4月号
情熱のタンゴは、時代遅れ「アート」のタンゴを語ります
バンドネオン奏者 小松亮太さん RYOTA KOMATSU
「情熱大陸」テーマ曲を思い出すことができる方はご存知のはず。イントロのメロディをドラマチックに奏でているのがバンドネオンです。若い頃から第一人者として活動されてきた小松亮太さん。2021年はタンゴの専門書を執筆。演奏家の目線で、その奥深さと面白さを語っています。ビルボード大阪でのライブでファンを大いに沸かせた次の日、お話しくださいました。
タンゴの真実を知ってほしい
ー本の中に『タンゴを語る時「情熱」「官能」「哀愁」「魅惑」を禁句にしてはどうだろう』とあります。今日も禁句ですか?(笑)その真意は?
「情熱」ってどの音楽にもあるでしょ(笑)。情熱があるから練習して、舞台では何かを届けたいって「情熱」をもって演奏するわけですから。それにタンゴの国といわれるアルゼンチンの人たちの気質が情熱的かと言ったら、そんなことはないですし。「情熱」の国が生んだ「魅惑」のタンゴ。「官能的」なダンスと「哀愁」のバンドネオン。これで完成しちゃう。イメージだけで表現されている気がしていたんです。
カルチャーって、そんなに簡単でワンパターンなものではなく、本流があれば邪道もある。保守的なもの、革命的なもの、ユニークなもの。どれかだけをピックアップしてそれだけを見るのは危険だな、って思うんですよ。思い込みじゃなくて、もっとちゃんと知って欲しいなと思って書いた本です。
ーシンプルにお聞きします。タンゴってどんな音楽?
アルゼンチンに渡ったヨーロッパ系の人たちが作った音楽。アルゼンチンの中でもブエノスアイレス限定です。土着の音楽ではないので、民族音楽というジャンルにも当てはまらないんですよ。クラシックのムーブメントをベースに、移民たちのそれぞれの国の音楽が入り混じっています。
面白いのはね、ダンス音楽でありながら黒人が作った音楽ではないってところ。リズムが特徴的なのに、黒人音楽の特徴でもある打楽器は元々入らなかったんです。室内楽みたいな編成で、リズムも他の楽器が担当します。
ーダンスは頭に浮かびます。セクシーな衣装を着た女性が毅然と踊る感じ。
それは競技ダンスですね。首を激しく横に振るアクロバティックな…(笑)。イギリスに渡ってそうなったんです。他人に見せるためには、派手なパフォーマンスと衣装が必要だったのでしょう。もともと人に見せるためのダンスではないので、首は振りませんし、セクシーでもありません。本来のタンゴは「ダンスによる会話」が僕のイメージです。
楽器について
ータンゴを奏でる「バンドネオン」ってどんな楽器?
蛇腹楽器の一種です。アコーディオンとの違いを聞かれることが多いのですが、見た目の違いを簡単に言うと、縦長の長方形がアコーディオン、横に伸びるのはバンドネオン。蛇腹を使って空気を出し入れし、ボタンを押すことで音を出します。アルゼンチンの印象がこれだけ強いのに、実はドイツで考案されました。装飾がとても美しいんですよ。音色だけでなく、見た目の美しさに魅力を感じる奏者やファンもいる、非常に珍しい楽器です。
本を書くために調べていてわかったのですが、バンドネオンは美しいとされる比率を用いた「白銀長方形」。法隆寺や伊勢神宮の建造物にも用いられているそうです。作り手の目論見による美しさであったのか、たまたまなのかわかりませんが、これ、僕が第一発見者だと思います!
ー伸びたり縮んだり、螺鈿の装飾がキラキラしたり。魅せ方も意識していますか。
カッコつけるつもりはないのですが、いい音が出ている時はカッコイイと思います。いい音を出すために楽器の動きは重要ですし、そのためには奏者の姿勢や向き、呼吸も重要です。全て揃って初めていい演奏ができます。鍵盤楽器っぽくもあり、管楽器っぽくもある唯一無二のバンドネオンに僕は中2の時に出会って、それから一筋です。
アストル・ピアソラという人
ータンゴと言えば、「リベルタンゴ」が頭の中に流れる人も多いと思います。サントリーのCMでチェリスト、ヨーヨー・マの演奏が使用され有名になりましたね。
80年代はピアソラ・ブームでした。ヨーヨー・マさんの演奏は、サポートメンバーが全員タンゴ奏者だったのでタンゴの世界そのまま。素敵なリベルタンゴでした。おかげでピアソラの名前と共にタンゴが広く知れ渡る事になりました。バンドネオン奏者を目指す人が増え、今でも、僕のところに学びに来る人は、ピアソラの名前を口にします。
ーピアソラはタンゴの作曲家?
タンゴの作曲はほんの一部で、クラシックもジャズもロックも残している作曲家で、アレンジャーでもあり、バンドネオン奏者でもあります。幅広い才能があり、僕は彼自身が『アート』だと思っています。
70年代に発表した「リベルタンゴ」は実はロックだったんですよ。アップテンポで、エレキギターが入ります。いま聴くとすごくカッコイイ。今年は没後30年にあたるので、記念に、ライブで演奏しています。「いいね」って声をたくさん頂いています。
ークラシックもジャズもロックも自由自在とは…
映画音楽でいうと、ジョン・ウイリアムズやジェリー・ゴールドスミスと同じ世代なんですが、彼らはポップスにクラシックの要素を初めて入れた、すごい革命を起こした人たちです。「E・T」「スターウォーズ」。どこかクラシックを感じますよね。
ピアソラ含め、僕はそういう、それまでご法度とされてきたことを誰もが納得し、認めざるを得ない作品として発表してきた先輩たちって素晴らしいと思っています。
だって、昔はクラシックをやってる人が偉かったんです。本気で敷居が高かったんです。そのいい例が学校教育。学校で習うのはクラシックが基本でしたよね。アートにどっちが基本とか偉いとかおかしな話、今は変わってきていますけど、ようやく、です。
ー様々なジャンルがあることを知るのはいい事ですね。
はるか遠くの国のひとつの地域で生まれた音楽を日本で演奏している。「いいな」と聴いてくれる人がいる。素晴らしい世界です。ただ、カルチャーを守るという意味で、古典も大切にしていきたいと思います。「コラボ」「ジャンル越え」、聞こえはいいけど、ジャズ“風”、タンゴ“風”という間違った解釈の音楽があふれるのは危険だと思います。
若い頃、銀座にあった会員制クラブで演奏していた時に、飲みに来ているおじさんたちが「うるさい」人たちだったんですよ。「○○なんかタンゴじゃない」とか「それは違う」「間違いだ」と指摘する(笑)。でもそういう人たちに教えられたことは大きいです。
ーおじさんたちが認める正統派のタンゴとは?
ファン・ダリエンソは完全な嗜好品。カルロス・ディサルリは芸術の人。タンゴのど真ん中、アルフレド・ゴビ。好みによって分かれます。ロックやジャズと同じです。ピアソラ「リベルタンゴ」を知っている方にはぜひ聴いてみて欲しいです。
普段の音楽とDNA?
ー小松さんの生活で普段流れている音楽は?
クラシックです。シンフォニー、特にブルックナーが好きです。ベートーヴェンは聴くけれど、モーツァルトとハイドンはあまり好きではないです。オペラもわからないな。好き嫌いははっきりしているかもしれない。怒られちゃうかな(笑)。
ー演奏活動をしながら本の執筆、大変でしたね。
誤解や間違いが多くて、誰かが書かなくちゃいけなかったんです。始めてみると、文化論やヨーロッパの歴史など、勉強しなくちゃいけないことがいっぱいあり、学ぶことを今後も続けていかなくちゃいけないと、痛切に感じました。
僕が本を書いたのは「書きたいDNA」があったからだと思うんです。祖父は小説家になることを夢見ていた人で、東南アジアに従軍した際の体験を書いた本を残しているんです。祖父に書かされたって考えると、もうそれは大変でも仕方がなかった。書く運命だったんです(笑)。
小松亮太 バンドネオン
1973年 東京 足立区出身。さそり座 AB型。
高校時代よりソロ活動。98年のCDデビューを果たして以来、カーネギーホールやアルゼンチン・ブエノスアイレスなどで、タンゴ界における記念碑的な公演を実現している。アルバムはソニーミュージックより20枚以上を制作。タンゴ界にとどまらず、ソニーのコンピレーション・アルバム「image」と、同ライブツアー「live image」には初回から参加。作曲活動はフジテレビ系アニメ『モノノ怪』OP曲「下弦の月」、TBS系列『THE世界遺産』OP曲「風の詩」、映画「グスコーブドリの伝記」(ワーナーブラザース配給・手塚プロダクション制作)、「体脂肪計タニタの社員食堂」(角川映画)、NHKドラマ「ご縁ハンター」のサウンドトラックなど多数を手掛けている。16年12月「小松亮太meetsワールドバンドネオンプレイヤーズ」開催、17年7月にイ・ムジチ合奏団と共演するなど海外アーティストとの公演も重ねている。18年度より洗足学園音楽大学客員教授。