10月号
小さな切開で改善できる症状がある。 ぜひ知ってほしい「低侵襲心臓手術」
「低侵襲心臓手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery」(以下=MICS)の第一人者・岡本一真さん。小さな切開でできる心臓手術とはどんな治療法なのでしょうか。長年の経験を生かし地域医療に携わる岡本先生に、地元神戸への思いと併せてお伺いしました。
社会医療法人 愛仁会 明石医療センター
心臓血管低侵襲医療センター長 岡本 一真 さん
術後の回復が早く、早期の社会復帰が可能なMICS
―心臓血管低侵襲治療センターとは。
心臓疾患の治療は胸を切開する手術を心臓血管外科、カテーテル治療などを循環器内科、それぞれが担当していました。最近は胸部動脈瘤や心臓弁膜症でもカテーテル治療が可能なケースが増えてきました。一方、大動脈弁や僧帽弁の治療などでは切開手術が必要なケースも多くあります。そこで2つの科を横断し、さらに小さな切開で治療するMICSも含め、患者さんの負担が最も少ない治療を選択できるよう開設されています。
―MICSとは、どんな手術法でしょうか。
胸骨を大きく切開する「胸骨正中切開法」に対し、「小切開心臓手術」ともいわれ、胸骨の第四肋骨に沿って5~6センチ切開し、内視鏡と特殊な器具を操作しながら弁の形成や置換などを行います。僧帽弁に異常が生じ血液が逆流する僧帽弁閉鎖不全症、僧帽弁狭窄症における僧帽弁形成術が主です。当センターでは形成術の約9割がMICSで行われ、これは全国的に見ても高い比率です。心房細動の治療や大動脈弁置換術などでもMICSを選択するケースがあります。
―MICSのメリットは。
小切開ですから手術中の出血が少なく、傷跡が小さいこと、さらに胸骨を切開しないので骨の傷や痛みがなく、術後早期にリハビリを開始でき回復が早いことです。通常、心臓手術をすると2~3週間の入院が必要ですが、MICSの場合は1週間程度で退院し早期の社会復帰が可能です。
―ぜひ、MICSでお願いしたくなりますが…。
胸骨正中切開法を基本として、さまざまな術前検査を行い条件が整えばMICSでの治療が可能です。カテーテルステント法が確立されている冠動脈バイパス手術や、僧帽弁形成と同時に大動脈弁置換というように2つ以上の処置を同時に行う必要がある場合には適用されません。
―なぜですか。
心臓手術では心臓を一旦止めなくてはいけません。MICSでは人工心肺装置を特殊な使い方をして足の付け根から入れる管を通して血液を全身に送りながら行いますが、胸骨正中切開法に比べ切開部分は小さく、狭い術野下で高度な技術を要する緻密な処置をします。どうしても時間がかかり、時間内にできる処置は限られます。
心臓手術はチームで支え合い幾つも障害を乗り越えていく
―岡本先生の技術があれば心強いですね。
もちろん長年関わってきた経験があり、MICS適用が可能な症状や全身の状態の判断はできると思っています。さらに時代と共に工夫を重ね、安全域は大きく広がってきています。しかし心臓手術はトラブルシューティングの積み重ね。決して私一人の力ではゴールには辿り着けません。例えば、どんな事態が発生しても臨床工学士が慌てずに人工心肺装置を調整してくれるという安心があるから周りの状況に惑わされることなく手術に集中できます。麻酔科医、看護師などチームスタッフが、それぞれ自分が持っているたくさんの引き出しを使って冷静に対処してくれるという信頼がなければ、医者の技術だけで安全な手術はできません。
―患者さんにはあまり知られていないようですね。
僧帽弁を人工物と取り換える置換術に比べ、自身の弁を残し修復する形成術は予後が良く、MICSではかなり高いレベルで確立されている治療法にもかかわらず、あまり知られていません。早期の形成手術で僧帽弁逆流再発のリスクを抑えられたのではないかと思える患者さんを診るたびに残念でなりません。
―患者さんはどうしたらいいのでしょうか。
正しい情報を発信しているサイトで検索したり、複数の病院で話を聞いたり、実績を調べたり、比較検討してベストな治療法を見つけることが大切です。手術に踏み切れずにいる高齢のご家族がおられたら、代わりに調べてあげてください。当センターでは私に直接相談していただけるメールも開設しています。心臓外科医のところへ行ったら、すぐに胸を切開されるなどということは決してありません。どんな病気でもいえることですが、患者さんにとって最善の治療法を探し出すのが医者の務めですから。
人生観を大きく変えた地元神戸の震災
―岡本先生がMICSのパイオニアといわれるようになった経緯は。
私が医者になった1999年当時、MICSは既に始まっていましたがあまり普及せず、日本では慶應義塾大学病院だけが続けていました。お手伝いをしていた私は決してパイオニアというわけではなくセカンドジェネレーションです。より多くの症例を経験したいという必死の思いで書いた論文が認められ、当時、MICSメッカの地だったベルギーへ渡りました。その後イタリア、タイを経て、2010年、慶應義塾大学病院へ戻って来ました。以来、MICSの普及に力を注いできたという経緯があり、そんなふうに呼んでいただくようになったのかも知れません。
―2016年、どんな思いがあって関西へ戻ってこられたのですか。
充実したチーム医療体制を整え、MICSに取り組み成果を上げているこのセンターなら自分の経験を生かし地域医療に貢献できると考えたのはもちろんですが、もう一つの大きな理由は、地元神戸の震災です。大学に進学して東京にいた私は1995年1月、神戸に帰って来ていました。16日の夜、ふと思い立って帰京、翌早朝あの地震が起きました。実際に体験しなかった私には、精神的に疲弊していく友人、知人にどうしてあげることもできず、避難所になった母校の光景はそれまで見慣れたものとは全く違う世界でした。正直、医者になるといっても大した志もなく、〝人の命を救う〟など考えてもいなかった私の人生観が大きく変わりました。そして、いつかは地元に戻ってやるべきことがあるという思いをずっと持ち続けてきました。
―神戸医療産業都市推進構想の医療機器開発部門アドバイザーを務めておられるのも同じ思いからですか。
私にとってポートアイランドは「ポートピア81」で観た夢のような未来社会。医療産業で盛り上げようというのはとても素晴らしい取り組みです。ところが今はまだ力が十分に発揮できていない企業がたくさんあります。新しいアイデアをどう製品化につなげるのか、出来上がった製品をどう販売網にのせるのか、開発したアプリをどう普及させるのか等々に対して、いろいろな観点からアドバイスをしながら、私自身も楽しんでいます。あのキラキラしたポーアイを再現するお手伝いをする。それが、震災前日に神戸を離れてしまった自分にできることの一つだと思っています。
岡本 一真 (おかもと かずま)
プロフィール
1973年生まれ。大阪育ち。中高時代にバブル期の神戸を満喫。慶應義塾大学医学部卒業後、外科の道に進み心臓血管外科を専攻。ベルギー、イタリア、タイで修業。慶應義塾大学外科学講師を経て明石医療センターに赴任。心臓血管低侵襲治療センター長として「身体にやさしい心臓手術」を追求している。東灘区在住
https://medicalnote.jp/features/akashi/doctor_okamoto
■明石医療センター
明石市大久保町八木743-33
TEL.078-936-1101