2018年
12月号

兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第九十回

カテゴリ:医療関係

成熟社会における医師の働き方
~医師の「働き方改革」を考える

兵庫県医師会医政研究委員会委員
山城小児科医院
山本 学 先生

─医学的にはどのような症状が過労死に該当するのでしょう。

山本 過労死は脳疾患(くも膜下出血、脳梗塞等)、心疾患(心筋梗塞、心臓性突然死等)、または精神障害(うつ等)を発症しており、なおかつ業務起因性だと証明できる場合に認定されます。業務との因果関係はセクハラ・パワハラ等の有無や過去に受けたストレス等も含め総合的に判断されますが、1ヶ月の時間外労働時間が100時間、もしくは過去6ヶ月のひと月平均時間外労働時間が80時間だった場合、過労死と認定される公算は非常に高いですね。

─医師は昼夜なく働く仕事ですが、その労働時間の実態はどうなっているのでしょうか。

山本 少し古いデータですが、2006年の週平均労働時間の国際比較では日本の医師の過重労働が顕著に表れています(図1)。特に男性医師の場合、全年齢で過労死の危険があると言っても過言ではない状態です。一方で医師は応召義務があり、患者さんに求められればいつでも診なければいけないと医師法に定められています。ある意味これは日本独特の優れた倫理的規範の賜物であるといえますが、社会構造が大きく変わりつつある成熟社会では改めて検討が必要なのかもしれないですね。

─働き方改革法案では医師はどのように扱われるのでしょう。

山本 医師は9時~6時勤務の一般的な労働者とは一線を画した特殊性も持ち合わせています。そのような特殊性から建設・運輸・医師及び研究者について、政府の定めた働き方改革実行計画では来春実施から5年間の猶予を持たせてあります。国会で採択された高度プロフェッショナル制度では研究者は含むものの、一般医師への適応はされません。

─医師の働き方改革に関しどのような動きがありますか。

山本 日本医師会では2017年5月より働き方検討委員会を設置し、検討提言をおこなっています。厚労省においても医師の働き方改革に関する検討会が開かれ、医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取り組みという提言がなされ、ICカードやタイムカードを使用した医師の在院時間の客観的な把握、36協定の順守、衛生委員会や産業医等の活用、看護師・薬剤師・医療事務など他職種への業務の移管の推進、女性医師への配慮など、他業界では当然行わなければならない労働上の義務や工夫を徹底することを再確認しています。注目すべきは「医療機関の状況に応じた医師の労働時間短縮に向けた取組」において、各医療機関の置かれた状況に応じた医師の労働時間短縮に向けた取組として、一歩踏み込んで複数主治医制(シフト制)の導入などを提言しているところです。複数主治医制は勤務医の長時間勤務に対する抜本的な対策としてしばしば話題になってきました。医師が定時に業務から外れることができるのでカルテ相互チェックによる医療品質の担保が可能となる一方、時間の短縮や質の向上などの情報共有体制の確立、国民感情として患者の理解が必要などの課題があり、何よりも十分な医師数の確保が前提となります。

─医師不足は大きな課題ですが、実情はいかがですか。

山本 わが国の対人口比の臨床医数は先進諸外国と比べて少なく、OECD加盟国の平均を下回っています。さらに診療科の偏り、地域への偏り、病院の偏りなどいわゆる「医師の偏在」がみられます。

─では戦力となる医師の数を増やすにはどうするべきでしょう。

山本 働く医師を増加させるためには、大きく分けて医学部の定員増、医師偏在の是正、女性医師の活用、3つの施策が考えられます。医学部の入学定員は平成20年ごろから増加しはじめて現在は9千名以上になっていますが、その増加分の大部分は地域枠の拡大です(図2)。地域枠は、一定期間の地域での勤務義務を課して、医師の偏在の是正も同時に解決しようとしているものです。しかし、地域によっては定着率にばらつきがあり、もくろみ通り有効に機能しているかは疑問です。また、医師の需給推計も今後の労働時間規制如何では大きく変わってくることも考慮に入れる必要があります。今回の働き方改革で週の労働時間上限が60時間に制限された場合、医師の充足は2028年まで待たなければいけません。

─女性医師の活用も医師の働き方改革において重要ですよね。

山本 女性医師は20代から50代まで幅広い年齢層で男性医師に比べ活動率が低いですが、出産・子育て・夫の転勤などがその理由の上位を占めます。兵庫県医師会では兵庫県女性医師の会を設立するなど従来女性医師の活動支援をおこなっています。なお、今回の診療報酬改定において「医師等の従事者の常勤配置に関する要件緩和」として、一定の条件下で複数の非常勤職員を組み合わせた常勤換算でも配置可能となりましたが、これはパートタイム勤務を望む女性にとって朗報かもしれません。

─今後、医師の仕事はどのように変わっていくでしょうか。

山本 地域包括ケアにより激務になるかもしれません。医師数が増えても、2042年に高齢者層がピークを迎え減りはじめた後の医師の需要や、医療費の財源確保も不透明です。人生百年時代ですから、医師の現役年齢の延長と卒後研修の対策も考えないといけません。働き方も変わってくるでしょう。

─AIやICTの技術進化も医療を変えそうですね。

山本 オンライン診療が広がって診療所を持たない医師が増加するかもしれませんし、社会のニーズに応えて保険診療にとらわれない新しい医師の働き方、例えば医療システム開発や起業なども増えてくるかもしれません。診察もホームページ上で人工知能が受付窓口として外来や検査予約をおこない、電子カルテが医師に代わって問診や診断・処方を補助するなど、ロボット化も現実になるかもしれません。しかしながら、医師の働き方がいかに変わろうとも、患者に真摯に向きあうという医師の本質は見失ってはならないと思います。

図1)医師労働時間国際比較

図2)医学部地域枠等の推移

兵庫県医師会広報委員会副委員長
山城小児科医院
山本 学 先生

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