9月号
連載 教えて 多田先生! ニュートリノと宇宙のはじまり|〜第3回〜
素粒子とは?
宇宙のはじまりとは―。最初に存在した最も基本的な物質、
つまり素粒子を組み上げて恒星や銀河系をつくり、宇宙は出来上がったと考えられています。素粒子のひとつニュートリノを
研究することで、なぜ宇宙の始まりが解明できるのか、この連載で素粒子物理学者の多田将先生に教えていただきます。
高エネルギー加速器研究機構の多田と申します。このコラムも三回目になります。これまでは僕自身についてお話しして参りましたが、今回からはいよいよ物理学についてお話しして参りましょう。
僕が講演で自分の専門分野の話をする際には、必ずと言っていいほど、「素粒子とは何か」から説明しなければなりません。それほどに、一般の方々からは縁遠い分野です。ところが、現実の自然界では、あらゆるもの、例えばみなさんの身体も、素粒子からできています。そういう意味では、実はみなさんに最も縁のあるものでもあります。
自然界にあるものはどういう構造なのか、自然現象はどのようにして起こるのか、それらを調べる学問が自然科学です。その自然科学の分野は多岐多様に亘りますが、今回は、その自然界を構成する階層で分けてみることとします。
この世で最も大きな階層は「宇宙」です。宇宙は、一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇メーターほどあります。大き過ぎて、まるで実感が湧かないですよね。その宇宙は、「銀河」が集まってできています。銀河の大きさは一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇メーターほどです。こういったものを扱う学問が宇宙物理学です。銀河は、無数の恒星からできています。ときには、この恒星は「惑星」という家族を連れています。これを「恒星系」と呼びます。我々の太陽も恒星のひとつで、その一家は特に「太陽系」と呼ばれています。太陽系の大きさは一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇メーターほどです。この太陽系一家の惑星のひとつが我々の住む地球です。地球の大きさは一〇〇〇〇〇〇〇メーターほどです。この太陽系や地球などを扱う学問が惑星物理学です。この地球の上に、我々人類がいます。人間の大きさは一メーターほどです。
人間は、多くの「臓器」が集まってできています。臓器の大きさは〇・一メーターほどです。これを扱う学問が医学です。その臓器は組織から成り、組織は「細胞」から成ります。細胞の大きさは様々であり、目視できるほど大きなものもありますが、一般的な人間の体細胞の大きさは〇・〇〇〇〇一メーター程度です。これを扱うのが生物学です。細胞は「分子」からできています。分子の大きさも様々ですが、細胞を構成する一般的な蛋白質の分子の大きさは〇・〇〇〇〇〇〇〇一メーター程度です。その分子は「原子」が集まってできています。原子の大きさは〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇一メーター程度です。原子は化学反応の基本単位で、従って分子から原子までを扱うのが化学です。
さて、この原子の中身からが問題です。原子の中では、「原子核」を中心としてその周囲の決まった軌道上を「電子」が周回しています。この原子核の大きさは、原子の更に一〇万分の一しかなく、〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇一メーター程度です。原子核は、「陽子」と「中性子」が結合した塊です。原子核や陽子・中性子などを扱うのが原子核物理学です。陽子は、二つの「アップクォーク」と一つの「ダウンクォーク」が、中性子は、一つのアップクォークと二つのダウンクォークが、それぞれエネルギーのスープの中に浮かんでいるような構造をしています。この「クォーク」が「素粒子」に相当します。クォークというのは鳥の鳴き声で、特に意味のない言葉です。何故これが名前として選ばれたのかというと、仮に「基本粒子」などという名前をつけて、その後その「中身」があることが判ると恥ずかしいので、その予防措置なのです。また、電子も素粒子のひとつです。素粒子の大きさは、〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇一メーター「より小さい」ということだけわかっています。実際には大きさはないのかも知れません。現在のところ、素粒子の「中身」、つまりそれより小さな構造は見つかっていません。素粒子はこの世で最も小さな構造、あらゆる物質の基本単位です。これを扱うのが素粒子物理学です。素粒子物理学が「究極の学問」であるのも、「究極の粒子」を扱うからです。
PROFILE 多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。