2020年
3月号

KOBECCOアーカイブ 映画評論家 淀川 長治

カテゴリ:文化人, 神戸

CINEMA試写室 『愛のかたち』

フランス映画が、やはり巧い。フランソワーズ・サガンの小説は、いつもぜいたくな涙の宝石でこの愛のかたちを飾る。それをフランス映画が頂くと、いかにも巧い。
別離」は三十女のルシル(カトリーヌ・ドヌーブ)が、まるで少女みたいに、五十男の大金持ちの実業家シャルル(ミシェル・ピコリ)に豊かに愛されている。このルシルが遊びの集会で若い美青年これも三十男のくせに少年みたいなアントワン(ロジェ・バン・オル)を見た目つき、またアントワンがルシルを見た目つき。二秒くらい。その瞬間は、すぐ去ったのに、五十男のシャルルは、二台の車を用意して自分たち仲間五人で一台、あとの一台になにげない様子で、さらっとした様子で、ルシルとアントワンを乗せる。そして次のクラブで、五十男はその二人の反応を、これまたなにげない表情でニコニコと、内心はこわごわで、見守るのである。そのくせ二人を何となく近づけて、やっぱり本当にルシルがアントワンを愛し始め、ついに五十男を捨てる。捨てるのだが、働いて食っているアントワン、その小さなアパートそのうえルシルまで勤めに出て、けっきょく妊娠して、その子供をおろす金に困り、これをおめおめとシャルルに借りに来て、あれやこれやで、とうとう女はアントワンに置手紙を残して、もとの五十男の豊かな生活のもとに戻る。
ずいぶん勝手な女の話なのに、見ていて、なんとなくルシルが可哀想みたいになる。これがサガンの小説の魔法なのであろう。けれどもこの愛のかたち、春から始まり冬に終わるそれには人生の季節の哀感までしみこんで、見とれてしまう。
よく五十男がこんなことを言う。僕は妻を僕という池の中の金魚だと思っているんだよ。どこへ泳いでいったって、けっきょくは僕という池の中にいるんだからねえ。憎い言葉だし嫌な言葉だが、男のたのもしさと哀れさの二つが同居していて、妻君を愛しきっているその弱さに逆の強さが生まれていて面白い。
イギリスの女の小説家の書いた「ミス・ブロディの青春」という映画の愛のかたちは奇妙である。奇妙だけれども女の意地悪さと弱さと強さが出ていて勉強になる。
時は昭和の初めごろの一九三〇年代。スコットランドの女子高校の美しい女先生ブロディ(マギー・スミス)は、教室でセックスの話まで平気でしゃべるので生徒には受けがいい。この先生、妻のある図画の先生を愛している。その図画の先生も彼女に夢中である。それでモデルになってくれとブロディ先生に頼むと、私よりあの子がきれいですワと級の中の美人生徒をモデルにさせる。しかしその絵がいつもブロディの顔であるのも知っている。この学校にはこのブロディ先生を愛しているもう一人の金持ちの音楽の先生がいる。妻もないこの先生はお人良しの善人型。ところがブロディは図画の先生につきまとわれて、こんどの日曜日に無理に誘われて困っていると嘘をつき、それで、あなたの田舎の家に招待のあなたから私への手紙を下さいな、そう音楽の先生に頼む。音楽の先生は大喜びである。それでブロディはその音楽の先生の田舎の家へ行く。しかし、三人くらい生徒をわざとつれてゆく。このブロディの・・・愛のかたちは、男の愛をためすことと男をじらし苦しめ、その反応を見ることで、自分の将来の安全の念をおそうとする。これでは男は待ちきれない。けっきょく図画の先生からも音楽の先生からも、見放された・・・というよりも二人がブロディを、あきらめてしまう。実はブロディは、あきらめるようにさせることに酔っているウヌボレ女でもあった。けれども、もう一つその奥ではどこまで自分について来てくれるか、その愛をたしかめようとする必死の根性。お気の毒であるが、これをオールド・ミスの愛のかたちと私は見た。
もっと悲しい愛のかたちもある。アメリカ映画の「軍曹」という兵隊映画は、中隊の曹長(ロッド・スタイガー)が部下の美青年の一等兵(ジョン・フィリップ・ロー)を思いつめる。一等兵には美しい愛人がいる。フランス娘のその女と一等兵が相抱く姿を見ながら酒をガブ呑みする。しまいには耐えきれなくなって、君が好きなんだよ、ほしいのだよと酒の乱れにのって接吻する。男と男が唇を合わせて接吻したアメリカ映画はこれが初めてだった。これはどうにも仕方のない愛だった。しかもその接吻は部下や仲間の見ている酒場でおこなわれた。一等兵は自分の手で自分の唇をふいた。あくる朝、それは秋の森が黄色く赤く美しい朝だった。その森で軍曹は自殺した。
1969年9月号掲載

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2020年3月号〉
KOBECCOお店訪問|神戸ポートピアホテル 神戸串あげ SAKU
パンヲカタル 浅香さんと歩く | パンさんぽ | Vol.23 FREUNDL…
パンヲカタル 浅香さんと歩く | パンさんぽ | Vol.22 オンコーアンマ…
明日あたりはきっと春|作詞家・ミュージシャン 松本 隆さん
Tadanori Yokoo|神戸で始まって 神戸で終る ②
GLION MUSEUM 名車との出会い vol.1
Mercedes-AMG A 35 4MATIC Edition1で走る 猪名川…
無二の存在、無上の快哉 マセラティを神戸で
SAVOY北野坂|Days of Wine and Roses
永田良介商店|オーダーメイド家具[KOBECCO Selection]
北野ガーデン|フレンチレストラン[KOBECCO Selection]
トアロードデリカテッセン|デリカ[KOBECCO Selection]
ガゼボ|インテリアショップ[KOBECCO Selection]
ボックサン|神戸洋藝菓子[KOBECCO Selection]
Hair&Face Elizabeth|ヘアサロン[KOBECCO S…
らくだ洋靴店 三宮本店|セミオーダーパンプス[KOBECCO Selection…
ブティック セリザワ|婦人服[KOBECCO Selection]
御菓子司 常盤堂|和菓子[KOBECCO Selection]
THE SORAKUEN|レストラン/パーティ、カフェ/ウェディング[KOBEC…
神戸御影メゾンデコール|オートクチュールインテリア[KOBECCO Select…
北野クラブ|フレンチレストラン[KOBECCO Selection]
マイスター大学堂|メガネ[KOBECCO Selection]
マキシン|帽子専門店[KOBECCO Selection]
ALEX|トータルビューティーサロン[KOBECCO Selection]
フラウコウベ|ジュエリー&アクセサリー[KOBECCO Selecti…
STUDIO KIICHI|革小物[KOBECCO Selection]
㊎柴田音吉洋服店|ハンドメイド注文紳士服[KOBECCO Selection]
ゴンチャロフ製菓|洋菓子[KOBECCO Selection]
ノースウッズに魅せられて Vol.08
神戸大人スタイル サッカー選手 和田 倫季さん
輝く女性Ⅲ Vol.7 LAUT PHOTO 代表 フォトグラファー梶 敬子さん…
どれだけ惚れて、死んでいけるかじゃないの? 映画監督 三島 有紀子 さん
世界に誇る高級リゾートホテルをめざして
心の深くに届く医療を提供する 神戸東の基幹病院 「甲南医療センター」オープン!
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第一〇五回
縁の下の力持ち 第20回 神戸大学医学部附属病院 栄養管理部
星付きレストランシェフのフルコースを楽しみながら ワンポイントフォトレッスン
神戸いちごコレクション 2020 ~いちご畑の甘い夢~
カワムラの"神戸ビーフ"への思い Vol. 07
兵庫県立横尾救急病院展|横尾忠則の肉体と生活・創作との関係を探る
KOBECCOアーカイブ 映画評論家 淀川 長治
淡路島国営明石海峡公園|春到来 淡路島の旅|淡路島特集
あわじ花さじき|春到来 淡路島の旅|淡路島特集
国際ソロプチミスト神戸 第44回 チャリティバザー
スイミング業界の風雲児が流水プールで改革に挑む!
harmony(はーもにぃ) Vol.25 「妻が願った最期の七日間」の詩
神戸のカクシボタン 第七十五回 「和しょくや 佳肴」
連載エッセイ/喫茶店の書斎から ㊻  大岡信氏の書状
笑って、泣いて、心にしみる 『完本 コーヒーカップの耳』 阪神沿線 喫茶店「輪」…
女子ラグビーチーム「神戸ファストジャイロ」始動!