2月号
バンドネオンに魅せられて23年 僕にはこれしかなかったと思います|バンドネオン奏者 三浦 一馬 さん
バンドネオン奏者の三浦一馬さんにお会いしました。
2024年3月27日(水)、タンゴの作曲家として人気の高いアストル・ピアソラの曲を集めたコンサートを開催します。
見たことも聴いたこともなかった運命の楽器に出会った日のこと、尊敬してやまないピアソラのこと、
そのピアソラが理想とした楽団を結成した現在のこと、お話しいただきました。
バンドネオンとの出会いは10歳
Q.楽器をお持ちくださったんですね。美しい。
三浦 演奏してる時はもっと美しいです。今はもう生産していないんですよ。1938年生まれのこの古い楽器を、修理しながら使っています。古いけど音色は素晴らしいです。
タンゴはアルゼンチンで演奏されることが多いけれど楽器はドイツ生まれ。色々と謎多き楽器です(笑)。
Q.楽器との出会いは?
三浦 10歳の時、何気なく見た音楽番組でした。その日はタンゴ特集で、耳にしたことのない音が流れ始めたんです。画面には見たことのない楽器がアップで写っていて、だんだんカメラが引いていくと、人が抱えて弾いていた。小さな楽器なのに大きな存在感。「僕もこの楽器を弾きたい!」。運命を感じて、背筋がゾクッとなったのを覚えています。
Q.惹かれたのは音色?見た目?
三浦 まずは音色。音色というか、ピアソラという作曲家が作った音楽でしょうね。
それと、僕はメカが大好きだったので、カメラやラジカセに興味を持つのと同じ感覚で楽器のフォルムに興味を持ったと思います。ケースに入れているとカメラと間違えられますよ。最近はUber Eatsにも(笑)
Q.謎多き楽器をどう手に入れて、どう習得したのですか?
三浦 初めての師匠、小松亮太さんのサイン会に並んで、「バンドネオンをやりたいんです!」。小松さんが「えっ、マジで?」って言ったのを覚えています(笑)。
次の次の日には小松さんから僕宛に楽器が届きました。ドレミファソと順番に並んでないし、教則本も日本語訳なんて出ていない。自分で覚えていくしかないんです。毎日毎日、神経衰弱みたいに音を探しながら覚えていきました。遊びで使う脳を、僕はバンドネオンに使ってたということです(笑)。
アストル・ピアソラとキンテート
Q.10歳の子どもの運命を決めた曲とは?
三浦 『オブリヴィオン』。忘却って意味で、哀しみをうたっているのがかっこいいと思って。子どもですから哀しみなんてわかっていないけれど、人の悲哀を表現することに憧れはありました。現在も理解はできていないし、表現も難しいですね。
Q.アストル・ピアソラはなぜ人気があるのでしょう。
三浦 世界中で愛され演奏されていることを考えると、世界共通の普遍的ないいもの、本能で感じるいいものがあるというところでしょうね。聴く側も飽きない、弾く側も飽きない。飽きるどころか僕、コンサートでさんざん弾いた帰りの車中でもピアソラを聴くんですよ(笑)
Q.奏者として感じている魅力は?
三浦 人間…。ピアソラの感性を追いかけている気がする。年々、凄さに気づいて、畏敬の念が生まれている。クロスワードみたいに全ての方向から美しい。緻密な計算のもとに作られた完璧な音楽です。
言葉にするのは難しいですね。理屈じゃない。音で伝えるしかないですね。
Q.五重奏を意味する“キンテート”。聞き慣れない言葉です。
三浦 スペイン語でピアソラが考案したバンド編成です。色々試して作って壊して、たどり着いた編成ということがわかっています。
ピアソラは作曲に関しても同じで、作る、壊すを繰り返して、楽譜はほとんど残っていません。ガラスケースに入ったものを、たまにありがたく見る程度。後に第3者が編曲したものを使うか、奏者が自分で楽譜をおこす、いわゆる耳コピして演奏している感じです。
Q.楽譜がない?バッハはあるのに?※ピアソラ1921年生まれ、バッハ1685年生まれ
三浦 “遺す”ってことに意味を感じていなかったみたい。バカンスで訪れた海に、大量の楽譜をブワッと投げ捨てたっていうエピソードが残っています(笑)。
バッハやモーツァルトは、楽譜は遺っているけど音源や映像はない。ピアソラは逆。音源も映像もあるけど楽譜がない。でも僕としてはありがたいです。本人の演奏は何よりの資料ですから。時には映像を拡大して、この指を押さえているからこの音だなとか細かく探っている。大河ドラマの時代考証みたいな作業です。
Q.これからやってみたいことは?
三浦 町の中の小さな仮設ステージで演奏するとかいいですね。ヨーロッパではよくあるんです。夕暮れ時、お客さんはワインなんかを飲みながら。通りすがりの人が「何の音?」って立ち止まって聴いてくれたりして。ホールにこだわらず、聴いてくれる人がいるならどこでも演奏したいという気持ちがあります。
それから、いろんな人や楽器とコラボレーションしたいです。僕自身が音楽をもっともっと楽しみたいですね。
photo・黒川勇人
text・田中奈都子
三浦一馬
Kazuma Miura(バンドネオン)
プロフィール
10歳よりバンドネオンを始める。2006年別府アルゲリッチ音楽祭にてバンドネオン界の最高峰ネストル・マルコーニと出会い、その後自作CDの売上で渡航費を捻出してアルゼンチンに渡り、現在に至るまで氏に師事。2008年国際ピアソラ・コンクールで日本人初、史上最年少で準優勝。2014年度出光音楽賞を受賞。2017年自らが率いる室内オーケストラ「東京グランド・ソロイスツ」を結成。2022年、三浦一馬五重奏団によるピアソライヤーの最後に相応しいアルバム「ピアソラ スタンダード&ビヨンド」を日本コロムビアよりリリース。NHK大河ドラマ「青天を衝け」の大河紀行音楽演奏を担当するなど若手実力派バンドネオン奏者として各方面から注目されている。