2012年
5月号

神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 芸術家女星編 第28回

カテゴリ:

剪画・文
とみさわかよの

声楽家
井上 和世さん

本格フランス歌曲に取り組み、神戸フォーレ協会を率いる、声楽家の井上和世さん。パリ国立音楽院を一等(首席)で卒業した実力者でありながら、いつも控えめで温厚なお人柄は、音楽家にも教え子にも慕われています。ご自身の声質を「アルト」とおっしゃる井上さんは、その温かくふくよかな声で聴衆を魅了してきました。「フランスで見聞きしてきた、子どもの育て方を、子育て中の人たちに伝えたいわ。フランスオペラも、もっと紹介したいわねえ」と意欲的な一方、ご実家のお寺を継がれ、これからはお寺のことにもっと力を注がなくてはと語る井上さんに、お話をうかがいました。

―女声の「ソプラノ」と「アルト」の違いは、何なのでしょうか。
 一般的に高い声がソプラノで低い声がアルト、と思われがちですが、違いは音域ではなくて「声の色」なんです。アルトやメゾと称する人も、高音域の声が出ないわけではないの。でも、声の太さと言うか、幅と言うか、響きが違う。声の色がアルトで、低くて柔らかい声が自分の持ち味だと思っています。

―声楽の道に進まれたきっかけは、何だったのでしょう?
 お寺育ちなので、ピアノも無い環境で大きくなりました。実は中学生の時、声楽の先生に憧れてね、その先生の指導を受けたくて、歌を習い始めたんです。声楽を情熱的に語る人でした。ピアノを始めたのは、なんと高校一年生から。受験曲だけ猛練習して、神戸女学院の音楽学部声楽科に進学しました。だから、スタートは遅いんですよ。卒業後パリへ留学して、6年くらい滞在しましたが、向こうでは仕事をすればそれなりにギャラが貰えました。日本ではギャラだけでやっていくのは、至難の業ですけど。

―ご実家は、再度山大龍寺ですよね。帰国後、お寺を継ぐことになったとか。
 弟が亡くなって、お寺の跡取りが結局、長女の私にまわってくることになったんです。大龍寺は、千二百年以上の歴史のある真言宗のお寺で、国指定の重要文化財の木造菩薩立像もあります。お寺の仕事は、朝のお勤めから境内のお掃除、いろいろな行事、お参りの方のお接待、お寺同士のお付き合い…とても忙しいんですよ。お寺の手伝いをしながら、音楽の教員をして、ソロ活動もして、それはもう大変な毎日でした。お寺のお祭りの後なんか、ガラガラの声で教えて…教え子たちに申し訳なかったです。

―お寺という世界は、ちょっと想像がつきません。
 お寺というのは聖域でもあり、また事業体でもある。お寺を継ぐ、守るということは、跡取りが居なければ養子縁組をする場合もあり、家族が血縁者でなくなることもあります。私も若い頃は、「お寺」が自分の人生にのしかかっている気がしましたけれど、お寺に助けてもらったから、活動して来れたんですよね。今は夫が住職で、跡取りも居ますし、お寺に恩返ししなくては、という思いが年々強くなって。お寺って、奥さんの力が大きいの。母は「困った時はあそこの奥さんと話すといい」と言われるくらい、参拝者に慕われていました。私はまだとても母には至らないけど、そう思ってもらえるよう、これからはもっとお寺のために時間を割きたいと考えているところです。

―ご両親は、跡取りである娘の、音楽活動を応援してくれていたのですね。
 両親は大きな存在で、「和ちゃん、お寺は私らが守るから、あんたは歌いなさい」と言って、私の活動を支えてくれました。もともと母は、「これからの女の子は、手に技術が無いとあかん」という進んだ考えの人で、ずっと私の理解者でした。父はいつも私の舞台を、最前列で見て泣いていました。そんな父を見ると、私も泣いてしまうので、上を向いて歌って…。お寺の参拝者からすれば、私は自分の好きなことをやってる「ドラ娘」でしたけど、両親は喜んでくれていたと思います。

―そんなご両親に支えられて音楽の道を歩み、お寺も継がれました。声楽家として、そして女性として、夢かなえた人生と言えますか?
 声楽家は、悲しいけど体の衰えが出ます。声帯の運動能力は年齢とともに衰えるし、横隔膜の筋力も弱くなるし…。でも、ずっと歌ってきたことは、私の精神的な糧。志を持って始めたわけでもない私みたいな者が、たくさんの舞台に立って歌い続けて来れたのは、先輩や先生方のおかげです。いつも応援していただき、自分の力以上の事ができたと、本当に感謝しています。女性としても、もちろん幸せですよ。ノロケですけど、主人とは旅行に行くのもいつも二人一緒境内の野良猫たちの餌を買ってくれたり、和世はいつもかわいいねと言ってくれたり、とても優しい人です。公私とも、いろんな人に支えられてここまで来れたんですから、これからは私が人のために何かしてあげる番なんでしょうね。夢かなえても、まだまだ頑張ります。
(2012年3月8日取材)

柔らかい声で客席を魅了する井上和世さん

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2012年5月号〉
フロントアート
特集 ー扉 元気を食べる
新・日本型食生活を めざして
アジアの中で最も信頼される食肉加工メーカーをめざして
〝うっとこ〟のうまいもん
もっと知りたい西神インダストリアルパーク
「お届けします」 地域へ元気と健康を
こだわりの神戸ビーフ
人間的開花をめざして
元気を出して、チャンスをつかもう!
地域に元気を発信
湯けむり便り 連載第2回
桂 吉弥の今も青春 【其の二十四】
発信!デザイン都市 ビジュアルデザインで人とアートをつなぐ
第42回 神戸まつり
KOBE おでかけ情報(1) ~みどりの風にふかれながら~
KOBEおでかけ情報(2) 六甲オルゴールミュージアム
KOBEおでかけ情報(3) 神戸市立六甲山牧場
KOBEおでかけ情報(4) 神戸市立森林植物園
KOBEおでかけ情報(5) 自然体感展望台 六甲枝垂れ
KOBEおでかけ情報(6) 阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター
KOBEおでかけ情報(7) 神戸市立王子動物園
KOBEおでかけ情報(8) 神戸市立須磨離宮公園
KOBEおでかけ情報(9) 神戸市立須磨水族園
KOBEおでかけ情報(10) 兵庫県立フラワーセンター
KOBEおでかけ情報(11) KOBE de 清盛2012 ドラマ館・歴史館
KOBEおでかけ情報(12) ホテルオークラ神戸
KOBEおでかけ情報(13) 神戸メリケンパーク オリエンタルホテル
KOBEおでかけ情報(14) 平清盛の足跡をめぐる
神戸 旧居留地ものがたり Vol.8
フェリシモ 神戸学校5月
旧居留地 地図
田辺眞人のまっこと!ラジオ人物事典「神戸っ子出張版」5
老い盛 廣瀬忠子さん
みんなの医療社会学 第十七回
神戸市医師会公開講座 くらしと健康 56
すこやかに生きる〜関西の活動訪問
草葉達也の神戸物語
神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 芸術家女星編 第28回
里親ケースワーカーの 〝ちょっといい お話〟
KOBEアスリートドリーム! 子どもたちの未来へのメッセージ29
関西の地球人
浮世絵にみる 神戸ゆかりの「平清盛」 第5回
[海船港(ウミ フネ ミナト)]ライン河クルーズ⑤ 古城渓谷クルーズ(その1)
触媒のうた 15
耳よりKOBE 但馬牛専門店レストラン「あしや竹園」 4月1日にリニューアルオー…