6月号
天井からキラキラと降る 歌声に憧れて
声楽家 住吉 恵理子さん
2022年1月「オペラ de 神戸」の演目は「椿姫」。1幕は華やかに「乾杯の歌」を聴かせ、2幕3幕は悲しき恋の結末へとドラマチックにすすみました。佐渡裕さん指揮のもと、その悲しき物語のヒロイン・ヴィオレッタ(公演ではWキャスト)を演じたソプラノ歌手、住吉恵理子さんにお話を伺いました。
―「椿姫」は満席。拍手がいつまでも続きました。ヴィオレッタのアリアに涙する人も多かったようです。
神戸で作る市民のためのオペラに参加することができ光栄でした。『椿姫』は私にとって10回目の公演。ヴィオレッタは一番多く演じたヒロインです。愛に生きた儚い女性。愛しているからこそ自分を犠牲にして、病に倒れ、死んでしまう。大人の愛です。でも儚過ぎますよね。
―三大悲劇のひとつですね。心がしんどくなることはありませんか。
演劇との違いはそこです。感情も大事ですが、オペラは感情を声色で表現する芸術です。役に没頭しながらも、作曲家の意図に従い表現するためには様々な事を同時に計算できる冷静さも必要かと思います。
特に椿姫は声色についての要求が多いオペラで、1幕2幕3幕と大きく分けて3つの声の色が要求されています。
―確かに、1幕と3幕でヒロインの様子はだいぶ変わりますね。
豪華な社交界から、最後は死に至りますからね。ソプラノはさらに細かく分かれているんですよ。私の声は「リリコ ディ コロラトゥーラ」といって抒情的、高音域の装飾に富む種類です。声の種類で歌える曲が変わります。
―好きな曲を歌っているのではないのですか?
色んな場合があります。好きな役や曲を自分のレパートリーにできることもありますし、そうできないこともあります。例えばカルメン役やトスカ役は大好きですが、私は歌いません。声帯の長さ、太さである程度声の種類が決まり、訓練してより良い声に近づけていきます。自分の喉を第一に考えてオペラの役や曲を選んでいくことがとても大切です。
―歌姫を目指したのはいつですか?
3歳でピアノのレッスンを始めましたが、歌うことが大好きでしたので、その先生に唱歌を習い始めました。3歳でしたので最初は遊びながらのお稽古でした。
祖母がバレエ、音楽等芸術分野が大好きでよくオペラを聴いていました。そうするうちにテレビで聴いたエディタ・グルべローヴァの歌声に惹かれて「この人になりたい」と、憧れるようになりました。音楽高校から音楽大学に進むと、また祖母が私の人生を決定づける出会いをくれました。ラジオでイタリア在住のオペラ歌手の話を聞いて、コンサートに行くことを勧めてくれたのです。そのコンサートでは、天井からキラキラと降ってくる声に衝撃を受けました。「こんな声を出したい」と。その日から5ヶ月後には初めてイタリアに渡りました。
―現在もミラノ在住ですね。住んでみていかがですか。
常に芸術家を魅了する国だと思います。何でもない日常にもオペラが浸み込んでいるというか。特に南イタリアに行くと色んな場面に遭遇します。シチリアを舞台にした『カヴァレリア・ルスティカーナ』の広場に似た場所で色々な人を見ていたら、今にも物語が始まりそうに思えてきて、「決闘が起こりそう」なんて思いました(笑)。話し方、歩き方、ジェスチャー、服装、建物等にオペラを感じることがあります。それに、イタリア語って歌っているように聴こえるでしょ。
―住吉さんもイタリアでは歌うようにお話されるのですか。
いま話をしている私とは違うと思います(笑)。日本語を話す時とは声を出すところが違うし、発音も違いますから、自然と音楽のような流れになります。不思議ですね。
―日本とイタリア。人気の作品って違いますか?
素晴らしい作品はどの国も共通だと思います。ただ、オペラが生まれた国はイタリアですのでやはりオペラが身近にあるというか…。歩いていて、すれ違う紳士が口ずさんでいる曲が『リゴレット』の中の曲だったり。『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」はコロナ禍、よく歌われました。「勝つぞ!勝つぞ!」という歌詞があの頃の厳しい状況に合っていて、音楽から勇気をもらえたのかなとも思います。
―数あるオペラ作品の中で、好きなヒロインは?
そうですね、沢山ありすぎますが…。私のレパートリーから申しますと、1人目は『トゥーランドット』の女奴隷リュー。リューは最後に自害しますが、その前に美しいアリアを2曲歌います。オペラの作曲家は作品に理想の女性を忍ばせると言われていますが、プッチーニの理想の1人がリューだったのではないかと思います。彼は女性が好きでプレイボーイでしたが、人生で実際に起こった事件を一部モデルに描いた作品が『トゥーランドット』。そんなことを調べてみると面白いですよ。
2人目は『リゴレット』のジルダ。これもまた悲劇。愛のために命を落とす儚いヒロインです。オペラって、愛、憎しみ、悲しみ、別れ等、シンプルなストーリーが多いのです。ヴェルディは人間の持つ声のパワーを最大に発揮させて、ドラマとぴったりの音楽で私たちの心に感動を生み出します。
3人目は『ラ・ボエーム』のミミ。この人もまた愛に生き儚く死んでしまいます。でも可哀想なだけではない魅力もあり、少ししたたかさもあり、現代の女性に近いかもしれませんね。沢山のプッチーニの魅力が詰まったオペラですが、恋の相手ロドルフォが歌うアリアは、イタリアチックな超高音が聴かせどころで、世界中のテノールが憧れる曲。私も個人的に大好きです。
―多くの作品に出演され、ヒロインとして恋をしてきたと思います。好きな男性の登場人物は?
難しいですね。オペラの中の男性はたいてい女性を不幸にしていますからね(笑)。
『ラ・ボエーム』は芸術家を目指す若者たちが描かれた物語なのですが、詩人のロドルフォは輝いてみえるかもしれません。
―住吉さんのキラキラ降る歌声を次に日本で聴くことができるのはいつでしょう。
この秋には帰国し、また歌声を披露する予定です。皆様と会場でお会いできますように!
撮影協力・風見鶏の館
住吉 恵理子(すみよし えりこ)
兵庫県出身。イタリア国立ミラノG.Verdi音楽院を首席で卒業。P.Mongini国際声楽コンクールを始め数々の国際コンクールで上位入賞を果たす。ヴェニス、カ・レッツォーニコ宮殿音楽祭でイタリアデビュー以降、オペラ「椿姫」「リゴレット」等欧州各地の歌劇場に出演、現地メディアに“東洋の歌姫”と称賛される。イタリア建国150周年記念公演やプッチーニ生誕百周年公演ツアー、タオルミーナ・古代ギリシャ劇場では日本人として初めてオペラスターガラに招聘され演奏し高い評価を受ける。フランス、ベルギー各地ではヴェルディ「レクイエム」のソリスト等演奏の幅は広い。演奏の傍ら由緒あるU.ジョルダーノ国際コンクール、V・テッラノーヴァ国際声楽コンクールの審査員を務める。イタリアFM“18カラットの声“出演。2020年ミラノ日本国総領事館主催天皇陛下誕生日祝賀会にて日伊両国歌を独唱。日本に於いても東京芸術劇場、ザ・シンフォニーホール(大阪)等にて多数の演奏を行う中、2018年には神戸国際ホールにて世界屈曲のテノール、F.メーリを迎えてのリサイタルでは2000名満席の聴衆を魅了する。2022年1月神戸文化ホールにて佐渡裕指揮オペラ「椿姫」に出演。2022年6月ブルガリア国立ルセ歌劇場にてオペラ[トウ―ランドット]リュー役にてデビュー。現在、ミラノと神戸を往復しながら様々な演奏活動を行う。