2022年
12月号

神大病院の魅力はココだ!Vol.16 神戸大学医学部附属病院 精神科神経科 青山 慎介先生に聞きました。その3

カテゴリ:医療関係, 神戸

今年最後の神大病院連載は、10月11月に続き青山慎介先生に伺いました。
様々なシーンで使われる『多様性』と言う言葉。求められているのは社会や企業だけではなく、人々の心の中にも?青山先生の考える『心の多様性』とは?

―『心の多様性』を考える
コロナ禍でオンラインでのコミュニケーションが増えましたね。会議や仕事の打ち合わせも、人に会わずに済むようになりました。初めの頃、僕はそれがとってもストレスでした。手ごたえがないし、良くも悪くも、人と会っているという生々しさや親密さがない。けれど、続けているうちに気がついたのは、僕にとってはものすごくストレスなんだけど、人によってはその方が楽で、むしろ活躍できる人がたくさんいるんですね。医師でもそうでした。カンファレンスや会議などであまり意見を主張することなく発言が少なくておとなしいと思っていた人が、オンラインだと雄弁だったりする。そしてこれまでに見えなかった一面が見えたりする。
僕はリアルな人づきあいが好きだけれど、苦手な人もいたんだなという、考えてみれば当たり前で単純なことに気がついたんですね。オンライン会議は、自分にとっては不都合な状況でも他の人にとっては自分を表現しやすい状況だった。そうか、そういうことが『多様性』なんだと。コロナ禍があったから実感できたことです。
いわゆる引きこもりの人、対人関係や社会参加のない人にとっては、知らない病院に行くこと、知らない医師に会うことは恐怖に感じるでしょう。ましてや一対一で会って話をしましょうなんて、けっこうハードルが高い。電話で話をして薬を処方するだけでなく、この数年でオンライン診療を始めた病院が増えました。うまくオンラインを用いて診療ができれば、精神科への通院に抵抗を感じる人も受診できるし、デジタルネイティブの患者さんには好都合ですからね。僕は場を共有しないと伝わらないこともあると思っていたから、本来は否定的でしたが、ひとまずの取っ掛かりとして、オンライン診療はいいことだと思っています。一生オンラインだけで生きていくことはできないし、いつかはリアルな世界に出ていくわけですが、オンラインを取っ掛かりにしてこの先生なら会ってもいいかなと思ってくれたら、そしてそれがその人の世界を少し広げて豊かにするきっかけになれば、それは患者さんにとって大きな一歩となると思います。これからの課題ですね。
―神戸の人は『受け入れる』ことが得意な街
神戸には神戸が好きで住み続けている人が多くいて、僕もその一人ですが、多分その理由のひとつに多様性を受け入れる人柄、土地柄っていうところがあるように思います。いろんな国のいろんな人が住み始めて豊かになっていった町ですからね。
けれど、人間は自分の価値観と合わないことや理解し難いものは受け入れにくいし、それを見なかったことにしたり、線引きをしたり、レッテルを貼ってしまう。逆に言うと、線引きしレッテルを貼ることで安心するんだと思います。僕のところに来る患者さんの中には、病気の苦しみの他に、まわりからの理解がなく受け入れてもらえないことで傷ついている人が、少なからずいます。患者さん本人だけでなくご家族もそうだと思うし、それでなおさら孤立することもあります。人を理解するために、病気を病気として理解することも必要だけど、その人の全部が病気でできているわけじゃない。人間同士のやりとりの中で人を受け入れることは、この町が、いろんな国の人、自分たちとは価値観も習慣も宗教も違う人たちを受け入れてきたのと同じことなんじゃないかと思うんです。
―『自分の変化』も受け入れよう
もっと広く言うと、自分自身のことにしても、社会との距離感や他人との関係性も変わっていきますよね。成長もれば老化もある。病気にもなるし体力も落ちる。歳をとれば若い頃よりできないことも増えていく。見た目も変わっていく。今の自分は、なりたかった自分やあるべき自分の姿とは違うかもしれない。例えば女性が出産や閉経の前後に、男性が定年後にうつ病になりやすいのは、これまでそうだった自分を失ったことを受け入れられないころが原因となっている場合もあります。歳をとることで得たものもあるはずなのに、目に見える失ったものばかりが気になってしまう。変化をネガティブではなく、ポジティブに受け入れる。それはもしかしたら、自分の中の多様性を受け入れ、それと付き合っていくことなのかなと思います。
―心からの「がんばれ」がもつ力
例えば、うつ病の人に「がんばれ」と言ってはいけませんってよく言いますよね。この情報はいろんなところで見聞きするから、うつ病になった方のご家族や周りの方達は「がんばれ」を言いたくても我慢して言わないようにする。でも「もうちょっとがんばって」って言いたくなる場面もあるんですよね。それでも、言ってはいけない言葉として我慢する。飲み込む。でも何がなんでも絶対ダメではないんですよね。
以前研修などで何度もご一緒した緩和ケア医の関本剛さんって方がいらっしゃいます。進行癌と診断され余命も限られていた中、抗がん剤治療を受けながら患者さんの診療を続けておられたんですが、ある研修会の時に彼が言っていたことが印象に残っています。治療の中で、周りの人たちも病気のことはよくわかっているだけに気を使い、言葉を選ぶ。関本さんはそんなまわりの人たちの気持ちがわかるからこそ、ちょっと窮屈に感じていたそうです。でも、例えばちょっとした顔見知りの町のおじさんが「先生、聞いたで。がんばってな。応援してるで」となんのてらいもなく言ってくれたとき、それがとても嬉しくて明るい気持ちになれたと話しておられました。
「がんばれ」は悪い言葉ではない。僕はそう思いました。病気の人を支えるためには、専門的な医療者の治療も、医学的な知識も大事だけど、なにげない関係性の中で本当にシンプルに応援したい気持ち、無理な励ましやおせっかいじゃなく、心からの「がんばれ」は大事なんじゃないか。それは、ちょっとした関係性でもいいんです。純粋な応援は人を支える力になります。関本さんに声をかけたおじさんの「がんばれ」はとても大切なものだと思います。

青山先生にしつもん

Q.診断や治療にあたって、先生が心掛けておられることはどんなことですか?
A.もしかしたら自分の判断が間違っているかもしれないということを頭の中においています。それは例えば、この薬が患者さんに合うと思って処方しても、実際は合わない可能性もあることや診断や見立てが実際の症状とずれている可能性もあるということ。100パーセントではないということです。
Q.私たちが健康に過ごすために心掛けるべきことはどんなことでしょう?
A.最近の健康ブームですが、〇〇トレーニングや〇〇ダイエットなど、合ったものをとりいれるのはいいけれど、強迫的にならないように気を付けてほしいと思います。トレーニングやダイエットに縛られて、日々を楽しむことができないのは本末転倒。何気ない幸せや日々の彩りをじっくり味わうことも大事です。
Q.医学の道を志された理由は?精神神経学を専門に選ばれた理由は?
A.元々高校時代から人の心やその広がり、多様性に興味がありました。それと、今になって思うと、やはり人のためになるということをしたいという気持ちもあったのだろうと思います。医学部卒業の頃、外科や他の診療科と迷った時期もあったけれど、自分のイメージする医療に、精神科はとてもフィットしていたと思います。

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