2月号
「心の傷を癒すということ」に寄せて コロナ禍の今、思うこと
モデルとなった安克昌さんの後輩として共に診療活動をしてきた、神戸大学医学部附属病院の青山慎介さんに、安さんとの思い出と、コロナ禍においての「心の傷を癒すということ」をお聞きしました。
色々な場面を思い出すのですが、私が安先生と一番多く時間を過ごしたのは、多分、診察室です。
その多くは、安先生が患者さんを診察するのを斜め後ろから見ている場面です。少し肩をすぼめて、背中を丸くして、うんうんとうなづきながら患者さんのお話を聞いている場面です。
実際の診察は、映画のポスターのように、柔らかい光の中にいるような雰囲気ばかりではありませんでした。患者さんの悲しみや不安、怒りや混乱が診察室にいっぱいにあふれることもしばしばでした。けれど、安先生は、心に傷を受けながらも今ここにいる患者さんを、どこまでも尊重しようとしておられた、そしてあなたは正当であるとどこまでも支持しようとしておられたのだと思います。一方で、人を傷つける不条理や、弱者を叩く人や社会の品格のなさを強く憎んでおられた。
診察でも街のバーでも、ちょっとした言葉や振る舞いの一つ一つに、限りない優しさと、強烈な激しさを私たちは感じていました。もちろん街のバーでは医学や診察とはちっとも関係のない話がほとんどでしたが、安先生の好きだった漫画や音楽やくだらないゴシップの話で、楽しそうに笑っている安先生の顔を思い出します。
「癒す」とは、心の傷や病気で損なわれた何かを、なかったことにすることではないし、その前の状態に戻すわけでもないと思っています。
今まさに私たちは、親密な人との関係性や、あたりまえだった日常を損なわれているのですが、「癒すこと」は、このコロナをなかったことにはもちろんできないし、それによって損なわれた何かを取り戻すことではないでしょう。むしろ、何かが損なわれたとしても、今をしなやかに生き延びていく、そのためのエネルギーを取り戻すことだと思います。
コロナ禍の今、誰もが、どうにかしてこの不条理な状況と折り合いをつけようとしているのだと思います。折り合いをつける方法はきっとひとつではないですし、正解はありません。
そこにはいろんな方法があって良いし、いろんな提案があって良いと思います。
その中で、少しでもその人にとって腑に落ちやすく心地よい方法で折り合いをつけるのが、今のところ最も良い方法だと思います。
今回私たちの受けている心の傷の対処法は、こうあるべきだとかこうしてはいけないとか、大上段に正論を振りかざしたり何かを非難したりするような押し付けがましさのない、優しさや知恵のあるものであって欲しいと思います。
自分や大切な人がコロナに感染しなければ、震災や戦争とは違って命まで取られることはない、ボチボチやろう、くらいに考えるのが良いのかもしれません。
神戸大学大学院医学研究科精神医学分野 准教授 青山 慎介 さん
心の傷を癒すということ <劇場版>
柄本佑
尾野真千子 濱田岳 森山直太朗 キムラ緑子
石橋凌 近藤正臣
全国順次ロードショー
2/12(金)シネ・リーブル梅田、
京都シネマ、OSシネマズミント神戸、シネ・リーブル神戸ほか