3月号
KOBECCO 対✕談 2021 安藤忠雄✕久元喜造 こども本の森 神戸
「こども本の森 神戸」2022年春開館に向け本格始動
市民が力を合わせて図書館を育て、子どもたちを育てる
建築家・安藤忠雄さんが設計、東遊園地に建設し神戸市に寄贈される子どものための図書館「こども本の森神戸」。2020年9月に着工し、神戸市が進める都心・三宮再整備事業の一環として本格的に動き始めている。22年春の開館に向けた思いを安藤さんと久元市長に語っていただいた。
子どもたちが「帰って来たい」と思うまちにしよう
―安藤さんと神戸とのつながりは。
安藤 建築の仕事を始めたばかりの頃、三宮地下街で店舗内装の仕事に関わったり、北野町に幾つか商業施設をつくったりしていましたので、神戸のまちには深い思い入れがあります。山と海が近接し、多くの坂と、歴史を重ねた建築の数々が、美しい景観を織りなす日本でも有数の魅力的な街です。生活環境としては、神戸の街は日本一じゃないかと思っています。まちが奇麗だと、住んでいる人の身だしなみも奇麗になり、それが子どもたちにも伝わっていく。商売のまち大阪とはちょっと違うかな(笑)。
久元 大阪・京都・神戸にはそれぞれ特徴があり、良さがあります。例えば、京都には他には真似できない長い歴史があり、明治以降に住んだ人など「新参者」ですからね(笑)。神戸は明治の開港など、港町としての歴史があります。開かれたまちだからでしょうか、ずっと住んでいる人も、新しくやって来る人も一緒になって何かおもしろいことを始められるまちだと思っています。子どもたちも知らない人とコミュニケーションが取れる、新しいことにチャレンジできる、そんな雰囲気がありますね。
安藤 生まれ育った人たちが、「このまちで良かった」と誇りを持てるまちであり、また外から来た人にとっても、魅力のあるまちだと思います。ノーベル賞を受賞された山中伸弥先生も、大阪で生まれ育ち今は京大におられますが、神戸大学出身ですから、「神戸は第二のふるさと」だといつも話しておられます。この個性的なまちをもう少し活気づけるためには市民一人一人が考えなくてはいけない。私たち民間人ができることで、少しずつサポートしたらもっと良くなるはずです。私は、まちの未来はそこで育つ子どもたちの元気に掛かっていると思います。そこで、神戸の子どもたちが、幼いころから良質な本と出会うことができ、豊かな感受性を育めるような施設をつくってはどうかと考えたのです。
―そこで、子どもたちのために図書館を造っていただけることになったのですね。
安藤 きっかけは、カーネギーホールをつくったことで有名なアンドリュー・カーネギーです。彼は子どものころ貧しくて大変な苦労をしています。新聞配達の合間に本を読み、それを生きる力にしたというエピソードがあります。経済界を引退後は全てを慈善事業に捧げ、アメリカ中に図書館をつくっています。それを知って、「私も次の時代の為に何か残せないか」と(笑)。「こども本の森 中之島」に続き、今回は久元市長からのご推薦もあり、1・17を語り継ぐ場でもある東遊園地につくらせていただくことになりました。神戸の子どもたちにとって忘れられない場所になってくれたらいいなと思っています。
久元 神戸は今、三宮からフラワーロードを通ってウォーターフロントまで、潤いがあり、人々が集まり憩えるエリアにしようと思い切った再整備を始めています。まさにその線上にあり、震災の慰霊と追悼の地でもある東遊園地につくっていただけることになり、子どもたちだけでなく神戸市民、そして神戸を訪れる人たちにとっても素晴らしいことだと思っています。
考える力は本を読み、
五感で感じ取って育まれる
―子どもの時にたくさん本を読むことはなぜ大切なことなのでしょうか。
安藤 私はいつも「スマートフォンを使う時間をせめて半分にして、新聞を読み、本を読み、考える力を付けなくてはいけない」と言っています。考える力が付くと判断力が養われます。例えば今、コロナで大変な状況でも前に進まなくてはいけない。社会制度が行き届いた日本において、普段の生活をこなすことは難しいことではありませんが、このような非常事態に直面したときは判断力がなければ切り抜けられません。私の事務所でも通勤時間帯をずらしたり、リモートワークをしたり、自分達の頭で考えながら対策を取っています。
久元 そうですね。コロナ禍で「外出を自粛しなさい」と言われてからといって家に引きこもってばかりいては心身ともに病んでしまいます。ここ1年の経験を基に、どうしたら感染しないですむのかを自分で考え、判断して、たまには風通しのいいまちの中を歩いてほしい。五感で感じとることはとても大切ですからね。そういった考える力はネットだけでは養われないでしょうね。これは論理的に証明できるわけではありませんが、経験知から言えることです。
―お二人それぞれの子どものころの本の思い出は。
久元 記憶に残っている本はたくさんあります。トム・ソーヤの冒険、怪盗ルパン、シャーロック・ホームズ…学校の図書室で友達と奪い合うようにして借りて読みましたね。小学校低学年のころ記憶に残っているのは『しあわせの王子』や『シートン動物記』の中の灰色グマの物語。高学年になってからは、インドのネール首相が獄中から娘のインディラに送った手紙が一冊の本になっているもので、その中で印象深かったのが日本の歴史について書かれている部分です。教科書で習った内容とはかなり違って、「他の国の人から見たらこんなに違うんだ」と思ったことを鮮明に記憶しています。
安藤 私は大阪の下町で育ったのですが、家の隣がたまたま貸本屋で、よく手塚治虫さんの『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』を借りて読みました。漫画でも手塚さんの描く空想の世界は、十二分に子どもの想像力を鍛えてくれました。伝記もよく読みましたね。偉人達それぞれの考え方が伝わって、刺激になりました。
館内でも、外の芝生広場でも、自由に本を読める図書館
―「こども本の森 神戸」はどんな図書館になるのか楽しみです。
久元 図書館の多くが受験勉強をするための自習室のようになっています。それも一つの形としていいのですが、「こども本の森 神戸」は館内で本を自由に読み、外に持ち出して東遊園地の芝生で陽射しを受けながら読むこともできる、そんな図書館にしたいと思っています。
安藤 神戸市民みんなが自分の子どものように育てていく図書館。館内に置く本も市民の皆さんから寄付を頂き、自分たちの図書館として育てていただく。大きすぎる都市ではできません、ちょうどいいサイズの都市・神戸だからできることです。
―具体的な計画はありますか。
安藤 ノーベル賞受賞者の山中伸弥先生、野依良治先生、そのほかにもアルピニストの野口健さん、もと宇宙飛行士の毛利衛さんなどから、御自身が子どものころに読んだ本を提供いただき、子どもたちに見てもらえるコーナーを作る予定です。この図書館が本に一歩でも近づくきっかけになるといいですね。
久元 子どもたちには最初だけでなく、続けて来てもらわなくてはいけません。そのためにはいい本がたくさんあることが条件ですから、安藤先生から素晴らしい本を提供いただき感謝しています。また、市民の皆さんからのご寄付を活用して子どもたちにぜひ読んでもらいたい本をそろえていこうと計画しています。もう一つは、神戸のことを学べるコーナーを作ることです。神戸は昭和20年の空襲で焼け野原になりそこからよみがえり、そして震災から復興してきました。試練を乗り越えてきた歴史や思いが子どもたちにしっかりと伝えられるようなコーナーです。バラエティーに富んだ図書館を市民の皆さんと協力しながら作り上げていきたいですね。
安藤 ヴォーリズが山の斜面地にたくさんの西洋館を造り、それが日本の住宅の原型になりました。西洋の発祥の地という歴史的な側面を見ていると、神戸は生活文化レベルが圧倒的に高いまちだと思います。ぜひ、このまちの歴史を知るコーナーを充実させてほしいと私も思います。
久元 はい。小学校では神戸の歴史を学ぶ授業の副読本を作っています。学校現場にも歴史に詳しい先生方がいらっしゃるので、協力してもらって今の神戸の成り立ちを知るコーナーを作りたいと思います。
何ごともメンテナンスを忘れずに!
―最後に、今後について一言お願いします。
久元 今回は安藤先生に、子どもたちが読書に親しみ、生きる力と考える力、想像力を育むことができる素晴らしい環境を整えていただくことになりました。市民が力を合わせて子どもたちの成長を優しく見守り、時には手を差し伸べ、みんなで子どもたちを育てるまちをつくっていきます。
安藤 阪神・淡路大震災の後、約12万5000戸の復興住宅に対し白い花の咲く木を25万本植えようと計画しました。植樹は目標を上回る30万5000本を達成したのですが、上手くいかなかった面もあります。メンテナンスが行き届かず、枯れてしまうものも多くありました。子どもも同じ。産んだ子どもをきちんと育てるまちにしないといけません。人生100年の時代、しっかりメンテナンスして豊かに生きていくことが肝心です。私などはもう後が短いですが、久元市長にはまだまだ頑張ってもらわないとね(笑)。神戸の子どもたちの中から新しい人材が育ってくれることを願っています。
「こども本の森 神戸」 〜2022年春 東遊園地に誕生!〜
2022年春 建築家の安藤忠雄さんの寄付により東遊園地に「こども本の森 神戸」が誕生します。蔵書は、絵本を中心に、図鑑や写真集、児童文学、震災関連の本など約25,000冊を予定。こどもたちが良質で多様な本に出会い、豊かな感性と創造力を育めるような施設として整備していきます。