9月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第135回
ポストコロナにおけるAI医療
─医療の分野では、どのような先端テクノロジーが導入されていますか。
木村 医療情報とコミュニケーションのテクノロジーは、ウェアラブルデバイス、VR技術、ロボット技術、5G、クラウドサービス、IoT、ブロックチェーンなどによって支えられています。中でもAIはその牽引役で中核的立場にあります(図1)。
─AIにはどのような強みがありますか。
木村 AIの強みは、大きく3つあると思います。一つ目は、無制限の集中力と持続力があること、二つ目は、超高速の論理的思考力を有すること、そして三つ目は、膨大な記憶力と検索力を持っていることです。これらの強みを生かして、以前は業務の効率化、人手不足の解消、見落としの減少、医療費削減などを活用目的としていました。しかし、新型コロナが起こってきた後は、医師が患者さんの身体に触れて診察することが減り、オンライン診療の普及も相俟って、医療のAI化が加速しています。医療のAI化により感染に気を遣わないといけない医療者の疲弊や負担を減らし、医療者も患者さんも感染リスクを減らす事に役立つことになります。
─AI医療が普及していくと、医師の仕事は変わりそうですね。
木村 AIが人の仕事を奪うという見解もありますが、他方でAIの普及によって人がより付加価値の高い仕事にシフトしていくともいわれています。今後の医師の役割は、AIを使いこなしAIが導き出した結果の妥当性を判定する、新しい医療を創造する、AIを使わない場面でも患者に寄り添い様々なコンサルテーションをするなど、医師の役割が変わっていくのではないでしょうか。
─AIによる診察や診断は現在も普及しつつありますね?
木村 多くのクリニックでAI問診を採用し始めています。AIによる画像診断支援はかなり発展し、社会実装されているものも増えています。AIによるゲノム解析も実用化され、テーラーメイド医療や精密医療に向けて期待されています。アメリカでは糖尿病性網膜症AI自動診断システムが2018年に承認を受け、眼科医の診断は不要となっています。ウェアラブルデバイスによるバイタルチェックや生活睡眠状況のチェックは既にかなり進んでいます。顔認証システムも普及してきています。
─AIにより10年後の医療はどう変わるのでしょう?
木村 大きく変化するでしょうね(表1)。10年後には、診察の場面では診察道具のAI化・遠隔化が進むと思います。医師と患者様の会話を音声認識システムによりカルテ入力し、AIが重要な情報を選択・抽出した上で医療における 標準的な記載に変換するようになるので、カルテは医師が入力するのではなくAIが自動的に整理・記載するようになるでしょう。 センシング技術が日常生活の各場面に普及し、至る所で常時バイタルチェックや身体状況のチェックができるようになっていることでしょう。多くの生体情報が集められ、パーソナルヘルスレコード、つまり、PHRの活用も進むでしょう。リアルドクターでなくドクターアバターが診察するようになるかもしれません。10年後は画像診断支援だけでなく、顔認証から認知症やがんなどの疾患の診断、眼底所見から認知症や脳の疾患の診断など、意外な診断手法が多く出てくるかもしれません。画像検査自体の非接触化・遠隔化が進み、予後予測や重症化リスク予測もAIがおこなうようになるでしょう。オンライン診療はAIとは異なりますがAI医療を加速する鍵となるツールになると思います。
―治療に関してはいかがでしょうか。
木村 現在もニコチン依存症治療アプリや高血圧症治療アプリが薬事承認を受けています。10年後には糖尿病・うつ病・発達障害・アルコール依存症など多くの領域の治療アプリが薬事承認を受けているでしょう。お薬も近々電子処方箋が出てきますが、10年後は創薬においてAIが有効な物質をリストアップする時代になるでしょう。リハビリ分野でもAI活用が進むと思われます。
─夢のある話ですが、少し不安も感じる方もいるのではと思いますがいかがでしょう?
木村 AI医療の長所と短所を整理してみましょう(表2)。AIは人と違い無制限の集中力と持続力を持ち疲れを知りませんが、サイバー攻撃や停電・災害に弱く急な中断を余儀なくされます。超高速の論理的思考力を持ちますが、大量かつ良質のデータがなければ結論を誤ることになります。思考過程が分からないため不安を感じる医師や患者さんも必ずいるでしょうし、無機的なテクノロジーのため人間の感情の移り変わりや機微を理解できないのではと懸念されています。また、現状では倫理観や道徳観を持っておらず、AIが暴走したときのリスクがあり、もし間違った判断をした時の責任論の議論も未熟です。ほかにも開発費や社会的コンセンサスにも課題を残しています。
─マイナス面も考慮した上で活用しないといけませんね?
木村 AIのデメリットを充分に理解した上で、問題点を解決し、発展させていくことが大事です。無機的なテクノロジーで道徳観や倫理観を持たないことや、データ収集やアルゴリズムがブラックボックスであることに不安がつきまといますが、AIを発展させるには診断に至るまでの論理過程を開示し合理性を担保するなど、国民の不安を解消しつつ国民の理解を得るための方策が必要だと思います。また、診断・治療といった大事な医療行為にAIと医師がどのように相互に関わるのか、その妥当性をどのように判断するのか、間違いがあった場合に責任は誰がどのようにとるのかについて議論を深める必要もあります。その上で、受付から診断までのスピードアップにより院内滞在時間を減らせる、感染リスクも減らせる、診断の見落としを少なくできるなど、AI医療のメリットを患者さんが享受できるようになればいいですね。