8月号
人間をレンタル?多様な時代に生まれたビジネスを考えてみました。
映画『レンタル×ファミリー』監督 阪本 武仁さん
“人間レンタル屋”の仕事は、依頼に応じて家族や友人を演じること。
「ひとを幸せにしたいだけ」と会社を立ち上げた人物の、
ちょっと不思議なお仕事が映画になりました。
「全否定も全肯定もしないけれど違和感がある」と語る阪本武仁監督。
創作に至るまでのお話を伺いました。
人間レンタルサービスに感じたこと
Q.『レンタル×ファミリー』を作ろうと思ったのはなぜですか?
テレビ番組で人間レンタル屋さんという職業を見て「面白い仕事だな」と思ったのが始まりです。調べてみると、人間レンタルの会社を経営している石井裕一さんの著書が出てきました。石井さん本人の写真が表紙になっていることに違和感を感じて、すぐに取材を依頼しました。
石井さんは、“レンタル父親”を25組請け負っていて現在進行中だと言う。にもかかわらず、自分の顔を表紙に載せる。普通、できるだけ顔を隠すと思うんですよね。はじめは職業として興味をもったけれど、取材を進めるうちに石井さんという人物にも興味が湧いてきました。ビジネスと言いながら、石井さんは「ひとを幸せにしたいだけなんです」と断言する。キャッチコピーにしたこの言葉が、人間レンタルの肝だと感じました。
Q.取材をすることで違和感はなくなりました?
いいえ。違和感もなくならないし、人間をレンタルすることも、それをビジネスにすることも、僕は賛成ではない。でも利用する人がいて、会社は年々右肩上がりと聞くと反対とも言えない。何よりそこに悪人はいないわけですから。
制作チームで話をすると、皆、感じ方は違っていて、皆、僕と同じく答えが見つからないと。ならば、僕たちが感じているそのままを表現しようということになりました。答えは一つではない、というのが僕たちの答え。「あなたはどう思いますか?」と答えは観た人に委ねたい。問題提起でもあります。
Q.利用者への共感はあったのですか?
僕はないです。ないですが、利用者もただ「幸せになりたい」だけなんですよね。シングルマザーが3組登場します。それぞれ事情は違いますが、共通してるのはお母さんは子どもの“お父さん”が欲しかった。それが子どもの幸せだと信じてのことです。この気持ちを非難することなどできない。
ただ、物を買うように幸せも買えるのかな、というところです。
Q.本当に子どものためなのでしょうか。
昔は両親の他に祖父母もいて、ご近所さんがいて、みんなで子どもを育てた。核家族化がすすんで、親が孤独になってしまった。と嘆く議論がありますが、僕はそこに疑問は持っていないんです。お父さんがいる、いないではないと思います。それよりも、いろんな家庭があっていろんな価値観があることを認めあう社会、大人がもっと堂々と“自分は自分”と考えられたら、その方が子どもも幸せなんじゃないかな。
師匠は井筒和幸監督
Q.映画監督になろうと思ったきっかけを教えてください。
井筒監督の『岸和田少年愚連隊』です。それまでは、金曜ロードショーで観たジャッキー・チェンとかスピルバーグとか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんかが好きだったんですけど、『岸和田少年愚連隊』を観てめちゃくちゃ好きになって、井筒作品にのめり込むようになりました。この作品を観なかったら、今の職業には就いていないと思います。
僕らの世代は『岸和田少年愚連隊』のファンが多くて、同世代の映画監督はみんな大好きだと思います。青春群像劇ですけれど、人間の描写が特別なんだと思います。
Q.井筒監督との出会いは?
高校生の時、僕の地元で監督の講演を聞く機会がありました。話を聞いていてやっぱり映画の世界に行きたいと思って、思いきって「僕、映画の仕事をしたいんです」と話しかけました。ちょっと怖いなと思ったけれど(笑)、それよりも「今だ!」と思って。すると「今度学校を作るからおいで」と、ちゃんと未来につながる答えを返してくれました。その時、あったかい人だなと感じました。
その後、監督が講師を務めるクリエイターの養成塾なんばクリエイターファクトリー(2006年に閉校)の2期生となって、それから現在までずっとお世話になっています。
Q.先生と生徒になったんですね。20年を経て現在はどんな関係ですか?
変わらないです。大人になったので“先生”から“親方”になったかな。今でもいろんなことを教えてくれる先生です。例えば物事の見方。正しいか正しくないか、本物か偽物か、見えているものだけを見ていてはいけないとか。そういうことをすごく言われます。あとはトライアンドエラー。「やってみろ」と。
こんな年齢になっても変わらず温かく、時に厳しく、どんな時も愛情深く見守ってくれる。気の抜けない、緊張感のある親方です。それから、親方の下に兄がいっぱいいます。映画の世界で仕事をしている頼れる兄たちとの関係も、20年前に『パッチギ!』の制作スタッフとして現場に入れてもらった頃から変わっていません。
映画で伝えたかったこと
Q.主人公・三上役の塩谷瞬さんも『パッチギ!』に出演していましたね。“違和感”が絶妙でした。
そうなんです(笑)。塩谷さんは昔から不思議な雰囲気がなんか独特で、ココにいてココにいない、みたいな。ふわっとしてる。そしてすごく真面目でいい人。プロデューサーに相談すると大賛成、すぐに塩谷さんに連絡しました。「やります!」とお返事をくださった時は嬉しかったです。
芝居をしている人を演じる、いい人なんだけど本当かな?という奇妙な役をイメージ通りに演じてくださいました。
Q.でんでんさん演じるペンションのオーナーも印象的です。
三上の対局にいるのが、でんでんさんにお願いした浅田という人物です。10年以上ロケ地としてお世話になっているペンションの社長さんがモデルです。ペンションには住み込みで働いている若い子がいて、家族のように暮らしています。普通にご飯を食べながら、何気ない話をする感じです。
お金を払って作る偽りの家族と、血のつながりはないけど信頼し合えるコミュニティ。選択肢は他にもあるよね、という提示にしたいと考えました。
Q.監督が1番伝えたかったことは?
人間をレンタルするビジネスは、ドイツ人映画監督ヴェルナー・ヘルツォークが映画化し、2019年にカンヌ国際映画祭で上映されています。「日本にこんな滑稽なサービスがあります」「日本人おかしくないか?」という問いかけをはっきりと感じる作品でした。欧米では成り立たないビジネスなのでしょう。
今回井筒監督がくれたコメントに「見栄を張る、体裁を取り繕う日本人」という言葉があります。人と違うことを嫌う、足並みを揃えることを好む。それは周りに気遣いができる日本人の良さとも言えますが、そうじゃなくてもう一歩、「自分をもつ」という方向に変わってもいいと思っています。でもこれは僕の考え。あとは皆様にお任せします。
プロフィール
阪本 武仁(さかもと たけひと)
1981年生まれ。大阪府出身。NCF映像2期にて井筒和幸監督に師事。『パッチギ!』(2004/井筒和幸監督)に演出部ボランティアスタッフとして参加。卒業後上京し『大帝の剣』(2006/堤幸彦監督)、『手紙』(2007/生野慈朗監督)、『キトキト!』(2007/吉田康弘監督)、『20世紀少年~もう1つの第二章~』(2008/堤幸彦監督・木村ひさし監督)、『告白』(2009/中島哲也監督)などの作品に助監督として参加。映画『エターナル・マリア』(2016)で長編映画の初監督を努める。