4月号
糖尿病のことを正しく理解し 患者さんが暮らしやすい社会を
糖尿病のことを正しく理解し患者さんが暮らしやすい社会を
5月12(木)~14日(土)、神戸で「第65回日本糖尿病学会年次学術集会」が開催される。
「これを機に糖尿病についての正しい知識を一人でも多くの人に持ってもらいたい」という神戸大学大学院教授の小川渉さんに詳しくお話を伺った。
糖尿病とは、その治療法は
―糖尿病の1型と2型というのは。
2型糖尿病はインスリンの出方が悪くなったり、効き方が悪くなったり、またそれらが複合して起きます。1型糖尿病はインスリンが出なくなって起こります。一般に病気は体質の要因と環境の要因によって起きますが、2型糖尿病はどちらの要因も比較的よく分かっています。2型糖尿病になりやすくなるとされる50以上の遺伝子が特定され、環境要因との関係も解明されつつあります。一方、1型糖尿病の体質要因は、2型糖尿病ほど詳しくは解明されていませんし、環境要因についてもよく分かっていません。
―2型糖尿病の環境要因にはどういうものがあるのですか。
ホルモンの一種であるインスリンは、筋肉や脂肪、肝臓などにあるインスリン受容体に到達して効果を発揮し血糖値を調整します。過食、肥満、運動不足などの生活習慣はインスリンを効きにくくします。インスリンが効きにくくなると、私たちの体はインスリンをたくさん分泌して血糖値を下げようとしますが、どこかの時点でこのような代償が破綻すると、血糖値が上がり糖尿病が発症します。
―日本では糖尿病患者さんが増えているのですか。
生活習慣の変化により国民全体の〝インスリンの効きにくさ〟が増し、糖尿病患者さんは増えてきました。日本人をはじめとした東アジア人種は、2型糖尿病など肥満に関わる病気になりやすい傾向があります。食べたものはインスリンが働いて吸収され身に付いていきます。欧米白人は、インスリンを出す能力が東アジア人より高いため、食べたら食べるだけ太ることができます。一方、インスリンを出す能力が低い東アジア人種は、食べ過ぎると、極端に太る前に糖尿病になってしまいます。
―糖尿病の治療法は進歩しているのですか。
私が糖尿病の診療を専門的に開始した30年ほど前に比べると格段に進歩しています。当時、飲み薬は2種類しかなかったのですが、今では異なった作用メカニズムを持つ9種類の飲み薬がありますし、GLP-1という新しいホルモンも治療に使われるようになってきました。1型糖尿病の治療法はインスリン補充ですが、インスリン製剤が進歩しただけでなく、インスリンを補充するための機器も進歩し、ポンプ型のインスリン注入器も広く使われるようになってきました。さらに24時間に亘って持続的に血糖値の変化を知ることができる血糖モニター装置も開発されています。最新のポンプ型インスリン注入器は血糖モニター装置と連動し、血糖値に応じてインスリン量を調整してくれます。もはや、人工臓器に近いと言ってもいいですね。
誤った理解に基づく誤った見方がある
―糖尿病の合併症とは。
「3大合併症」は糖尿病特有の合併症であり、神経障害、網膜症、腎症があります。また、心筋梗塞や脳梗塞など、動脈硬化に基づく合併症は糖尿病に特有ではありませんが、糖尿病によってその発症の危険性が高くなります。がんや認知症、サルコペニアなども、糖尿病により発症リスクが増加することが知られています。
―合併症は予防できるのですか。
血糖値を十分低く保てば、糖尿病の合併症を予防することができます。治療の進歩や治療に対する正しい知識の普及によって、糖尿病の合併症で苦しまれる患者さんは減りつつあります。
一方で、糖尿病に対する誤った理解から、差別や不利益を受けている方がおられるのも事実です。糖尿病を持つと合併症のリスクや治療の副作用などで社会活動に制限がある、という偏見から差別を受けるケースがあるのです。糖尿病は早期に発見して適切な治療を行えば合併症も予防でき、治療の副作用も非常に少なくなってきているにもかかわらず、正しい認識が社会に広まっていないのは問題です。
―どんな偏見や不利益でしょうか。
以前より改善されつつあるとはいえ、生命保険の加入を断られたり、就学や就職で差別を受けたりする方も少なくありません。インスリン注射を人目を避けて行っている方が多いのも現実です。糖尿病は生活習慣だけが原因で起こるものではないにも関わらず、「自己管理ができない人」、「生活習慣が乱れている人」などというレッテルを貼られる場合もあります。1型糖尿病の発症は、食べ過ぎや肥満とは全く関係ないことも、十分に理解されていません。
糖尿病を持ちながら、糖尿病を持たない方と同様に、不自由なく社会生活を送っておられる方は多くおられます。糖尿病を持つことを、特別視しない社会になることが必要です。
社会の「壁」を取り除こう
―今年「第65回日本糖尿病学会年次学術集会」が開催されますが、神戸での糖尿病学会年次学術集会の開催はこれで4回目だそうですね。
神戸は都市機能や会場収容力からみても、糖尿病学会年次学術集会のような大きな会議を開催するのにふさわしい日本で有数の都市です。コロナ禍のため過去2回はオンライン開催でしたので、今回は3年ぶりに参加者が会場に集まる会になります。リアル参加ならではのお楽しみとして、神戸自慢のスイーツやコーヒー、名店ランチ、有馬温泉の足湯など、神戸コンベンションビューローの力も借りながらおもてなし企画を予定しています。
―昨年は市内でブルーライトアップも実施されましたね。
WHO(世界保健機関)と国際糖尿病連合が呼びかけ、2006年から世界各地で始まったのが「世界糖尿病デー」(11月14日)ブルーライトアップです。今年、糖尿病学会年次学術集会開催が予定されている神戸市が昨年のシンボルライトアップエリアに選ばれ、例年以上に多くの場所がライトアップされました。
―啓発しようとしていることは。
糖尿病は適切に治療を受ければ合併症の発症を抑えられるだけでなく、2型糖尿病は病気自体を予防できる場合もあります。まず、こういった正しい情報を知って一人一人の健康増進につなげてもらいたいと思います。さらに、糖尿病患者さんに対する偏見や、偏見のために患者さんが受ける不利益についても多くの方に知ってもらいたいと思います。昨年のライトアップ点灯式では1型糖尿病を持ちながらサッカーJ1ヴィッセル神戸で活躍するセルジ・サンペール選手から、「限界はない。頑張ればやりたいことは達成できる」とメッセージを頂きました。糖尿病を持つ多くの人たちにとって心強い応援になったと思います。
糖尿病患者さんのケアに関わるものとして、社会の不理解を解消するための取り組みも大切だと考えています。5月の学術集会では、糖尿病を持つ方に対する社会の偏見について考えるシンポジウムも開催する予定です。糖尿病を持つ方が暮らしやすい社会をつくるために、一人でも多くの人が現状に目を向け、この病気に対する正しい認識を持っていただきたいと思っています。
神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌内科学 教授
小川 渉 (おがわ わたる)
1984年神戸大学医学部卒業。神戸大学病院等で研修の後、1987年神戸大学大学院入学。大学院卒業後、1991年から1994年まで米国スタンフォード大学留学。帰国後、一貫して神戸大学病院・神戸大学大学医学研究科で糖尿病の診療、研究に従事し、2014年より神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門教授。