1月号
新春市長対談 スパコン「京」で日本の競争力を強化
2012年9月28日、スーパーコンピュータ「京」の共用が開始された。神戸ポートアイランドから、最先端の研究開発が発信され始めた。今後に向けての展望や夢を、矢田市長と平尾機構長に語り合っていただいた。
「京」は世界で最も便利で役立つスパコン
―共用開始後、京は順調ですか。
平尾 まだ4カ月ですが、ユーザーさんからは「京はやっぱりスゴイですね」という声をたくさんいただいています。既にいくつかの分野では成果が出始めていますので近々、皆さんにもお知らせできると思っています。
―京がポーアイにあるメリットはありますか。
平尾 京がポーアイの中に位置していることは、「未来の先取り」だと私は常々感じています。多方面で活用が期待されていますが、最も期待が大きいのが生命科学・医療関連分野です。神戸市では医療産業都市を意欲的に進めておられ、京の周りには220を超える企業や研究所が進出しています。理化学研究所も神戸研究所を置き、協力しながら研究を進める上で非常に良い立地だと考えています。また、空港に近く、新幹線もあり、世界で最もアクセスの良いスパコンだと思います。ポートライナーの最寄駅の駅名を神戸市さんのご厚意で「京コンピュータ前」に変更していただき感謝しているところです。
―県内にはスプリング8やSACLAもありますが、連携は。
平尾 播磨科学公園都市内にある理研播磨研究所のSACLAやスプリング8など最先端の施設と京を組み合わせる研究を進めて行きます。
―京の成果が出始めているということは、神戸市にとって誇らしいことですね。
矢田 神戸といわず、日本にとっての誇りですよ。震災後、神戸は従前の都市づくりから新しい道へ踏み込んでいくことを余儀なくされました。その一つがライフサイエンスを軸とする都市づくりでした。その過程で京の公募が始まりました。医療産業都市構想をベースにして、スプリング8やSACLAとの連携を持てる立地ということで15都市の中から神戸を選んでいただきました。更に「関西イノベーション国際戦略総合特区」として、兵庫県とも連携して日本の将来に貢献する責任の重大さを痛感しています。
平尾 京は2012年、スパコンTOP500で1位の座をアメリカに明け渡したものの、秋には実際の科学計算におけるスパコンの能力を測るHPCチャレンジ賞4部門のうち3部門で1位となり総合力で高い評価をいただきました。スパコンを使った成果を評価するゴードンベル賞でも2年連続で選ばれています。科学的成果を出すことができ、平和目的で世界的にも注目を集めるスパコンです。
まずは、医療・創薬分野での成果に期待
―国が示す「5つの戦略分野」の中で特に進んでいる分野は。
平尾 戦略分野の中で、7つの優先課題が設定されています。創薬では、既に、あるガンに対する2種類のリード化合物を見つけています。今後、コンピュータの中から出て、ウェットな実験に発展させ有効な薬の開発につながると思っています。生命科学の分野では、心臓シミュレータを使って、遺伝子レベルの異常がどのように心臓疾患に影響しているかを解明しつつあります。そのほかにも、小児麻痺のウイルスの研究、産業関連では次世代半導体として注目されているシリコンナノワイヤの研究、更に全地球の気候変動のシミュレーションでは、従来は1週間程度しか予測できなかったものが、京を使うと1カ月近く先まで予測できるようになっています。
―成果を私たちが知るのはいつごろになりそうですか。
平尾 新薬は臨床研究を終え製品として出すまでには10年近くを要します。現段階では、製薬企業が共同で薬の開発に結び付くプロセスを研究しています。方法さえ見つかれば、それぞれの製薬会社が京や自社のコンピュータを使って製品に結び付けていけます。これは自動車業界等の他の産業分野でも同じことが言えます。
―業界ごとにコンソーシアムを作る動きには期待が大きいですね。
矢田 京があることを前提に製薬企業が神戸にやって来て、京を使いながら新薬を開発する。成果事例がこれからもどんどん増えていけばいいですね。先端技術の成果を神戸から発信することで反響が生まれ、新たな企業にも神戸へ来ていただけるのではないでしょうか。
一つの大きなクラスターを形成しようとしていますから、ポーアイ2期にはまだまだスペースを空けています。平成27年には300社、それ以降には500社誘致を目標としています。また中央市民病院のほかに現在、5つの病院・機関が開設を進めておられます。メディカルクラスターが形成されつつありますから、研究開発をする上で連携できるということは大きなメリットだといえます。例えば、注目されているiPS細胞の分野では、網膜再生が臨床段階に入っています。こういった成果が発信されることで、「神戸に行けば何か新しいことを始められる」という期待につながるのではないでしょうか。
平尾 高橋政代先生らの網膜再生の臨床研究は世界初だということで、同じ理研の人間として非常に期待していますし、誇りにも思っています。これから本格的に再生医療の研究を進めるにあたっては、京によるシミュレーションが重要になると思っています。どういう形で連携していくかを現在、模索しているところです。
―ポーアイには大学も集まっていますね。
矢田 京の周りには3大学がシミュレーションやサイエンスの学科を開設していますし、キャンパスは置いていないものの研究をしたいという大学もあります。ポーアイ1期には4大学がありますし、まさに知の拠点といえますね。
今後更に高まる防災や産業利用への期待
―私たちにも関心がある地震や防災に関してのシミュレーションも進んでいますか。
平尾 残念ながら、大地震がいつ起きるかを予測することは今のサイエンスでは難しいことですが、地震や津波のシミュレーションは防災に大きな力を発揮します。最も心配されている東海・南海・東南海地震に対して、東大地震研究所の堀宗朗先生に協力いただき、兵庫県、関西圏での被害のシミュレーションを実施します。被害には都市の構造も大きく影響しますので、神戸市さんからもデータをいただき、ハザードマップを作成したいと思っています。
矢田 更に詳細を精査して兵庫県と協力しながら市民に向けて発信していく予定です。
平尾 自然界では全く同じことは二度と起こりません。いくつもの条件を変えてシミュレーションしなくてはいけません。その結果を総合的にデータとして出したいと思っています。
―ものづくりや産業での活用は。
矢田 どんなに実験を積み重ねても、京のシミュレーションには及びません。京をどう活用できるかが問われています。優れた技術を求めている中小企業が多くありますから、まずは※FOCUSスパコンを使い、そこから京へと進んでいただけたらと思います。FOCUSは既に80社以上に利用いただき、足りなくなるのではと心配しているほどです。
平尾 世界では多くの企業がスパコンを持っていますが、日本はまだそこまで進んでいません。しかし京ができたことで多くの企業にシミュレーションに興味を持っていただき、産業利用枠の拡大に希望も出ています。今回申請が認められた25社のうちの4割近くがFOCUSからのステップアップです。今後もこういう形で京の利用が広がればいいと思いますね。
矢田 自動車などの騒音対策にも役立つのでしょうか。
平尾 最も得意とするところです。車、新幹線、航空機などシミュレーションによる空力設計です。京を使いますと、通常行う風洞実験以上の結果が得られます。
矢田 期待したいところですが…、あらゆる分野での研究開発には予算が必要です。厳しい状況といえども、研究開発は日本の生命線ですから、国をあげて予算は付けていくべきでしょうね。
子供たちの未来に夢を!
―神戸に住んでいる人はスパコン京が神戸にあると知っていますが、全国的にはあまり知られていませんね。
平尾 「京」「神戸」「理研」は3つセットで、世界中で知る人ぞ知るですが、京で何ができるのかを国民に広く知ってもらうことは必要だと感じています。そこで、「スーパーコンピュータ『京』を知る集い」を全国で開催しています。また、昨年も一般公開を実施し、若い人たちも大勢来ています。子どもたちは目をキラキラと輝かせていましたよ。若い人の理科離れに歯止めをかけることに役に立てばと、今年も続けていく予定です。
矢田 科学技術はどんどん進んでいきます。優秀な人材に集まってもらえる街の形成が大切だと思いますね。
平尾 そこで矢田市長にお願いですが、ポーアイにはサイエンストピックスがいっぱいあります。是非、クラスターの中にサイエンスミュージアムを造っていただきたいのですが…、いかがでしょうか。
矢田 中国に科学技術を中心に発展している合肥という街があり、私も行く機会があったのですが、サイエンスミュージアムといえる大きな施設がありました。
平尾 イギリスにもそういった施設があり、休日には家族連れで訪れ一日楽しみます。社会が持つ教育力も重要だと思います。
矢田 未来を委ねられている若い人たち、子供たちに、目標や夢を持ってもらえる社会をつくりたいですね。
―新年早々から私たちにも明るい未来が見えてきそうです。本日はありがとうございました。
インタビュー 本誌・森岡一孝
※「京」の産業利用促進や研究支援、普及啓発など、計算科学分野の振興のための活動を行う計算科学振興財団(FOCUS)のスパコン
平尾 公彦(ひらお きみひこ)
独立行政法人理化学研究所
計算科学研究機構 機構長
1974年、京都大学大学院工学研究科燃料化学専攻博士課程修了、工学博士(京都大学)。東京大学工学部工業化学科教授などを経て2008年、東京大学 理事・副学長。2009年、理化学研究所特任顧問、東京大学 名誉教授。2010年、理化学研究所計算科学研究機構機構長に就任、現在に至る
矢田 立郎(やだ たつお)
神戸市長