2022年
6月号

絵本は 優しい気持ちを 共有する力がある

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

絵本作家 長谷川 義史さん

 2001年に『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』(BL出版)で絵本デビューを果たして以来、懐かしさとユーモア溢れる画風や、人情味があり、時には社会的な問題に触れるストーリー、そしてリズミカルな大阪弁の言葉で数々の人気絵本を生み出してきた、絵本作家の長谷川義史さん。創作活動に加え、自作の絵本を子どもたちの前で読み聞かせる絵本ライブを日本各地で開催するほか、アトリエでは定期的に原画展を開催し、まさに会いに行ける絵本作家として、唯一無二の存在感を示しています。
 6月25日から姫路文学館ではじまる展覧会「とびだせ!長谷川義史展」を前に、大阪・堂島の大川やバラ公園を望み、大きな窓から陽光が降り注ぐ、とても気持ちのよい長谷川さんのアトリエ「空色画房」にお邪魔し、絵本作家になったきっかけや、絵本を通して表現してきたこと、子どもたちや平和への想いについてお話を伺いました。

思い出の藤井寺球場も〜藤井寺駅100周年壁画

―この4月に出身地の藤井寺市でアンバサダーに就任され、手掛けた駅の壁画もお披露目されましたね。
100周年を迎える近鉄藤井寺駅の駅長と藤井寺市役所観光課の方から、古墳群が世界遺産に登録され、観光客の玄関口となる駅に壁画を描いてほしいと頼まれたんです。普通は断るんだけど…。

―えっ、そうなんですか?
だって、大変やん。でも、自分の故郷ですし、要望は聞くけれど好き勝手に描かせてもらえるならやりますと伝え、OKしてもらいました。そうしないと、たとえ描いても良くないものになってしまうから。本当は駅で直接描きたかったけれど、通行量が多いので断念し、アトリエで描いたものを転写したんです。真面目な藤井寺の名所、旧跡から、自分の思い出の場所、子どもの頃遊んだ場所まで楽しく描かせてもらいました。藤井寺球場に近鉄バッファローズの旗ふるおっちゃん。秋のお祭りのふとん太鼓。昔なつかしの藤井寺から今の藤井寺まで。ぼくにしか描けない藤井寺絵巻だと思っています。

絵が表現の手段だった

―子どもの頃は、どんな遊びをしていたのですか?
古墳や田んぼに遊びに行ったし、ザリガニを捕ったり、毎日外で友達と体をぶつけながら遊んでいました。土曜日は昼、家に帰ると、「吉本新喜劇」「寄席中継」「松竹新喜劇」を続けて見るんやけど、「松竹新喜劇」の藤山寛美さんがみせる笑いと涙の人情ものが好きでした。
―本当に小さい頃から絵を描いていたそうですね。
物心が付く前から描くのが好きで、幼稚園で初めて絵の具を付けて描かしてもらいました。当時はウルトラマンが始まった頃だったから、怪獣と戦っているような絵を描いてたね。絵を描いては人に見せて、「面白いな」と言ってもらうのが嬉しかった。自分の表現の手段が絵だったんです。教科書の隅にパラパラ漫画を描いたり、壁新聞に先生の似顔絵を描いて友達に笑ってもらったり、そんなんばっかりしてました。
―当時から、将来、絵を仕事にしたいと思っていましたか?
大人が働かなあかんことは子どもでもやんわりと分かっていたから、嫌なことはしたくない。同じ仕事をするならやりたいことをやりたいし、絵を描くのが好きだから絵を描く人になりたいと思ってました。おかんも反対はしなかった。心配だっただろうけど、偉いね。
―絵本に対する想いが芽生えたのは?
イラストレーターが華やかな仕事をしていた80年代、僕もその仕事にあこがれながら、グラフィックデザイナーをしていたのだけど、クライアントの意向を表現する広告ではなく、長新太さんや田島征三さんのように、自分の想いを一冊の絵本で表現するのが、なんてカッコいいのだろうと思い始めたんです。

大変さを思い知ったデビュー作

―絵本出版のチャンスはどのように訪れたのですか?
僕が描いていた小さなイラストを見て、編集者の松田素子さんが「あなたは絵本を描けるんじゃないですか?」と声を掛けてくださった。まだ出版社も決まっていなかったのに、ありがたかったですね。でも、いざ絵を描くとなると、あれだけ絵本を描きたいと言っていたのに全然描けない。絵で語らなあかんけど、15見開きの間にストーリーのリズムを付けないといけないし、一冊描くのはかなり大変です。
―デビュー作の『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』はいきなり壮大な物語でしたね。
そんなつもりはなかったんやけどね(笑)。時間が遡る話なので、その表現を松田さんから何度も要求され、インターネットや携帯のない時代だから、図書館に行ったり、本を買って調べてた。誕生までは本当に時間がかかりましたね。絵本を描くというのはこんなに難しいことなのだと初めてわかりました。今も一冊絵本を描くのはとても大変です。そしてやりがいがあります。
―『おへそのあな』は妊娠中にお腹の赤ちゃんに読み聞かせたくなるような絵本です。
男親は、いざ子どもが産まれてくるまで子育てにあまり真剣になれないものですが、奥さん(絵本作家のあおきひろえさん)に「あなたも一緒に出産に参加してください」と教育され、親子学級やラマーズ法の練習に行き、出産に立ち会い。産まれる瞬間を見てとても感動しました。3人目は助産婦さんを呼び、自宅で出産したので、そのときは僕もお湯を沸かして、必死でたらいに入れたりしてたな。子どもたちはテレビでポケモン見てたけど(笑)『おへそのあな』は、奥さんと産まれてくる子どもに教えてもらったこと、感じたことを書かせてもらった絵本なんです。

想像するのは
とても大切なこと

―『ぼくがラーメンたべてるとき』は、まさかあんな展開になるとは思いませんでした。
そうでしょ?よく「騙された〜」って言われます。
―隣の人や隣の国の人が何をしているかと、想像力を働かせることの大切さを教えてくれます。
想像するのはとても大切なことで、想像したら、やったらあかんことを判断できると思うんです。今も戦争によって飢えた子どもたちの上に爆弾が落ちている。戦争を起こしている人は、「自分の身だったら」と想像もできないのかと思います。でも人間は誰しも狂気を持っているんです。狂気が出ないように日々気をつけなければいけない。それが優しさだし、憲法という大切な重しが必要なんです。絵や音楽、絵本は、そういう優しい気持ちを共有する力があると思います。平和は誰かが与えてくれるものではないので、日々意識をして行動していかなければ、ぼさっとしていると、戦争は繰り返されますから。

『グーチョキパーのうた』は赦しの本

―『グーチョキパーのうた』は、「みんなちがってみんないい」という言葉の背景に描かれる絵がとても楽しい絵本です。
この歌は、パギヤンこと趙博さんの歌なんです。僕が大阪の御幸森小学校の講演会に行ったときに、趙さんが飛び入りで「グーチョキパーのうた」を歌ってくれ、すごく盛り上がったんです。これを絵本にするねと子どもたちに約束したのがきっかけになりました。世界中の子どもと、世界中の人、それに隣の人とか、とにかくたくさんの人の絵を描きこみました。
―歌とはまた違う世界観ができたのではないですか?
勝ち負けなんてない。みんなちょぼちょぼなんやと歌っています。「ひとでなしでも、ひとはひと」と歌詞にありますが、とんでもない人でも人なんや、赦しましょうと。凄いですよ。自分も赦してもらう訳で、赦しの本だと思っています。「お前、あかんで」と言い出すと、お互いに攻撃する方向に進むけど、上も下もない。みんなおんなじ。あなたも人わたしも人。どこで産まれようと肌の色が何色だってみんなみんな人。

大阪弁がハマった絵本の翻訳

―自作の絵本や、絵を担当されるだけでなく、外国絵本の翻訳もされていますね。
クレヨンハウスが出した、カナダ出身の絵本作家、ジョン・クラッセンさんの『どこいったん』という帽子がなくなる絵本の翻訳をしたのがきっかけです。ブラックユーモアの効いた内容で、怖いお話でもあるので、大阪弁で訳すといい塩梅になるのではという編集部の意図があったのです。これも僕が「やりたい!」と言ったのではなく、編集部から声をかけていただき、やってみると大阪弁がとてもいい味になりました。そこからですね。
―2020年にリンドグレーン賞を受賞した韓国の絵本作家、ペク・ヒナさんの作品も多数手掛けておられます。
5月発売の新刊『ピヤキのママ』を含めると、もう6冊翻訳させていただいてます。ペク・ヒナさんはお子さんを育てながら作家活動をされています。彼女の絵本は素晴らしいです。ペク・ヒナさんも僕の絵本をよく知っていただいているし、日本で2回お会いしたこともあります。翻訳の仕事は好きですね。
―ストーリーの素晴らしさに加え、大阪弁が絵本にマッチして味わいを出していますね。
原文のニュアンスを大阪弁でどう表現するか。そのバランスが難しい。作者が言いたいことを的確に伝えるのが最も重要ですから。日本語や大阪弁で置き換える際に、一番わかりやすく、的確な言葉を悩みながら必死で探すわけで、その言葉が出てきたときは、やった!と思います。やりがいを感じるし、すごく楽しいです。

気づきをもらう絵本ライブ

―ライフワークにしている絵本ライブはどこで開催しているのですか?
絵本の読み聞かせをして、僕がお話をする会で、大きなホールでやることもあれば、小さい会議室や幼稚園、小学校など本当にいろいろです。呼んでくれたら、どこでもやります。
―子どもたちからはどんな反応がありますか?
毎回絵本ライブをやるたびに、子どもたちや親御さんたちの反応で気づかされることがあります。学校に行って絵本ライブをする時は、終わった後に先生に子どもたちの様子がどうだったかを聞くのですが、「1時間座って話を聞けたことのない生徒が、初めてずっと座って聞いていました!」と教えてくださったときは嬉しかったですね。また小学6年生の女の子が「わたしは1年生からずっと長谷川さんの絵本を読んでいたけれど、同じ本だけど、その都度感じ方が違いました」と話しかけてくれたことも、よく覚えています。僕が絵本を読んだりお話をする一方で、そうやって感想や反応を伝えてくれる。だからライブだし、それが面白いですね。
―コロナ禍では中止を余儀なくされたとか。
しばらくは絵本ライブをできない時期が続きました。リモートでもだいぶん開催していたのですが、やっぱり目の前に子どもたちがいないのは、反応が見えないので本当にやりにくいんです。今はお客さんの人数を少なめにして開催していただけるようになったので、ようやく生で子どもたちに向き合えますが、コロナ禍の行動制限で一番犠牲を強いられたのは、やはり子どもや若い人たちやと思います。

誰かが動き、導いてくれる

―6月25日から開催される展覧会、タイトルの「とびだせ!長谷川義史展」はインパクトがありますね。
毎日放送の「ちちんぷいぷい」で、「とびだせ!えほん」というコーナーをやっていたから、そこからつけたタイトルです。構成や作品選定は、この展覧会を企画してくれた方に全部お任せしています。大体、いつも人まかせなんです(笑)。
―そうやってプロデュースしてくれる人が次々と現れるのも、長谷川さんだからこそでは?
僕は奥さんのプロデュースでここまでやってこれたし、誰かが動いて僕を導いてくれる。自分は何にもできないんです。僕と何かをやりたいと思ってくれることが本当にありがたいです
―妻のあおきさんも絵本作家として活躍されていますが、刺激を受けますか?
やっぱり、僕も頑張らなと思うし、絵を描いていて迷いがあるとき、「ここ、どうしたらいい?」とアドバイスをもらえる。奥さんからも意見を聞いてくることもあるし、いい刺激がありますね。ポイントは、お互いに機嫌よく描いているときは、口を出さないこと。迷って聞かれたら、「そこは青がいいんちゃう?」とか言えばいいけど、そうでないと諍いになるから(笑)

子ども時代はなんでも
吸収する黄金期

―3人のお子さんが巣立たれた今、改めて子育てについて思うことは?
小さい子どもを育てている親御さんにとっても、子どもが成人してみたら、子育て期は一瞬だったと思うし、その時間は二度と帰ってこない。だから子どもと一緒に遊んで、個々の子どもを尊重してほしい。まさにそれが大切なことだと思います。得意なことを褒めてあげる。せっかく産まれてきたからには好きな道を歩んでほしい。そのためにはまず平和でないとあかんのです。
―最後に、今、子どもたちに、どんな声をかけたいですか?
大人がこんな時代にしているのだから無責任なことは言えないのだけど、本当はスマホやゲームで遊ぶのではなく、できるだけ生身の体を使って遊んでほしい。子ども時代はなんでもかんでも吸収する黄金の時代ですよ。大人になってからの生き方を左右する根本が、子どものときの体験だから、できるだけ外で、妄想して、工夫して、自分で考えて遊んでほしいな。
(江口由美)

<展覧会情報>

とびだせ!長谷川義史展
長谷川義史さんの著作絵本原画を中心に、初期のイラストレーション、立体作品など絵本以外の作品も交え、「絵本作家・長谷川義史」のこれまでの創作の軌跡と魅力を幅広く紹介。絵本ライブも開催予定。
期間:2022年6月25日(土)〜9月4日(日)
場所:姫路文学館
〒670-0021 兵庫県姫路市山野井町84
※全国巡回予定
http://www.himejibungakukan.jp/

『おへそのあな』
BL出版
¥1,430

『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』
BL出版
¥1,540

長谷川義史

1961年大阪府藤井寺市出身。『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』(BL出版)で絵本デビュー。『おたまさんのおかいさん』で第34回講談社出版文化賞絵本賞、『かあちゃんかいじゅう』で第14回、『いいからいいから3』(絵本館)で第19回けんぶち絵本の里大賞受賞。『ぼくがラーメンたべてるとき』で第13回日本絵本賞と第57回小学館児童出版文化賞、ペグ・ヒナ作『あめだま』で第24回日本絵本賞翻訳絵本賞など、多数受賞。2022年4月、藤井寺市初の「FUJIIDERA★AMBASSADOR」に就任。近鉄藤井寺駅100周年壁画を担当。

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