6月号
若者たちに託す 地域メディアの未来
京都産業大学現代社会学部教授
脇浜 紀子さん(左)
SRCグループ CEO
Kiss FM KOBE(兵庫エフエム放送株式会社)
代表取締役社長
横山 剛さん(右)
元読売テレビアナウンサーで京都産業大学 現代社会学部 現代社会学科 教授として地域メディアを研究する脇浜紀子さんとKiss FMやKiss PRESSを運営し地域情報と日々向き合っている株式会社SRCホールディングス代表取締役CEO横山 剛さんに、これからの地域メディアについて、語ってもらいました。
既得権益に立ち向かえ
─脇浜さんにとって、神戸はどんな街ですか?
脇浜 私の唯一のアイデンティティです。兵庫区に生まれ、北区や市内のいろんなところに住んで、兵庫高校から神戸大学。テレビ局に勤めていた頃は岡本から通っていましたし、今も神戸に住んでいる生粋の神戸っ子です。
─脇浜ゼミの研究テーマである「マルチプラットフォームストーリーテリング」とは?
脇浜 多様なメディアを使用した情報発信のことです。かつては、新聞は記事を書き印刷する。テレビ、ラジオはそれぞれ、映像、音声の番組を作って放送する、と別々にやっていました。でも、今は、何か伝えたい情報があるならば、SNSも含め全てのプラットフォームでやるべきです。アメリカでは、取材して、記事を書いて、音・映像も自分で撮って、編集もできるというデジタルジャーナリスト的な人が増えていて、私もそういう人材を育てたいと思っています。なかでも映像はリッチコンテンツです。映像でちゃんと撮れば、テキスト化することができるし、音声化もできる。文章ありきでは動画にしたくても最初からやり直さなければなりません。映像をハブとして作るのが、今の時代。学生には常にそういう発想に立って欲しいと話しています。
立ちはだかる壁
脇浜 読売テレビ在職中、アメリカ留学で修士号を取得して帰って来た時、メディアもデジタル化で変わらないといけないと感じ、手探りながらもインターネットなどを使った企画をいくつも出しましたが、結果は「視聴者がインターネットに流れては困る」とか「系列局が困る」とか。テレビ局の中にいて「新しい分野に挑戦しましょう」というのは、ことごとく既得権益の壁に阻まれました。支持してくれる人はいたので、少しずつ実験的にはできましたけど。
横山 私が10年前にKiss FMを引き受けた時も結構戦いました。公共のメディアたるものはこうあるべきというメディア本来の目的が「メディアを守ること」になってしまい、メディアの矜持とか哲学みたいなものが消え去ってしまっています。
大人の言うことは聞くな
脇浜 今、大学で若い世代と向き合っていると「新しいことをやりたい」という思いを強く感じます。話もよく聞き、どんどん伸びていく姿はやりがいになります。年齢を考えれば、私たちには限界があり、若い人たちに引き継がなければならない。口癖のように言っているのが「大人の言うことは聞くな」です。「Z世代、デジタルネイティブな、アナタたちの発想で作りなさい」「大人は業界を守るとか古い考えに凝り固まっているから、大人の言うことを聞いちゃダメ」と。
横山 賛成。僕も講義では「テレビ、新聞、大学教授、俺、全部信用するな」と言っています。クリティカルに物事を捉えて、自分なりの回答を出さないといけないんです。僕は、マーケティングを主に教えていますが、マーケティングなんて本1冊読めば誰でもわかります。それよりも90分の講義中、頭をフル回転させて頭の筋トレのためのディスカッションを常にやろうと心掛けています。大切なのは、物事の捉え方。大人の話を聞くだけではダメなんです。
神戸の人は気づいていない
─他の都市には複数の民放テレビ局があるそうですね
脇浜 市長の前でも横山さんの前でも何度も言い続けていますけど、神戸は映像メディアの過疎地です。福岡には5局も民放局があるのに、神戸はサンテレビひとつ。在阪局が流す神戸の情報はほんの少しです。昔は、テレビ電波の免許がなければ動画映像を発信できませんでしたが、今はインターネットでいくらでもできます。
横山 神戸は経済圏の大きさが同じ都市と比べ、YouTubeなどに上がっている動画の件数が圧倒的に少ない。なぜ少ないのか。人員的に増やして頑張っても、その間に多くの人が動画をあげるから全体の数に影響を与えることはできない。数ではなくクオリティと再生回数でシェアを増やすことも考えられるけど、うまくいくケースは少ない。根本の原因は、動画が少ないのではなく、映像化されているネタ、コンテンツが少ないんです。
脇浜 現状は過疎地ですから。でも客観的な条件を整えると当然、動画メデイアは増えます。今、ネットは5Gの時代になり、動画を扱うのに適した環境になっています。若い人たちは特に動画で情報を得る人が増え、今後も少なくなることはありません。私がやらなくても自然と動画は増え、映像メディアが出てきます。あと何年かかる話なのかだけで、今大切なのは“気づき”です。神戸の人たちは、生まれてからずっとサンテレビと在阪のテレビ局の映像を見続けてきたから、こんなものだと思っている。そこに気づきを与えたくて「078NEWS」や「Good Morning Kobe」を始めました。動画を増やしたいというより、水面に小さな石を投げたら波紋が広がるように「誰にでもすぐできるんだ」と、早く気づいて行動して欲しいです。
課題は人材
脇浜 もうひとつの大切な要素が「人材」です。記事を書くには、文章に長けている人が、ひとりいればできます。動画はカット割りやカメラワーク、音声、しゃべり方、編集と非常に多要素の技術が必要になります。神戸には、その人材が乏しいのが問題です。
横山 僕はマーケティングの視点で見ていますが、神戸は不利な状況にあります。兵庫県には550万人という人口がありながら、民放局がひとつだから下請けの映像会社がほとんどない。今から作れるかといえば、作っても仕事がない。大学や専門学校で教育をしたところで、神戸には就職先がない。結局、経済的合理性だけで考えれば、神戸で何かをしようというのは、間違いになってしまう。それを覆すには、若い世代の街に貢献したい想いしかないんです。「商売を考えずに地元でやろう」「神戸愛でやろうよ」という人間が集まるコミュニティーがないといけない。それもすごい人たちの集まりでないと力を発揮できない。その思いで、ファウンダーズ神戸(神戸市主催、SRCグループが協賛の起業家育成セミナー)や起業家の育成事業に力を入れているところです。
理想の地域メディア
脇浜 私は地域メディアに関して、マーケティングの視点は外して、地域情報を地域の血液として循環させるために必要だと考えています。もうひとつ、言っておきたいことがあって、地域情報では、観光は後。すぐに観光と結びつけるのではなく、最初に手を付けるべきは内側で、市民の中でもっと情報を共有して循環させていけば「神戸っていいところ」として広がるはずです。
横山 みんな「神戸にはたくさん魅力があるのに伝わっていない」と外への発信に目を向けがち。でも、神戸の魅力を相対的に考えれば、観光では京都に、商業では大阪に負けている。観光やインバウンドを考えるなら、客観的に把握したうえで勝ち筋を探さないといけない。
脇浜 新しい地域メディアの方向性は、今までの右肩上がりの資本主義の考え方ではなく、公共性の高いことで起業しようと考えている若い人たちへの期待です。地域のために何かをやるんだという形で出て来て欲しい。
横山 本当にその通りだと思います。「Kiss PRESS」は、今の私にできる結論です。膨大な数の読者を集められれば商売にもなるかもしれませんが、それは結果論。地域の情報をどう流通させていくかを最大限やることが目的で、商売優先ではできません。
神戸の街を遊び尽くして、
食べ尽くしたい
─理想の地域メディアとは?
脇浜 私が見据えているのは社会の課題解決に地域メディアがステークスホルダーたちをつないでいく姿です。番組で、みんないろんなことを言い合い、番組発のイベントや活動につなげていく。それが映像なら、小さい子どもや外国人にもわかりやすく、より効果的に伝わります。最終理想形は、私がやっていたズームイン朝の神戸版。毎朝三宮の駅前から「おはようございます!」って。朝こそライブで、電車が遅れていないか、天気はどうだ、今日は何があるのかを発信する。出掛ける前にこれを見れば神戸の情報がわかるというもの。一番地域情報が欲しいのは朝です。在阪局が地域情報を流すのは昼と夕方のニュース。朝は夕方の半分くらいです。150万人住んでいる街ですよ。間違いなく、需要があります。「TVer」が諸外国から10年以上遅れでようやく同時配信を始めました。キー局にぶらさがり地域情報番組を制作していた人たちが、やっきになって制作に乗り出すはずです。その兆しが見えてきています。
─脇浜さんが思い描く神戸の未来は?
脇浜 神戸をもっと楽しみたい。神戸の街を遊び尽くして、食べ尽くしたい。神戸の人たちが神戸の中でもっともっと楽しめるようになればと思います。せっかく海があるのだから、マリンスポーツが盛んになればいい。山もある、街でも遊べる。神戸のライフスタイルに憧れる人がきっと増えるはずです。
そのためにも、地域内で情報をまわさないといけません。神戸の今をビジュアルでタイミング良く定期的に伝えていくことが必要です。神戸の映像地域メディアは絶対できます。あとは、いつ、だれがやるかです。
4月28日、Kiss FM KOBEにて。
SRCグループ CEOKiss FM KOBE(兵庫エフエム放送株式会社)
代表取締役社長 横山 剛(よこやま たけし)
大学在学中に起業し、以来リクルート広告事業などを手掛け、Kiss FM KOBEを再建すべく平成22年に兵庫エフエム放送株式会社を地元優良企業らと設立。大学などでの講師や公演活動のかたわら、自身も神戸大学大学院 経営学研究科 博士課程後期(栗木契研究室)に在学中
京都産業大学現代社会学部教授
脇浜 紀子(わきはま のりこ)
神戸出身。読売テレビのアナウンサーとして「ズームイン!朝!!」のキャスター、「ミヤネ屋」のレポーター等、25年間にわたり報道・情報番組等を担当。2000年に南カリフォルニア大学修士号、2010年に大阪大学大学院国際公共政策博士号。編著書に「メディア・ローカリズム〜地域ニュース・地域情報をどう支えるのか〜」