1月号
神戸市医師会公開講座 くらしと健康 64
ハチミツとかかりつけ医
最近地域包括システムということばをよく耳にするが、これは超高齢化社会を迎え、高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らし続けることができるようにと考えられたシステムである。つまり医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスを切れ目なく提供するために必要なシステムとして計画されたものである。そのシステムに基づき急性期病院では早期の退院を促し、慢性期病院、施設、在宅へと移行に努めている。
しかし現状では在宅医療への移行はスムーズではない。大きな要因として在宅への受け入れ側の家族の構成の変化や意識の変化が挙げられている。核家族化により介護する側の人は最近の神戸市医師会の調査では一位が娘、二位が妻、三位が夫、四位が息子である。一昔前のように息子の嫁が介護する時代ではない。介護力が不足しており施設に入居する人も多い。施設に入居した人に限らず、楽しみという観点から見たとき食べる事はひとつの重要なポイントと思われる。
そこで高齢者の食べる楽しみについて考えたい。私は垂水区で有料老人ホームの運営にも携わっているが、実は屋上でミツバチを飼っている。そのハチミツを一口食べると派手な味ではないが子どものころに食べたあの何とも言えない甘さと独特の風味が蘇って来る。ハチミツは入居者のために作っており、朝食やおやつに利用しているのだが、ターミナルになって食事を受け付けなくなった人が温かいハチミツ水だけは飲んでくれたことは、感慨深いものがあった。
さて私がなぜミツバチを飼いだしたか?それはある雑誌で銀座のミツバチについての記事を読んだのがきっかけである。有料老人ホームの朝食のパンに付けて食べてもらいたいと思った。しかしどうして良いのか分らない。妻は猛反対で入居者さんが刺されたらどうするの?買った方が安いわよとくる。当時NHKの朝ドラで「ゲゲゲの女房」が放映されそのお兄さんが養蜂をしていてミツバチのことを話し出すと止まらないということを聞いた。
さっそくミツバチ談義を聞きに行く事となった。安来市は神戸から約3時間、アポなしで尋ねたがミツバチのことを詳しく教えていただいた。紹介してくれた養蜂家はなんと神戸の阪神御影にある俵養蜂所であった。俵養蜂所の社長は全国でミツバチの病気を診れるたった3人の獣医のひとりであった。
ミツバチをなぜ獣医がと思ったがミツバチは家畜であるため獣医が診るとのことであった。感染症やダニなどの寄生虫が主な疾患である。さてミツバチの巣箱には約3万匹のミツバチがいる。そのなかで女王は1匹、働き蜂は約2万8千匹、オス蜂は約2千匹であり、女王蜂を中心としたひとつのファミリーである。
女王蜂になるか働き蜂になるかは、生まれてから成虫になるまでの食べ物で違う。ロイヤルジェリーで育てられると女王、ワーカージェリーで育てられると働き蜂。受精卵から生まれると雌になり女王も働き蜂も同じ受精卵である。
一方無受精卵からはオス蜂が生まれる。女王蜂は3年から4年の寿命があり一日千個から2千個の卵を産む。働き蜂は蜜集めの忙しい時期は約1ヶ月の寿命で越冬の場合は6ヶ月ほど生きる。しかしミツバチの世界は短い一生でもそれぞれ役目が決まっており、想像以上に奥が深い。働き蜂はハウスキーピングや育児もこなし、最後の一週間ほどでティースプーン一杯の蜜を集めて一生を終える。そう考えるとミツバチは可哀そうに思えるが、こちらが蜜をいただくのは5月から7月までであとはミツバチの取り分である。
また冬になって餌の蜜が少なくなったときはこちらから砂糖水を与えることになる。家畜なので世話もしなければならない。8月下旬から11月下旬までは天敵のスズメバチから守ってやらなければならない。ミツバチを扱うときに燻煙器を使うが、これは大昔からの知恵の賜物で煙をミツバチに掛けるとミツバチは山火事が起こったと勘違いして大人しくなり蜜を体に吸い込んで逃げる体制になり、人は刺されにくくなるという寸法だ。私もミツバチの話をしだすと止まりそうにない。さて私はかかりつけ医である。かかりつけ医は在宅の患者だけでなくその家族も診察し長い時間をかけて関係を築いている。家族構成やそのバックグラウンドを理解して患者に接している。国は在宅支援診療所や病院を在宅医療の要にしたいようであるが、それは在宅患者が亡くなればその関係は終わってしまう。かかりつけ医との関係は終わらない。在宅はかかりつけ医。そこからの発想が食べる楽しみ、ハチミツへと続いていると理解していただけると幸いである。
藤井 芳夫 先生
神戸市医師会理事
藤井内科クリニック