6月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.10
神戸大学医学部附属病院 呼吸器外科田中 雄悟先生に聞きました。
神大病院呼吸器外科の中でも、最も患者さんが多い肺の病気。予防法や治療法、ご自身が外科医として技術の進歩とともに歩んでこられた手術法のことなど、田中雄悟先生にお聞きしました。
―呼吸器外科が扱うのは主にどんな病気の患者さんが多いのですか。
胸腔内にある臓器で、心臓や大動脈を扱うのが心臓外科、食道を扱うのは消化器外科。呼吸器外科は主に肺を扱い、臓器の隙間にある縦隔と呼ばれる部分も範囲に入っています。患者さんのほぼ半数が肺がんとそれに関連する疾患、縦隔腫瘍が1割程度、肺が破れて空気が漏れてしまう気胸、うみがたまって起きる感染症などがあります。事故などで折れた肋骨が肺を傷つけてしまう危険がある場合は、整形外科と相談して呼吸器外科が担当するケースもあります。
―ほとんどの肺の病気は手術で治療ができるのですか。
加齢とともに肺が次第に硬くなってくる間質性肺炎は手術で元に戻すことはできず、進行を遅らせる治療しかありません。主にたばこが原因で起きる慢性閉塞性肺疾患(COPD)は肺の中にあるたくさんの小さな部屋の壁が潰れていき、肺が伸び切っている状態です。空気を吸えても吐くことができず、吸入器を使って呼吸を助けます。フィルターが壊れて、吸った空気をうまく体の中に取り込めない状態になるので強制的に酸素を補給します。いずれにしても肺を健康な状態に戻す根本的な治療にはなりません。
―肺の移植手術はできないのですか。
摘出後の劣化が早い肺は移植には不向きな臓器です。一部の難治性の肺疾患に対し移植が行われますが、ドナーの数も少なく患者さんは何年も待たなくてはいけないのが現状です。神戸大学では肺の移植手術は行っていませんが、手術が必要な患者さんの診察をし、移植実施施設との橋渡しを担う例はあります。
―最も患者さんが多い肺がんですが、手術の方法はどこまで進歩しているのですか。
約20年前、私が外科医になった当時は背中から脇を通って胸の辺りまで大きく切り、肋骨を開き、実際に手を入れてがんを切り取っていました。傷が広範囲なので「回復するまで大変だろうなあ」と当時は思っていました。
10年ほどたったころから内視鏡手術が主流になってきました。小さな穴を4つ開けて、先端にカメラが付いた管を入れ、操作しながらモニターで確認し、様々な手術器械で切り取ります。手術操作で肋間神経を刺激するため手術後の数日間は神経痛を起こすことはありますが、肋骨を広げて起きる痛みや、大きな傷跡が残ることはありません。
そして5年ほど前からはロボット手術が始まり、現在、神戸大学病院にはダヴィンチ2台、hinotori1台、ポートアイランドの国際がん医療・研究センターにも1台の手術支援ロボットが導入されています。
―内視鏡との違いは。ロボットを使うメリットは。
内視鏡は先端部分が開閉するだけの動きですが、ロボットは人と同じような関節を持っています。四方八方微妙な角度で動き、内視鏡と比べて握力も強くなり、細かい作業が可能になりました。2メートルほど離れた場所から操作するコックピットのような複雑な装置の準備に時間はかかりますが、手術にかかる時間はかなり短縮され、患者さんの体に負担をかけない低侵襲治療として現段階で最先端の技術です。
―これからはロボット手術が主流になるのでしょうか。
ロボット手術は骨盤の奥深くにある泌尿器系の手術に限られていましたが次第に範囲が広がり、2018年から肺の手術にも保険が適用されました。若い呼吸器外科専門医が操作に慣れてくるとロボット手術が主流という時代がくると思います。私よりずっと上手に扱えるようになるでしょうね。また、新技術は患者さんへのメリットが大きいですが、導入の際は安全面に一層の配慮が必要です。私たちは、手術室のスタッフと緊急時を想定した安全講習を定期的に行っています。
―ロボットも進化するのでしょうか。
ロボット自体の性能は目覚ましく進歩しています。AIを活用する研究も進められているようです。車のように危険察知能力や、蓄積されたデータを分析してどういうタイプのがんなのかを識別する能力を身に付けるかもしれませんね。
―技術が進歩するとはいえ、肺がんは予防が大切。主に何が原因なのでしょうか。
以前はほとんどの症例で原因はたばこでしたが、最近はその他の要因も増えてきています。はっきりとデータには出ていませんが、遺伝や環境因子などさまざまな要因が重なっていると考えられます。
もちろん禁煙は肺がん予防に大切ですが、喫煙者の肺の手術ではたまっている痰が大量に湧き上がってきて術後に肺炎を起こすケースがあり、少なくとも手術の1カ月前から禁煙をお願いしています。重症化すると集中治療室に入らなくてはいけないこともあり、特に新型コロナウイルス感染症拡大下では「他の患者さんのためにも、ぜひ」と切にお願いしています。治療への不安やストレスがある上での禁煙はなかなか難しいですが、患者さん自身の頑張りとご家族のサポートで皆さんなんとか禁煙してもらっています。
―肺がんの治療方針はどのようにして決めるのですか。他科との連携は。
人の性格が様々であるように、がんも一つ一つが違う顔を持っています。CT検査や気管支鏡検査によるがん組織(細胞)といった検査でがんの〝性格〟を見ていると、どの程度の範囲を切り取ると再発を防げるのか、どういう治療が最適なのかなどが判断できます。手術か放射線治療か、抗がん剤や放射線でがんを小さくしてから手術をするか、その逆が良いのかなど、一つ一つのがんに対してどれが最善の方法なのかを呼吸器内科と外科、放射線科、病理の先生にも加わっていただき毎週のカンファレンスで相談して、結果を患者さんに可能な限り時間をかけて丁寧に説明しています。
各科の先生方が意見を出し合いながら、患者さんにとって最も良い治療を進めているというのが、神大病院の自慢の一つだと思っています。
神戸大学医学部附属病院 呼吸器外科 田中 雄悟先生
田中先生にしつもん
Q.医学の道を志したのはいつ、どんなきっかけで?
A.高校で進路を決めるころ、阪神・淡路大震災が起きました。家は半壊、通っていた長田高校は避難所になりました。友達や祖父が亡くなり、目の前の人を助けられないという無力感に苛まれていたとき偶然、大阪から自転車でボランティアに来たドクターに出会いました。どこへ行ったら診察ができるかと尋ねられ、学校や避難所を案内し、帰りは家に泊まってもらって話を聞きました。それがきっかけで医学部進学を考えるようになりました。実は血を見るのが嫌いで、医学の道などそれまで考えてもいなかったのですが…。
Q.血が苦手なのに、なぜ外科医に?
A.医学部に入ると周りは物事を論理的に考える賢い人がたくさんいて、あまり考えずに目の前のことに突進してしまうタイプの私は外科系が向いているかなと思いました(笑)。手が器用に動かせるかは不安だったのですが、「やらずに後悔するよりやって後悔するほうがいい」と外科の道を選びました。
Q.日頃のリラックス法は。
A.美味しいお酒を飲みながら、美味しいものを食べることかな。そして、患者さんや先輩・後輩、コメディカルのみんなと話をして、ニコニコさせてもらう。そんな日常のちょっとした時間でリラックスしています。特に趣味はないので、定年退職後はどうしたらいいのか。今から心配です(笑)。