していた当時のハプスブルグ家の皇帝たち、フェルディナンド一世やマクシミリアン二世、ルドルフ二世などを大いに喜ばせた。当時の人々は科学の神秘性や宇宙への夢に憑りつかれ、天文学者や占星術師、揚げ句の果ては魔術師までもが大いにもてはやされていた時代である。アルチンボルトが人気を博した背景には、こうした時代や環境があったからだろう。
同種の絵は、江戸の町絵師・国芳も人間の顔「人かたまって人になる」などで造型実験している。国芳や芳藤は知ってか知らずか、この手法を浮世絵で実験したのである。
しかし、アルチンボルトは人間の顔や猫を題材にしたものはない。してみれば、芳藤の猫のジクソーパズル絵は、芳藤のオリジナル創作という事になる。「猫のパズル絵」 に江戸っ子たちは吃驚仰天したことであろう。芳藤の一世一代の傑作である。
■中右瑛(なかう・えい)
抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。