1月号
神戸で始まって 神戸で終る ㉓
第7回展は2014年、阪神・淡路大震災20年展として兵庫県立美術館、出原均学芸員をゲスト・キュレーターに迎えた「粋と水平線と・・・グラフィック・ワークを超えて」と題した、この美術館初のグラフィックを中心にした展覧会が開催された。キュレーターの出原均さんはすでに述べたように横尾忠則現代美術館設立に際して、当初から深く関わっていただいており、本展のアイデアは、以前からの出原さんの興味の対象でもあった。
出原さんは、横尾のポスターがグラフィック作品の粋を超えて、絵画と同等の表現行為であることを「粋」「水平線」「人物」「文字」「繰り返し」「集合」「変容」の7つのキーワードから解き明かしてみせたと語る。作者の僕はこのように作品が分析され、解体されたことに一種の驚きを禁じ得なかったが、そう言われてみれば、このような多面的なエレメントによって僕のポスター作品が創作されていることに改めて気づき、客観的な視点で自作に接したことが大変面白かった。出原さんは僕の作品をこのように分析することで、作品批評を行った。一般の観賞者もこのような観点で作品に接する体験を、初めて経験したのではないだろうか。批評の役割とは結局こういうことなのではないだろうか。
次の第8回展は足掛け20年近く、写真家の篠山紀信さんが撮り続けた「記憶の遠近術~篠山紀信、横尾忠則を撮る」と題する写真展で、この美術館初めての横尾作品以外の作家の作品展となり、この展覧会によって横尾忠則現代美術館の活動の巾が拡大される切っ掛けになった。従来の横尾の作品の活動だけではなく、横尾の生活や個人史的な世界へ視座を拡大しようという美術館側の方向を暗示する展覧会になったと思う。
篠山紀信さんとの交流は長く、1964年の東京オリンピックの年から始まり、「コマーシャル・フォト」誌で当時話題になった様に広告のパロディ作品のコラボレーションに端を発し、1970年に「an・an」誌による、10年ぶりに郷里西脇に帰省するドキュメント作品、その後、帰還前の沖縄に2人で旅する、そのような機会の写真を母胎にして、さらに僕のアイドル、スターとのツーショットと、その後、アイドルが友人にまで拡張し、個人史的な領域へと関心が拡がり、さらに海外へと輪を拡げて、時間、空間的表現へと篠山さんの写真領域が達成していった。そのほぼ全作を写真集では表現できなかった美術館の空間を最大限に利用した展示によって、新たな体験作品に変貌していって、カタログも写真集スタイルで発表された。
写真の中には僕の神戸時代の人達や、初めて神戸に新居を持ったアパートなどがまだ存在していて、神戸の震災以前の風景を写真の中で回想する地元神戸の人達にとっては懐かしい風景として大きい関心が抱かれた。
そうした神戸のノスタルジー風景とは別に、今は亡き昭和のスター達に観賞者自身の個人的視点と歴史的現実を合わせ鏡のようにして観賞する年輩者の姿もあった。そのような昭和のスターの中には、川上哲治、大下弘、石原裕次郎、三島由紀夫、田端義夫、嵐寛寿郎、浜村美智子、大島渚、高倉健、鶴田浩二、瀬戸内寂聴、柴田錬三郎、手塚治虫、浅丘ルリ子、山川惣治、亀倉雄策等々、ここに登場する友人の多くも今は鬼籍の人となってしまった。余談になるが、自分も長く生き過ぎたと思うことがある。日本人の男性の平均寿命もとっくに通り越していて、自分がまだいるということ自体が奇跡ではないかと思うことがある。また会期中には篠山さんのトークショーと磯崎新さんと横尾の公開対談も行われた。
この篠山紀信展のあとは、2015年1月24日から開催された「大涅槃」展である。担当学芸員は、最近兵庫県立美術館に移動した林優さんが、僕のコレクションした600体の涅槃像を会場の中央に見事なインスタレーションによって、見る人の目を釘付けにした。タイの等身大の涅槃から、2センチ大の極小涅槃まで、東南アジアからヨーロッパ、アメリカへ涅槃探しの旅に出掛けた。ところがなぜ涅槃像に取りつかれたのか、自分でもさっぱりわからない。理由も目的もなく、ただ涅槃像を求めて、骨董市から玩具市まで、血まなこになって涅槃を求めた2年間だった。こうして集めた涅槃像と近代洋画家の描いた横臥裸像や近世日本美術の仏涅槃図も同時に異色の展示になった。また、会期中には、その昔、僕の担当編集者であった玉川奈々福さんの浪曲ライブも開催され、彼女の名調子に観客はすっかり聞き入った。
さて、「大涅槃」展のあとの10回展は「カット&ペースト」展のコラージュ展が待っていた。キュレーターの山本淳夫さんは横尾作品においてはコラージュ的手法や考え方が非常に重要な役割を果たしているが、とりわけそれが先鋭的かつ直接的に前景化した80年代末~90年代初めの時期に着目した。2Fにはキャンバス・オン・キャンバスの多重絵画、3Fにはテクナメーション17点が一同に展示された他、NY在住のアーティストKAWSのコレクションより2015年のコラージュ作品9点が特別に展示された。会期中には先年他界した小杉武久らにより、音のコラージュをテーマに、デヴィッド・チュードア「レインフォレスト」が演奏された。
僕の作品の多面性は、コラージュの経験から発想されたものが大半である。アカデミックな美術教育の経験のない僕は、絵の出発から他者の作品の複製を寄せ集めて、それを同一画面に平置きする手法に従ってきた。僕のコラージュの前身は模写である。模写の手間を省くことが、後のコラージュに変換されていったように思う。もしアカデミックな絵画教育を受けていたら、いきなり模写をしたりコラージュの手法を取り入れることはなかったと思う。
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。横尾忠則現代美術館にて「横尾忠則の恐怖の館」展を開催中。大分県立美術館にて「GENKYO横尾忠則」展を開催する。(12月4日〜2022年1月23日)
http://www.tadanoriyokoo.com