2023年
3月号

映画をかんがえる | vol.24 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

85年の正月映画に、ボクの心を晴れやかにしてくれるものはなかったように思う。前年に起きた製菓会社への脅迫事件は解決していなかったし、世相は何となく殺伐としていた。映画館は、やる瀬なく退屈な現実からの格好の逃げ場所だし、毎日でもスクリーンの幻影と対話していたいのに、そんな思いに応えてくれる映画は見つからなかった。年末から公開されていた『若き勇者たち』(84年)なんていうアメリカ映画も監督名と題名に釣られて観たのだが、ちょっと面食らうシロモノだった。監督は『ビッグ・ウェンズデー』(79年)でサーフィンに青春を賭ける風来坊たちを抒情たっぷりに描いてくれたジョン・ミリアス。まさか、彼がこんな戦争映画を作る作家だとは思わなかった。とても悍ましい話で悲壮な場面の連続だ。ある日突然、アメリカの田舎町に、ソ連やキューバなど共産圏の連合軍部隊が落下傘で降下してきて、侵攻が始まる。そこで、地元の若者たちは武器を手に取って山に逃げ込み、愛国戦士となってゲリラ抗戦するのだが、なんと中国までがアメリカ側について参戦し、遂に核戦争にまで拡がってしまう。こんな悪夢のような近未来を正月早々に観てしまったのだ。べトナム戦争の映像も知らない日本の若い客は、こんな寓話をどう見るか気になったが、映画館には若者は少なく、日本はその戦争に巻き込まれないのか何も描かれず、大人の客は時間を持て余しているようだった。ボクは話自体にリアリズムが感じられず、ただ眺めていたのだが。
街では誕生30周年、壮大なロマンの目覚めと銘打った『ゴジラ』も封切られていたが、いくら全世界が待望しようとボクは気が向かなかった。
弾けるような映画がないなら自分で撮るしかないかと思っていたら、偶然にも、にっかつ撮影所から声がかかった。所長から「大先輩の鈴木則文監督に断られたから、アンタに登板願いたいと思って」とオファーされたのは、『○金○ビの金魂巻』(85年)という題名からしてB級モノだった。「それで、4月のゴールデンウィーク用に、うちの新人監督のポルノと抱き合わせで出したいのよ。ちょっと急ぎだけど」と言われた。ボクには断る理由はない。弾ける仕事をしたいと思ってた矢先だ。受けて立とうやないかと、早速、東京の撮影所近くの安宿に入り、仲間と一晩かけて脚本会議をした。実はすぐに酒盛りになってしまったんだが。でも、流行語にもなった原作のタイトルだけをもらい、こちらのオリジナルストーリーを作るのにそんなに時間はかからなかった。それは30代半ばの中学の同級生たちが伊豆の温泉に同窓会に行く設定で、世渡り上手でリッチライフを自慢する金持ち派と、何をやっても上手くいかずに見てくれもダサい貧乏派の、其々の趣味や人生観の違いで見せる群像喜劇だった。一億総中流なんていう文句に庶民が煽られた時代だ。誰の何が中流なんだ?所得か?乗ってる車か?住んでる場所?着ている服?原作は同じ職種でも、人を階層分けして対比する、嫌み満載のイラスト図鑑だ。そんな見てくれだけで人を分けるくらいなら、其々の人生の波乱万丈こそを描いて、エロい場面も混ぜてハチャメチャな同窓会騒動記にしてやろうと思った。
制作準備をする中、思わぬ映画に出会って、その写実性に唸ったのが『アマデウス』(85年)だった。名前も知らない俳優たちが、天才モーツアルト役とライバルの宮廷作曲家サリエリ役を愉しく演じていた。前年の『スカーフェイス』(84年)じゃすぐに殺されるケチなチンピラ役だった俳優が、主人公のサリエリにここまで豹変するのかと驚いた。モーツアルトはこんな下品で卑猥で奔放だったとは予想していなかった。18世紀の電灯のなかったウィーンが舞台。天才と凡人の丁々発止に時を忘れた。
ところで、「金魂巻」を仕上げてみて初めて分かったのだが、見事に失敗だった。笑わせるのが喜劇なら、それは随所に用意したギャグが空回りし、オチも先回りしてしまって、笑うに笑えないものになり果てていた。ボクはまだまだ喜劇は無理だなと猛省した。その無念が晴らせたのは十年経ってから、『岸和田少年愚連隊』(96年)を仕上げた時だった。


PROFILE
井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm映画『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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