11月号
神戸で始まって 神戸で終る〈番外編〉
今月の横尾忠則『神戸で始まって神戸で終る』は、10月号に続き、番外編『横尾忠則 寒山百得』展についてお届けします。今回は、今エッセイでもおなじみの横尾忠則現代美術館学芸員、山本淳夫さん、平林恵さん、小野尚子さんにお話いただきました。日々横尾作品と向き合い、展覧会を企画する御三方だからこそ話せる『寒山百得』。お楽しみください。
東博で展覧会をやるすごさ
東京国立博物館(以後、東博)とはどんなところですか。美術館ではなく博物館での開催には意味があるのでしょうか?
山本 東博は、いわば国のトップミュージアムで、国宝や重要文化財など、いにしえの時代からの選りすぐりの、残さなくてはいけないアートが集まっている場所です。何がすごいかというと、まだ生きている作家が、未発表の新作だけで展覧会をしたというところ。これは歴史上なかった出来事です。
平林 そこに今、描きたい絵で乗り込んでいった。権威のある場所でもまったく構えずに。その大胆さと挑戦する姿勢がかっこいいですよね。
山本 しかもテーマは『寒山拾得』。捉え方は色々あると思いますが、僕は森鴎外の小説『寒山拾得』が頭にあって。“偉い人”とされる人物、寒山と拾得に会いに行ったら、ボロボロの服を着て、挨拶をしてもただゲタゲタ笑って、話もせずに逃げて行ってしまう。肩透かしを食らうんですよね。本当にすごい人って、案外そういう感じなのかもと、ある意味リアルに感じました。なので、国の威信をかけたあの建物で開催したことに、深い意味と面白さを感じます。
小野 表慶館は日本初の本格的な美術館、建物そのものが重要文化財ですものね。
横尾さんは自由だ!
ご覧になっていかがでしたか?
山本 1人の作家の、同じ時期に描かれた同じテーマの作品が100点並ぶって、普通は飽きると思われるかもしれないけれど、そういう心配はいらないです。変化に富んでるから。僕は笑いながら、突っ込みながら観ました。
小野 昨年当館で開催した『寒山拾得への道』で展示した寒山と拾得から、どう変化したのだろうと楽しみにしていたのですが、“2人”というルールさえもなくなっていましたね(笑)。スポーツ、映画などの時事ネタも一緒に詰まっているんです。自分が見ていた出来事と、横尾さんの見方とを比較できたのは面白かったです。
平林 ご自身の過去の作品もけっこう引用していますよね。私はここ(横尾忠則現代美術館)で、知らない間に身についてしまった横尾作品の知識に翻弄されました(笑)。あのバリエーション、エネルギー、ボリュームを見せつけられたら、もう誰も何も言えないですね。
面白いと感じたのはどんなところでしたか?
小野 『寒山拾得への道』では、朦朧体といって、輪郭線のない表現方法が主でした。光を感じるような金色が多いのも特徴の一つだったかもしれません。そこからの変化が、日を追って見られるところとか。日によって描く絵が変わるので。
山本 泳いだり、走ったり、空も飛ぶ(笑)。脱線する。どこまでも。そしてまた戻る。その自由さかな。
平林 “コラボ”も自由ですね。あらゆる領域とのコラボレーション。寒山が持つトイレットペーパーに注目して見ても面白いですよ。ゴールテープになっていたり。便座も記号みたいにいろんなものに化けます。
山本 遊んでますよね。
平林 横尾さん自身が面白がってますね。
今回の作品はタイトルが全部日付でしたね。
小野 展示も日付順でした。
山本 日付と併せて見る面白さもありましたね。横尾さんは、絵を言葉で表現することを嫌うところがあるけれど、文学的センスがあるのでタイトルがオシャレ。僕は好きなんです。でも今回は封印されていた。
平林 タイトルに頭をもっていかれなかった分、私は楽に見れました。思い出したのが、横尾さんが画家になるきっかけとなった1980年のピカソ展(ニューヨーク近代美術館)でのこと。ピカソの絵は、日付が近くても描き方が全然違ってて、横尾さんに画家の自由さを印象づけたそうです。今回、横尾さんの絵にそれを感じますよね。
山本 横尾さんにとっての宿題だったのかな。約40年前にピカソから受けたインパクトへの宿題返し。絵の様式に限らず、1日違えば別の人っていう…。
2022年夏、急性心筋梗塞の前と 後で見る横尾さん
山本 批評家の浅田彰先生がこんなことを話しておられました。
「『GENKYO』『寒山拾得への道』の両展覧会では、人が弱っていく老愁のかっこよさを感じた。けれど今回は生命力が漲っている」。
その通りだと思いました。それとね、急性心筋梗塞の前後でもやっぱり違うんですよ。
~3人、図録を見ながら~
山本 心筋梗塞直前に描かれた(2022−07−03)は、ものすごくかっこいいと思う。手数が少ない、水墨画みたいな。珍しい作品ですよね。
~平林、小野、大きく頷く~
平林 違いますね。全然。心筋梗塞後の作品がまた楽しい。(2022−08−10)には謎の可愛いキャラクターが登場(笑)。これにはびっくりでした。
小野 東博ではグッズになっていましたね。どこかで見た気がするんですよ。探しましょう(笑)
山本 秋に近づくにつれ元気を吹き返して、ますます自由(笑)。
小野 でも最後、102枚目は原点に戻ってる感じがします。ちょっと不思議。
制作期間のご自分のことを「アスリート」とおっしゃっていますね。
山本 絵だけじゃなく文章もすごい量を書いてるんですよ。連載を山のように抱えながら、9月には『時々、死んだふり』(ポプラ新書)、10月には『死後を生きる生き方』(集英社新書)も出版しています。
平林 11月にも本が出ますし、読む方が追いつかない(笑)
山本 日記も書いてるし、SNSも発信しています。眠ってる時以外は、ずっと手と頭が動いてるんじゃないかと思うんです。なのに「眠ってる間になんかおもしろいことが起こったら嫌だ」って言ってるのを、以前聞いたような…(笑)
平林 エネルギーがすごすぎる。若いお客さんから「パンチ効いてますね」とか「ロックですね」という感想を聞きます。年齢では横尾さんよりずっとエネルギーがあるはずの世代にそう思わせるんだから。
2024年『寒山百得』展が神戸に来る!
小野 来年当館で開催する『寒山百得』展。表慶館とでは、違う感じに見えると思うんです。
平林 表慶館は建物と一体化していたので、散歩するように鑑賞しました。
小野 こちらの方がより絵が主役になるかも知れません。
ところで、今後、横尾さんが「寒山拾得」を描くことはないのでしょうか?
平林 横尾さんはもうとっくに次のシリーズに入っています。でも、おそらくまたどこかに登場するんじゃないかな。寒山拾得はご自分の理想だと語っていますから。
山本 また描かれますよね、きっと。いつかどこかで。楽しみにしましょう。