5月号
湯けむり便り 連載第2回
金井 啓修
旅にも通ずる茶の湯の極意
有馬温泉と同じ日本三古泉の和歌山の白浜温泉に行く用事ができた。前日の夕方に大阪で打合せが入っていたので、有馬に帰らず大阪から直接白浜に行き泊まる事にした。
3~4年前の事。年がら年中格安価格をうたっている旅館に「ものは試し」と泊まった事がある。価格は確かに安かったが、少なくとも僕には満足感はなかった。
夕食後、白浜のまちに出かけて行った。商店街は半分以上の店が閉まっていたが、一軒素敵なビア・ホールと魅力的な中華レストランが目に付き利用した事がある。
今回白浜に到着するのは夜遅くなるので、まずビア・ホールの場所をネットで検索し、その近くのホテルを取る事にした。ここだという所を探して、ネットエージェントで検索した。宿の雰囲気を知るのには電話をすれば良い。そして料金を聞けば良い。仮にネットエージェントより高い料金を提示されても「ネットでは○○円じゃないですか?」といえば良い。たいがいはネットより安くなる。手数料がいらないからだ。しかし「手数料分引いてよ!」と言ってもダメな所がある。それは意外と大きな都市ホテル。これは部門に別れていてそれぞれ縦割りで売り上げを競っているからだ。今回提示された料金はネットと同じだったが駐車場代を無料にしてくれた。10%以上安くなったと言える。これは旅を楽しむ一つのコツとも言える。でも格安旅館の1泊2食の金額とそう違いはなかった。
白浜に着き、部屋に荷物を置いてすぐ夜のまちに出かけて行った。街は相変わらず半分以上は店が閉まっていたが、目的の店は人がいっぱいだ。まずは中華レストランで軽く一杯。この店もお客様は多く、近くのスナックからも出前注文が入っていた。軽く夕食を食べ、ビア・ホールに向かった。ちょうど今までいた大勢のお客が帰ったところだとマスターは言った。店が混雑している時に楽しむ事は難しいモノだ。我ながらタイミングが良かった。
カウンターの席に座り、散らかったテーブルの上が片付けられて後、ピルスナーを注文。肴は鳥のパテ。
マスターも一息ついたようなので話かけた。するとすぐに「金井さん?」と彼が聞いた。私はびっくりした。前回来た時には名前も伝えていなかったはずだ。そういえばあの時、宿からこのあたりにタクシーで来ようとすると運転手が「この辺りはボッタクるから、田辺まで行きませんか?」と誘導された事があった。問題のある話だったので、マスターにその事を話したのだ。それを思い出した。そうなれば話は弾むし、ビールも進む。
翌日、彼が時間をかけて作っているという宿を見せてもらう事になった。白浜が昔華やかだった頃の通りにある木造の家をさわっている。昼間は実家のある龍神で百姓をやり、夜はビア・ホール。そしていつか宿をオープンしようとしている。その思いを熱く語る。楽しい時を過ごし非常に有意義な旅ができた。
ここで改めて旅を楽しむコツの話をするならば・・・。茶の湯の席に呼ばれた時の客人の極意。亭主は商売をやっている以上、レベルの差はあるが、お客様を迎えようとしている事には違いない。その為にそれぞれ仕掛けをつくっている。これは自慢料理や自慢のしつらえかもしれない。楽しむコツは、その亭主の自慢を見つける事だ。それができると金額以上の価値が生まれる。
ちょっとした事で旅はすごく楽しめる。最近行った店が良くないと口コミを書く人がいる。確かに全部が全部良い店ではないかもしれないし、自分の好みでないかもしれない。しかし、いくら宣伝やクチコミに影響を受けたと言っても自分で選んだという事に違いはない。つまり自分に合う店を選ぶ感性を自分が持っていない。または、うまく良さを引き出して楽しめなかったと言えるのではないか。
店と客がうまく合えばこれほど旅を楽しめる事はない。するとまた行きたいと思う。そういう流れが出来れば観光地は活性化すると考える。
しかし幸いな事に有馬には旅のコツを会得したお客様がたくさん来られている。その方たちをどう繋ぎとめるかが有馬の課題である。
金井 啓修(かない ひろのぶ)
有馬温泉で800年以上つづく老舗旅館「御所坊」の15代目。77年、有馬温泉観光協会青年部を結成して活性化に取り組む。81年、26歳の若さで「御所坊」を継ぎ、個性的な宿づくりで脚光をあびる。2008年、「有馬山叢御所別墅(ありまさんそうごしょべっしょ)」をオープン。世界的なからくり人形のコレクションが集う「有馬玩具博物館」は、約4000点もの所蔵を誇る。国土交通省の観光カリスマや内閣官房の「地域活性化伝道師」などに任命されている。