4月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第130回
川西市民医療フォーラム「目指せ!人生120年」について
─昨年の川西市民医療フォーラムは2年ぶりの開催になったそうですね。
長谷部 川西市医師会では2003年から、県内各市町の医師会に先駆けて市民フォーラムを毎年おこなってきましたが、2020年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大のため開催を見送りました。昨年は11月13日に川西市のみつなかホールにおいて、「目指せ!人生120年」をテーマに開催しました。これまでもフォーラムを通じ、地域における医療・介護の問題について川西市、猪名川町のみなさまとともに考えてきましたが、今回はこれから医療や病気がどうなっていくのかということに焦点を当て、SFではなく根拠に基づいた近未来の医療の姿について、未来医学研究所代表の奥真也先生にご講演いただきました。
─現在の世界最高齢は119歳です。「人生120年」はちょっと大げさじゃないですか。
長谷部 いえいえ、医療が進化するとその可能性は大いにあります。寿命が還暦の倍になる訳ですから、そうなれば老後の人生が長くなり、ますます地域の医療と介護、それを支える地域包括ケアシステムが重要になっていくでしょうね。
─奥先生のお話はどのような内容でしたか。
長谷部 まず、これからの医療がどうなっていくかを、医療未来学の視点からご紹介いただきました。がんを例にすると、さらなる遺伝子解析と分子レベルで増殖や転移を抑える分子標的薬の使用などで、2035年には難治性であってもほとんどのがんが治療可能になるだろうとのことです。また、2030年代になると再生医療や三次元プリンタの進化で、いろいろな人工臓器をつくることができるようになるだろうということです。
─身近な病気、例えば認知症や糖尿病はどうなるのでしょう。
長谷部 残念ながら現状では本格的な認知症薬は実力不足で、患者減少までには時間がかかる見込みのようです。糖尿病は生活習慣と遺伝子が関わる病気ですが、エピジェネティクス(遺伝子発現を制御・伝達するシステム)が生活習慣により規定されていることが解明されつつあり、その分野の研究が進む20年後くらいには解決するのではないかということです。
─感染症はどうなるのでしょう。
長谷部 新型コロナウイルス感染症では、発見の2か月後にはゲノム解析によりウイルスのすべての遺伝子配列がわかり、他の疾病で活用予定のmRNAワクチンを応用して1年未満で劇的な効果をあげています。また、ACE2というタンパク質が重症化や後遺症に大きく関与していることも判明しつつあります。人類と感染症の闘いの長い歴史において、今回の対応はこれまでにないめざましいもので、このような知見を蓄積して研究が進めば、2030年頃には感染症の恐怖から開放されるという予測だそうです。
─医療の形も変わっていくのでしょうね。
長谷部 医師がいないAI診療や、がん手術でカーナビのようにどこに腫瘍があるか教えてくれるAI機器などが実用化され、2030年くらいにはAI診察が主流になるかもしれないということです。
─一方で、先端の医療が当たり前になると、医療費の増大がさらに進むようになってくるのではないでしょうか。
長谷部 講演ではその点も指摘され、1995年からの20年間の日本の成長率は世界の主要国で最下位という状況に、医療の進化による医療費増大がのしかかって、保険医療制度をいつまで維持できるのかは大きな課題です。皆保険制度とフリーアクセスのスタートから60年を迎え、そろそろ変えないといけない状況になっているのではないかとお話されていました。
─ほとんどの病気が治るようになると、また別の問題も起きてきそうですね。
長谷部 「治る」という解釈の違いも主題のひとつでした。われわれ医師は「病気が生活を邪魔しない」ことが大事と考えますが、患者さんの多くは「完全に症状が消える」ことを「治る」ことだと考えています。長寿が当たり前になる時代は「無病息災」ではなく「多病息災」、病気を気にせず、健康を目的とせずに、人生を楽しむという意識が大切になってくるでしょう。
─死の形も変わるでしょうね。
長谷部 がんは治り、感染症も克服となると、これからは脳梗塞や心筋梗塞など血管の病気で亡くなる方の割合が増すのではないか、また、安楽死についてもそろそろ健全に議論するタイミングではないかとお話されていました。
─120歳まで生きるには、どうすれば良いのでしょう。
長谷部 臓器など身体の部品の耐用年数は50年といわれていますから、使いべりしないように、運動はのんびり歩くなど軽いものを長く、脳トレもほどほどに、特に血管は取り替えが難しいので水分摂取と食事量に注意して大切にしましょうということです。誰かのため、何かのためにという考えで、利他的に生きることも大切ではないかという提言で講演を締めていました。
─次回の川西市民フォーラムはいつですか。
長谷部 新型コロナウイルス感染症の動向にもよりますが、いまのところこの秋の11月12日土曜日に開催予定です。次回は20回目なので大々的に開催して、医師会を身近に感じていただけるようにしたいですね。