4月号
コロナ後の社会を見据え 兵庫県・神戸市が連携・協力して 関西全域の活性化を
対談
兵庫県知事 齋藤 元彦
神戸市長 久元 喜造
2021年8月、兵庫県知事に就任した齋藤元彦さん。同年10月の神戸市長選挙で当選を果たし、11月から3期目の任期に入った久元喜造さん。ともに新型コロナウイルス感染症対策に取り組みながら、ポストコロナ社会、そして25年に開催される大阪・関西万博(以下、万博)を見据え、関西全域の活性化に貢献するビジョンを描いている。兵庫県と神戸市が進める施策と今後の連携・協力、思い描く将来像についてお話しいただいた。
これまでの活動を振り返って
―それぞれに知事、市長就任以来、今に至る思いをお聞かせください。
齋藤 新型コロナウイルス感染症の第5波、デルタ株が猛威を振るう中、知事に就任しました。初日からアクセル全開で取り組みを始めました。大切にしたのは現場主義です。保健所をはじめ各所へ足を運び、医師、看護師、現場スタッフの皆さんから聞き取りをして問題点を洗い出し、改善していきました。病床の確保、宿泊療養施設の拡大、ワクチン接種の推進、保健所業務のペーパーレス化、クラウドを使って県庁に業務を集約するとともに、県職員1000人がいつでも応援できる体制を整えました。
一方、第5波収束後には観光応援キャンペーンを実施し、経済をかなり下支えできたのではないかと思っています。第6波で中断していますが、できるだけ早期に再開させ、経済のリスタートを後押ししていきたいと考えています。(3月22日キャンペーンを再開)
久元 突然襲われた震災への対応に続き、復旧・復興、その後は厳しい財政危機の状況が約20年続きました。前任の矢田立郎市長のリーダーシップの下、財政再建がほぼ完了した2013年、私は神戸市長に就任させていただきました。お陰さまでそれまで取り組むことができなかった神戸のまちの再生に着手しスピード感を持って進めることができています。神戸の玄関口である三宮の駅周辺はもちろん、おおむね新神戸駅からウォーターフロント、ハーバーランドに至るエリア、各駅前のリノベーションも含め、市域全体のバランスを取りながら再生に取り組んでいます。
齋藤 久元市長の下、改革が進められまち並みも大きく変わり始めていますね。私は須磨区出身なので、須磨海水浴場や須磨海浜水族園には何度も通いました。たくさんの思い出がある神戸は大好きです。新しくなる水族園も今からワクワク、楽しみにしています。新しく変わっていくものもあれば、須磨寺やノリ養殖のような古き良きものを大切に守っていく。この姿勢は、それぞれ特徴のある広い県内どの地域においても大切にしたいと思っています。
「HYOGO」を世界に向けて発信
―まだまだコロナへの対応が迫られる厳しい状況ですが、2022年度以降、ポストコロナの社会についてどうお考えでしょうか。
齋藤 コロナ後の社会をどうつくっていくのかは大きな課題です。人口減少、地球温暖化など、兵庫県においてもさまざまな課題がありますが、変化を恐れず挑戦していくという思いを込め「躍動する兵庫」をスローガンに掲げています。視点の1つ目はスタートアップの支援やデジタル化・グリーン化、万博を見据えた新たな観光の創生など「新しい成長の種をまく」ことです。中小企業や個人事業主の皆さんの多くはコロナ後の経営についてのビジョンづくりに苦慮されています。金融機関とタイアップし、兵庫県も支援をしながら一緒に解決していく仕組みを構築していきます。
2つ目は「兵庫五国それぞれの魅力を磨く」ことです。地場産業を応援し、文化・芸術、スポーツに親しめる機会を拡大する。3つ目が「安全安心な地域づくり」です。弱い立場の方、困っておられる方への支援に重点を置き、道路をはじめ社会基盤の整備にも取り組んでいきます。こうした取組により、人・モノ・投資・情報を県内に呼びこんでいきたいと考えています。
久元 時期は分かりませんがコロナ感染は必ず終わります。想像力をたくましくしてコロナ後の社会を描いていくと、可能性として「命と健康」に重きを置く社会の出現が浮かび上がります。コロナ対策では、メディカロイド社が手術支援ロボットhinotoriや全自動のPCR検査ロボットを作り、ポートアイランドのベンチャー企業が遠隔モニタリングシステムを提供して全国で初めて重症者専用臨時病棟が中央市民病院に開設されました。神戸市健康科学研究所はいち早く変異株をサーベイランスして発表しました。これらは、長年続けてきた研究成果の蓄積が功を奏したからできたことです。コロナ後も新たなウイルスや感染症に対応する用意が重要です。神戸医療産業都市がグローバル社会で人類の生命に貢献する可能性を秘めていると言っても過言ではないと思っています。
もう一つは、東京一極集中に象徴される高密度至上の価値観ではなく、ゆったりとした自然環境の中で思い思いの価値観で働き、時間を過ごし、住まう社会。大都市の中でも神戸はそういった可能性を持っています。六甲山があり、茅葺民家が点在する里山があるという大きな強みは兵庫県全域に当てはまることです。このポテンシャルをいかして新たなライフスタイルを提案し、他の地域とも連携しながら首都圏からの人口の受け皿になるような取り組みを兵庫県と一緒に進めていきたいと思っています。
齋藤 ポストコロナ社会ではワーケーションなど都会の密を避けた多様な働き方が展開されるはずです。パソナさんがやって来た淡路島が一つの拠点となり、それを取り囲むベイエリアと一体性を持って県全体を盛り上げていく可能性に期待しています。いろいろな意味での多様性を受け入れ、人やモノや投資が集まる地域にしていくためにSDGsの切り口が大切です。2022年度から、環境だけでなく地場産業や農林水産業、観光にもSDGsを積極的に取り入れ、今までの取り組みも含め「見える化」を図っていきます。そうすることで投資や観光、購買の対象として「兵庫がいいな」と思ってもらえるよう、万博に向けて「HYOGO」を世界に発信し、じっくりと無形の価値を確立していこうとしています。
コロナ禍で文化芸術が果たす役割
―文化・芸術がコロナ禍で停滞する中、「こども本の森 神戸」オープンは久々に明るい話題ですね。
久元 震災直後から神戸を見守っていただいた安藤忠雄さんから素敵なプレゼントを頂き感謝しています。東遊園地の芝生広場も自由に使い、思い思いに子どもたちが読書に親しみ、さらに震災の記憶をしっかりと心に刻み未来へと引き継いでいってほしいという安藤さんの思いが込められています。
齋藤 安藤忠雄さんの建築作品はすばらしいですね。数ある中の一つが兵庫県立美術館です。先日、蓑豊館長ともお話ししたのですが、美術館を情報発信の拠点、そしてHAT神戸を震災の記憶を留める拠点としていきたい。さらに万博開催時には、海からのアクセスの良さを活用して美術館周辺一帯に人を誘う仕掛けづくりを考えています。西宮には佐渡裕さんが芸術監督を務めておられる兵庫県立芸術文化センターがあり、丹波篠山には兵庫陶芸美術館もあります。コロナ禍でも文化芸術が人々の心に果たす役割は非常に大きなものです。2022年7月には県民の皆さんに文化芸術に無料で親しんでいただけるように「県民プレミアム芸術デー」を実施予定です。
久元 兵庫県のような無料の企画は今のところはありませんが(笑)、若い時から文化・芸術に触れていただけるよう、市立博物館、小磯記念美術館では高校生以下は無料、大学・短大生は半額としています。齋藤知事がおっしゃる通り、コロナ禍でも文化・芸術は大切です。昨年から今年にかけ「神戸国際フルートコンクール」をオンライン開催するなど、コロナの影響で演奏の機会がないアーティストがまちの中でコンサートができる取り組みを進めています。老朽化した神戸文化ホールの移転、西区に図書館とホールの複合施設の開設など、インフラ整備も進めています。兵庫県と相談しながら、ミュージアムロードと位置付けられている兵庫県立美術館から阪神岩屋駅、JR灘駅、王子動物園に至るエリアをさらにブラッシュアップしていきたいと思っています。
兵庫県の人材やノウハウを生かした森林・林業行政を
―いろいろな意味で兵庫県と神戸市の連携は大切ですね。
久元 「神戸2025ビジョン」のタイトル「海と山が育むグローバル貢献都市」をコンセプトに、神戸の強みをいかしながら関西全体の発展にも貢献できる都市でありたいと考えています。残念ながらここ数十年間起きていることは関西経済の地盤沈下、東京一極集中です。万博は経済の浮揚を図る大きなチャンスです。ぜひ兵庫県に広域自治体としてリーダーシップを取っていただき、その取り組みの中に参加させていただきたいと思っています。
その大きなステージの一つが大阪湾ベイエリアであり、先ほど齋藤知事のお話にもあったSDGsの観点が重要です。神戸では港湾のさまざまな場面で水素エネルギーを活用して港湾機能を高めていく「カーボンニュートラルポート」への取り組みを始めています。もう一つ、海の中に藻場を形成してCO2を吸着させる「ブルーカーボン」に注目しています。大阪湾全体で広域的に実施できれば地球温暖化対策に貢献できるものです。
齋藤 大阪湾ベイエリアを万博に向けて活性化して、人やモノが行き交う場所にする取り組みが大事ですね。「ブルーカーボン」については私も興味を持っています。あれほど悩まされていた赤潮はなくなりましたが、今度は逆に「きれいすぎる海」になりました。プランクトンや海草が育つ豊かな海に戻し、いかなご漁やノリ養殖など水産業を守り、さらにCO2削減に貢献すれば、事業者にとっても、地球にとってもハッピー。広域行政として、しっかり取り組んでいきたいと思っています。
久元 実は、神戸市として県全体に貢献したいと思っているテーマがあります。それは「県産材の活用」です。市内の公共・民間建築で県産材が使われることが望ましく、林業振興、SDGsにも貢献できます。ところが、神戸には林業が存在せず、林業行政も存在しません。兵庫県は森林管理や有害鳥獣対策などに関して非常に多くの人材やノウハウを蓄積されています。神戸市の手薄な部分のサポートをぜひお願いいたします。
齋藤 兵庫県には多くのノウハウがあります。適正な森林管理によるCO2吸収量をクレジットとして売買できるJクレジット制度の活用や、災害に強い森づくりなどを、神戸市とどう連携して進めていくか。ご意見を踏まえ検討していきたいと思います。
三宮再整備、元町エリアのグランドデザインに向けて
―神戸のまちの再整備についてはどうお考えですか。
齋藤 まちをリノベーションしていくことが都市全体の魅力を継続的にアップさせることにつながります。神戸市では三宮の再整備が本格化します。中でもJR三ノ宮駅周辺の活性化がまち全体の活性化のポイントになると思います。県としてもできる限りサポートをしていきます。兵庫県全体の発展のために神戸市との連携は不可欠です。また、都会も、多自然地域も、それぞれが共にあり共に支え合いながら県全体が成り立っているという視点を持って、兵庫県全体を盛り上げていくことが大事だと思っています。
久元 三宮再整備をサポートいただけるとお聞きして、非常に心強く思います。兵庫県と進めているいくつかのプロジェクトの中に新長田の再生があり、県市合同庁舎は画期的な取り組みです。県税と市税の事務所が同じ建物内にあるのは全国でもほとんど例を見ません。さらに兵庫県立総合衛生学院を移転していただく予定であり、兵庫県の施策のお陰でさらに若い人たちに長田へ来てもらえることになると期待しているところです。
―庁舎建て替えを含む県庁再整備事業についての方針は。
齋藤 県庁再整備についてはさまざまな議論がありますが、大きな投資であり、コロナによって働き方が変わってきている中で、私としては一旦立ち止まって新たな計画を作らせていただくことが県民の皆さまにとっても最善策だと考えています。県庁建て替えも視野に入れながら、JR元町駅周辺や県庁周辺、元町商店街など、様々な魅力あふれるコンテンツを持つ元町に民間投資を呼び込み、三宮と同時にどう活性化していくか、神戸市と連携し地元の方々との意見交換もしながら、グランドデザインを描いていきます。
久元 県庁再整備についてのお考えは神戸のまちづくりにも大きく関わってきますので注目しています。特に元町周辺、中でもJR元町駅西口は県庁側と駅改札口との間に高低差があり、歩きにくい場所となっています。県と市で協議しながら良い方向に進めていくことが重要です。
万博を見据えた仕掛けづくりを
―2023年のJR「デスティネーションキャンペーン」は兵庫県が舞台です。これからの観光についてどうお考えでしょうか。
齋藤 プレ実施を含め、今年から複数年にわたるキャンペーンが兵庫で展開され、その先に万博があり、観光の飛躍へと流れができているということを大きなチャンスと捉えています。ここで重要なのは新たな観光人口拡大のための仕掛けづくりです。観光地の様子を見ると、今までの団体旅行とは違って少人数の個人旅行のお客さんが増えているようです。そういったお客さんに満足していただくには、本物を知っていただく旅の提供がポイントです。兵庫県では万博を見据えて、人の流れを呼び込む「フィールドパビリオン」構想を進めたいと思っています。地場産業や兵庫の歴史、文化、SDGsを背景に兵庫の食を楽しむ「兵庫テロワール旅」をテーマにいろいろなことをコンテンツとし体験して交流することがこれからの旅行に求められます。そのベースになる海上交通や神戸空港など交通インフラの活性化を進めていきます。
久元 奇しくも令和元年の関西3空港懇談会で、神戸空港の国際化について2025年度を目途に検討することで合意しました。空港の国際化がビジネスはもちろん、観光という面でも神戸のみならず兵庫県、関西にとって良い効果を生むものと確信しています。
「ひょうご神戸スタートアップファンド」を設立
―新しいビジネスの創生についての今後は。
齋藤 起業の支援には若い世代の方が兵庫県で活躍していただきやすい環境づくりがまず必要です。また、大学生になるもっと前から起業についての教育をすることがチャレンジする姿勢にとって大切だと言われています。そこで中高大学生を対象に「ひょうごスタートアップアカデミー」を4月から開始し、実践的プログラムを実施します。いわゆる「ユニコーン企業」として成功するだけではなく、社会課題を解決していくためのスタートアップが大事になってきています。若い人たちが、私たちには思いもよらないアイデアを出してくれるかもしれません。テクノロジーと県民の困りごとをうまく融合させる取り組みを進めたいと思っています。
久元 神戸市ではスタートアップの支援策に早くから取り組み、2016年には「500スタートアップス(現在は500グローバルに名称変更)」と連携した起業家育成プログラムを日本で初めて展開しました。そこからITを中心とした企業が神戸でビジネスをスタートしています。社会課題を解決するスタートアップの需要が増え、17年から行政とスタートアップが協働する「アーバン・イノベーション神戸」を始めました。行政から仕様書を出して入札にかけ値段で決定するという従来の方法ではなく、実務的に職員が困っていることを提示して、解決してくれるスタートアップを募ります。今までにない発想を取り上げ、スタートアップが持つアイデアの実験場所が提供でき、さらにディスカッションする職員の意識も変わり新しい発想が生まれます。神戸にとどまらず、日本中に広めようと「アーバン・イノベーション・ジャパン」として展開されています。
神戸医療産業都市ではイノベーション拠点として「クリエイティブラボ神戸(CLIK)」を開設し、2階の「スタートアップ・クリエイティブラボ(SCL)」にはライフサイエンス分野のスタートアップが集積し始めています。
しかし、これからのスタートアップは最先端の分野に限らず、例えばキッチンカーのような手ごろなやり方まで含め、新たにビジネスを興すということが経済社会を活性化させ、イノベーションの動きが生まれてくると思います。幅を広げ、厚みのあるスタートアップが集うまちになるためにはまだまだやるべきことがあります。
齋藤 スタートアップの資金面からの支援として神戸市と連携し「ひょうご神戸スタートアップファンド」を2021年3月から始動し、既に4社への投資が完了しています。
今後も神戸市と連携を強め、協力しながら兵庫、そして関西全域の経済・文化の活性化を図っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
久元 こちらこそよろしくお願いいたします。
(3月4日、兵庫県庁にて)
兵庫県知事 齋藤 元彦(さいとう もとひこ)
1977年神戸市生まれ。2002年東京大学経済学部卒。2002年総務省入省。佐渡市企画財政部長、飯舘村政府現地対策室、宮城県総務部市町村課長、宮城県財政課長、総務省自治税務局都道府県税課課長補佐、同省自治税務局都道府県税課理事官を歴任。2018年大阪府財務部財政課長。2021年大阪府・総務省退職。2021年8月兵庫県知事(第53代)に就任
神戸市長 久元 喜造(ひさもと きぞう)
1954年神戸市生まれ。1976年東京大学法学部卒。1976年旧自治省入省。札幌市財政局長、総務省自治行政局行政課長、同省大臣官房審議官(地方行政・地方公務員制度、選挙担当)、同省自治行政局選挙部長、同省自治行政局長などを歴任。2012年神戸市副市長。2013年に第16代神戸市長に就任。2021年10月に3期目の当選を果たす