8月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第九十八回
健康保険組合の解散問題について
兵庫県医師会医政研究委員
田中皮フ科医院院長
田中 靖 先生
─健康保険組合とは何ですか。
田中 わが国は国民皆保険を実現していますが、健康保険組合は主に大企業に勤務する人が加入する被用者健康保険です。健康保険組合には大企業が単独で設立する単一型健康保険組合と、同じ業種の複数の企業が共同で設立する総合型健康保険組合の2種類あります。
─そんな健康保険組合の解散が増えているそうですが。
田中 では、健康保険組合の団体、健康保険組合連合会(健保連)が公開しているデータをもとに検証してみましょう(表)。実際にここ10年で組合数が減少傾向にあります(表ーA部分)。そして、健保連の幹部の発言によれば、高齢者医療費が増大したため拠出金の負担が大きくなり解散を余儀なくされているとのことです。ちなみに健康保険組合が解散すると、主に中小企業に勤務する人が加入する協会けんぽがその受け皿になります。
─拠出金とは何ですか。
田中 拠出金とは高齢者の医療を支援するために求められている資金のことで、後期高齢者支援金、前期高齢者納付金、退職者医療拠出金の3種類あり、大半は後期高齢者支援金と前期高齢者納付金です。
─健康保険組合の解散が増えているということは、被保険者数は減っているのでしょうね。
田中 ところが、そうではないんです。確かにこの10年で組合数は減少していますので、組合の解散があったのでしょう。しかし一方で被保険者数は80万人増加しています(表ーA部分)。その人たちの所得にもよりますが、単純に考えると人数が増えれば組合の収入は増えますよね。逆に扶養家族など被扶養者の数は130万人も減少しています。つまりその分組合の支出が減っています。と言うことは収入が増え支出が減っているので、黒字化に直結する訳です。
─加入者の所得はどう推移していますか。
田中 平成28年度までは順調に増加していましたが、平成29年度に急激に減少しています(表ーB部分)。その原因は所得が高かった団塊の世代が定年を迎えたことではないかと推測されます。平成30年の上場企業の中間決算は前年から2年連続で過去最高益を記録していますがこれは人件費の圧縮によるものではないかと思われます。
─赤字組合は増えているのでしょうか。
田中 赤字組合の数は平成21年度の方が多かったですね(表ーC部分)。健保連は「平成29年度、30年度は総報酬割によって赤字組合が増加した」としています。総報酬割とは所得の多い人がより多くの支援金を負担する仕組みのことですから、前述の通りこのタイミングで加入者の所得が減っていますので、そうなれば当然保険料収入は減ります。つまり、平成29年度に給与や賞与を減らさなければ収入増が見込め赤字組合の増加を止められたはずです。また、平成21年度は総報酬割が存在しなかったのに赤字組合は平成29年度よりも多かった訳です。ゆえに、数字の上では赤字組合の増加の要因が総報酬割とは言えないと思います。
─後期高齢者支援金は増えているのですか。
田中 増えていますが、そもそも難しいのは、医療費は若い人ほどかからず高齢者ほどかかってしまう一方、健康保険組合は若い現役世代だけが加入し、加入者がいざ定年退職になったら国民健康保険に移行させてしまうことです。つまり、健康保険組合は〝美味しいところ取り〟で、所得が少なく医療費もかかる高齢者を抱えて国民健康保険はつぶれかけてしまった訳です。それを是正しようと後期高齢者医療制度が構築されたのですね。かつて健康保険組合に加入し保険料を払い続けてきた人たちが退職し、後期高齢者医療制度に移行した訳ですから、後期高齢者支援金を負担するのは合理性があると思います。しかし、健康保険組合はその負担に反発しているのです。
─前期高齢者納付金についてはいかがですか。
田中 75歳未満の加入者数に応じて負担額が決まるので、若い加入者が多い保険者の負担が増える仕組みになっています。ですから健康保険組合の負担は増加します。健保連は「5倍増」と主張していますが、拠出金の総額で見ると平成21年からの10年間で1割ほどしか増加していません。決して過重な負担がのしかかった訳ではなく、むしろそれまでの負担が少な過ぎただけという見方もできます(表ーE部分)。
─それでも拠出金は大きな負担ではないでしょうか。
田中 後期高齢者支援金をみてみると確かに増えてはいますが微増で、10年間で1・3%増に過ぎません(表ーD部分)。また、健保連が「5倍増」と主張している前期高齢者納付金も金額は増えていますが、被保険者数1人あたりの負担は平成21年度からの10年間でそれほど増えておらず、平成30年度は減少しています(表ーE部分)。ですから、健保連の幹部の発言にあるような「拠出金負担により組合が潰れている」という論理には無理があるのではないでしょうか。
─保険料に関し、医師会はどのような提案をしていますか。
田中 日本医師会は健康保険組合・協会けんぽ・共済組合の保険料率を一律10%、自己負担5%にすることを提案しています。これにより約1兆円の増収が見込めます。また、現在被用者保険の保険料の上限が決まっており、年収1,950万円までしか比例しない高所得者に有利なシステムになっていますが、この上限の撤廃も提案しています。これにより2,300億円の増収が見込めます。
─マスコミ報道では「過重な拠出金が健康保険組合の危機を招く」と謳っていますが。
田中 前述の通り、そのような論理には無理があります。一方でこういった情報を流す大手マスコミ業界の健康保険組合の自己負担率は3%前後と低い状況です。そのあたりも勘案して、報道を鵜呑みにせず、きっちりと事実と問題の本質を見極めていくことが大切なのではないでしょうか。
(注1)組合数は、決算・決算(見込)は3月31日現在、予算・予算(推計)は4月1日現在の数値である。
前年度との増減は、新設・解散・合併消滅による増減である。
組合数増減内訳は、決算・決算(見込)は年度内(4月1日~3月31日)、29年度予算は29年4月1日、30年度予算(推計)は29年4月2日~30年4月1日の数値である。
(注2)被扶養者数(特例退職被保険者の被扶養者を含む)は、決算・決算(見込)は3月末、予算・予算(推計)は12月末の数値である。
(注3)後期高齢者支援金は「後期高齢者支援金」と「老人保健拠出金」の合算値である。なお、30年度より支払基金の老人保健特別会計は後期高齢者特別会計に統合された。
前期高齢者納付金は「前期高齢者納付金」と「退職者給付拠出金」の合算値である。
出典:健康保険組合連合会