1月号
水木しげる生誕100周年記念 知られざる 水木しげる|vol.4
冴えてる一言満載の『星をつかみ損ねる男・劇画近藤勇』
新選組を題材にした小説や映画は多いが、そのほとんどがしかつめらしい建前の描写に終始している。もちろんそういう側面もあっただろうが、水木サンの描く『劇画近藤勇』には、たぶん実際はこんなんやったのやろなと思わせる日常と、身もふたもない本音が描かれている。
たとえば、近藤勇が「日本外史」を読んで勉強しながらこう言う。
「これを読んでかしこくなって、将来、いい生活しようと思ってんだ」
その横で土方歳三はまじめな顔でつぶやく。
「『尊皇攘夷』と一声さけんどかないと、いまの時代はかっこつかねえんだ」
いずれも建前から遠く離れた本音だろう。
近藤たちはもともと農民の出で、武士に憧れて剣道を学んだ者たちである。武士道に対する思いは、生来の侍より深いものがあったはずだ。しかるに水木サンの描く近藤勇は、武士道についてこううそぶく。
「なにかというとすぐ腹を切るのだ。これがまたすんばらしいじゃないか」「人殺しは武士道に限るよ。はははは」
生真面目な本物の侍からはまず出ないセリフだろう。
勝海舟に紹介されたインテリの剣客、伊東甲子太郎を新選組に加入させるときも、近藤勇は密かにこう思う。
「新選組には教養が不足してる。我々の殺人行為に美しいリクツをつける人を求めていたのだ」
知将と言われた土方歳三も、水木マンガでは本筋とは別のところで慧眼を発揮する。
池田屋事件のあと、近藤勇が会津候から「与力上席」にするという内示をもらって喜んでいると、土方は自分を安く売りすぎだと怒り、どうすればいいのかと聞く近藤に、「官職などいりませんと、いかにも物を欲しがらないようにいうのです」と教える。「そんなことをいって大丈夫か」と不安がる近藤にこう返す。
「世の中のやつは、どん欲なやつほど無欲ぶるのですよ。そして一番よけい物をとるのです」
なんという真実か。しかもその土方は、写真のイケメンではなく、ジャガイモのような顔に描かれる。そこがまた嘘くさくなくていい。
さらに土方は、局長になった近藤に、隊士への威厳を示すため、「もう少しアゴを心もち引いて……なんとなく重々しく」などとアドバイスしたあとこう言う。
「長ともなれば、演技してもらわねばこまります」
人をまとめるには、中身より外見が大事というわけだ。中身を理解できる者は少ないのだから。
本作のオープニングにも水木サンのシビアな人間観察が光っている。
近藤勇の実父・宮川久次郎は、農民でありながら武士に憧れ、自宅に道場を構えて剣道に打ち込んでいた。
ト書きにはこうある。
「子供がママゴト遊びでキモチのいい家庭を夢想するように、百姓、宮川久次郎は、剣術でけっこう武士の気持ちにもなれ、気分もさわやかだった」
さらに、「竹刀をにぎっているとなんとなく人間が一階級上がったような気がするのだろう」ともある。高級車に乗ったり、一流大学を出たり、大企業に就職したりすると、そんな気になる人も多いのではないか。
剣道の練習を終え、満足気に笑う久次郎に、ト書きはこう続く。
「人間が満ち足りた気持ちになるには、なによりもこの勘違いが必要なのかもしれない」
自分はすごい、自分は立派だ、自分はいいことをした……。そう満足しているときにこそ、己を戒めるべきだと、水木サンは教えてくれているのである。
「冴えてる一言」
~水木しげるマンガの深淵をのぞくと「生きること」がラクになる~
定価:1,980円(税込み)
光文社
久坂部 羊 (くさかべ よう)
1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院にて外科および麻酔科を研修。その後、大阪府立成人病センターで麻酔科、神戸掖済会病院で一般外科、在外公館で医務官として勤務。同人誌「VIKING」での活動を経て、『廃用身』(2003年)で作家デビュー。