10月号
パンヲカタル 浅香さんと歩く | パンさんぽ |番外編(サ・マーシュ)
余計なものは削ぎ落し、無心に焼く。
作りたいパンが見えてきた。
1月号「パンさんぽ」でお話を伺った「コム・シノワ」の荘司索シェフを〝師〟と仰ぐ、「サ・マーシュ」オーナーシェフ西川功晃さん。荘司シェフは「師弟関係逆転ですよ」と言う。お互いをリスペクトしながらいつも同じ方向を見据えています。今回は、「幾つもの出会いが自分をここまで育ててくれた」という西川シェフにお話を伺いました。
手で感じ取る〝作為的で無作為な〟ものづくり
―今まで影響を受けた人は。
一番大きな影響を受けたのは「コム・シノワ」(神戸市)の荘司索シェフです。
震災の数年前に初めてお会いしました。「食を取り巻くいろいろなものの一つがパン」という考えを持っておられ、会って話せば話すほど同じ方向を向いていることが分かり、どんどん盛り上がり、夢を語りながらパン屋さん計画を温めていました。
―夢を実現して「ブーランジェリー コム・シノワ」をオープンしたのですね。
「君は舞台で自由に踊ってくれ」と言っていただいたけれど、意味が分からなくて(笑)。でも嬉しかったなぁ。「パンは生活に必要なもの」という気持ちがどんどん強くなっていった頃です。
「オー・ボン・ヴュータン」(東京都)の河田勝彦さんの存在も大きいです。並んでいるどのお菓子も、整っている奇麗さではなくて。そこにはこだわらない。でも信念がある。それが河田さんのお菓子です。私のものづくりの姿勢に大きな影響を与えてくれた一人です。どうしてもパンづくりがしたくて、「ビゴさんのところ(芦屋・ビゴの店)へ行きたい」と話したときも「そうか」と送り出してくれました。
フィリップ・ビゴさんのパンには「すごい!こんなバケットはとても作れない」と驚きました。形はそんなに良くはないんですよ。でも惚れ惚れする。これは河田さんと通じるところがあります。ビゴさんは〝動物的本能〟でパンを作る人でした。
作為的で不作為なものづくり、その不作為が重要だと思うんです。目で見るものでも意図するものでもなく、手が全てを感じている。そこは現在も変わらず、僕が大切にしているところです。
シンプルという原点に戻り中身に手を掛けて作る
―「サ・マーシュ」オープンに至ったのはなぜ?
無駄なものを削ぎ落とす時期にきていると考えるようになり、シンプルという原点に戻ろうと気持ちを切り替えたからです。見た目だけで選んでもらうのではなく、中身にもっと手をかける。お客さんに言葉でも伝えたいと思い、バーがある対面販売にしました。
―そして奥さまと二人で新たな「サ・マーシュ」のスタートを切ったのですね。
2年前、スタッフが抜けたタイミングで解散しました。今は、自分が作りたいパンを焼く。試行錯誤。でも楽しい。私自身の暮らしがパンなんです。それをお客さんに喜んでもらう。パン屋にもこういう形があっていいんじゃないかな。5年後に一つの結果を出そうと思っています
―変わったことはありますか。
パンのサイズを大きくして切り分ける形にしたものがある。変わったといえばその程度です。今までと違った工夫をしてみると、また違う感想をいただける。ひとつひとつが新鮮です。
他はないなぁ。厨房に入ると今も変わらず18時間座ることなく仕事をしています。そこはコロナ禍も変わらなかった。いつもと同じように仕込みやその他の仕事をして、パンを焼いていた。僕の人生はそういうことなんだと思います。
―週3日の休みは。
ほとんど店に出て来ています。講習会やイベントがある時は定休日を使いますし、その中で仕込みもありますから、なんとかうまくやりくりしています。7日間ずっとパンから離れることはないです。
いろんな人と会って話すと、自分の世界が広がる
―パン以外の楽しみは。
仕込みをしながら音楽を聴いています。強気で気分を上げるときはオペラ。パヴァロッティは荘司シェフから教えてもらいました。「パン屋さんのテーマソングが決まったよ」と言って車の中で大音量で聴かせてもらったのが「パニス アンジェリック」。「天使のパン」という呼び名がある荘厳ミサの一曲です。オペラの楽しさは佐渡裕さんに教えていただきました。
佐渡さんのオペラを観に行くと、すごいですね、老若男女問わずいつも満席。佐渡さんの分かりやすい解説で、私もすっかりオペラファンになりました。音楽を広めたいという熱い思いが伝わってきて、「僕もがんばらなくっちゃ」という気持ちになります。
手仕事でのものづくり「民藝」の趣旨に共感
―今後目指すところは。
思想家・柳宗悦によって提唱された生活文化運動「民藝」に今、すごく感銘しています。料理研究家の土井善晴さんが影響を受けたという話を聞き、「河井寛次郎記念館」へ行ってきました。彼はすごく作り込んだ個性豊かな作品を発表していますが、柳宗悦の影響を受け、生活に根差した作品へと変わっていきます。どういうことかというと、飾らない美しさを見い出したと僕は解釈しています。その美学は、5つのキーワード「誠実」「簡素」「健康」「自然」「無心」に集約されています。どれもものづくりにとってすごく大事なこと。パンづくりでも同じですが、私はせいぜい2つ「無心」と「健康」まだまだです。
子どもたちのために伝えていきたいことがある
―コロナの影響は。
お客さんは激減し、不安だったし現在もそうです。
でも新しい発見もありました。神戸KIITOの企画「パンじぃ」で、パンを作るシニア男性たちに向けてYouTubeで動画を配信しました。単にレシピを紹介するだけではなくて、みんなで笑って、楽しんで…「僕がやりたかったのはこれだ」と気付きました。パンを作ることだけが好きなのではなくて、作ったパンを喜んでもらうことはもっと好きなんだな、って。
それから、次世代に向けての新しいプロジェクトを進めているんですよ。「食」を提供する立場として、美味しいものを作るだけでいいのかな、と考えていたんです。世の中にはたくさんの食べ物があるけれど、美味しいものを選ぶのは当然のこと。それに加えて、自身の健康を考えて選ぶことも大切なことです。けれど、正しい知識は必ずしも皆が持っているわけではない。「食」って身体をつくる基本なのに、どこでも教えていないからね。それなら、まずは僕が子どもたちにパンからアプローチしていきたい。そんなことを周りの人に話していくうちに賛同してくれる人が一人また一人。大きな輪になってきました。またみんなで集まってパンのことを考えたいなぁ。
サ・マーシュ
神戸市中央区 山本通 3-1-3
TEL.078-763-1111
営業日:木曜日〜日曜日
営業時間:10:00〜18:00
http://ca-marche-kobe.jp/